読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

染井 為人の『正体』

2021年07月04日 | 読書

◇『正体

      著者: 染井 為人  2020.1 光文社 刊

  

  2017年『悪い夏』で横溝正史ミステリー大賞優秀賞を受賞した作者
 の『正義の申し子』、『震える天秤』に次ぐ第4作目である。
  冤罪で少年でありながら死刑宣告を受け脱獄した事件を追う。

  ある意味数多の冤罪事件を生み出している日本の司法、警察、検察、
 裁判所を指弾する作品である。死刑囚が脱獄してから追い詰められて
 銃で撃たれ死ぬまでの1年半の逃走劇を時系列で何段階かに分けてまと
 めているが、登場人物のキャラクターが巧みに設定されていてインタ
 ーテイメント色満点である。特に作者の出身地かと紛うばかり(作者
 は千葉県出身)の山形弁を駆使した会話が面白い。

  若い夫婦とその子供が刺殺され、隣家から通報を受けた警官が刺殺
 体のそばにいた少年(当時18歳)を現行犯逮捕した。本人自白で立件
 され裁判では無罪を主張したが、死刑を宣告された。その後少年は収
 監されていた神戸拘置所から脱走し、未だに捕まっていない。
  犯行現場では被害者の母が現場を目撃していたのであるが、アルツ
 ハイマー型認知症であったために警察が証言を巧みに誘導した憾みが
 残った。状況証拠が揃っていることから余分な捜査を端折った節があ
 る。 

  脱獄した少年鏑木慶一はいろんな働き場所でいろんな人たちに顔を
 さらしながら職場と居所を転々とする。言葉遣いも丁寧で、人が困っ
 ているときに助けることを厭わない人柄で、概ね好感を持って受け入
 れられるが、正体がばれそうになると姿を消す。それが建設現場であ
 り、在宅ライター、パン工場、スキー場であり、新興宗教団体であり、
 介護施設だった。

  アオバというグループホームで介護のバイトを始めた酒井舞。桜井
 という名でここに潜り込んだ鏑木慶一に恋心を抱く。その挙動に不信
 を抱き、手配犯の鏑木ではないかと思い悩むのだが、桜井から事件当
 時殺害現場を目撃した被害者の母井尾由子に真実を思い出して証言し
 てもらうためにこの介護施設に入り込んだのだと知る。

  脱獄犯に似た人物がいると通報を受けた警察はアオバを包囲するが、
 桜井は舞を盾に井尾由子と合わせるよう要求するが、警察は構わず突
 入桜井(鏑木)を射殺する。状況証拠だけで強引に立件した負い目が
 ある警察のやりそうなことだ。

  桜井から事の真相を明かされた舞は既に辞めたアオバの介護主任の
 四方田から呼び出される。そこには4人の見知らぬ男女がいて、いず
 れも鏑木慶人の無罪を信じていて、彼を救うために集まった人という。
 舞はその後一人で井尾由子を訪ね、警察に誘導されて鏑木を犯人だと
 証言したことが誤りであり、真実の瞬間の記憶が少しづつ戻ってきて
 いたことを知った。

  舞は井尾の告白を四方田に伝えて、自分も鏑木を救う会に協力する
 と告げた。
  裁判で鏑木が無罪の判決を勝ち取ったようなシーンが出てくる。
 一体どんな裁判を請求したのか頭をかしげるのであるが。
  オリンピック、パラリンピックが無事に終わったとあったが、コロ
 ナ騒ぎもなかったころ書いたんですね。
                     (以上この項終わり)

  
 

コメント
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