懐かしい昭和の情景を追って

過去に撮影したネガをフィルムスキャナーで電子化しています。蒸気機関車、古い町並み、茅葺民家を投稿します。

茅葺民家 鳥取県日南町の民家

2012年08月31日 | 茅葺き民家
撮影場所 鳥取県日南町

日南町というので温かい場所からと思えば冬場は大変雪が多い。
日南というと宮崎県の日南市をイメージして温かいところを連想する。
鳥取の一番南なので名付けたのであろうか。
山形県に南陽市というのがある。山口県にあった新南陽市をイメージして温かいところと思うが山形県の南部だけで雪の多いところだ。

雪の日南町を撮影に何度か訪れた。
タイヤチェーしか持たない私は日帰りでは日南町が限界である。
鳥取県溝口町の茅葺民家を撮影させてもらったら日南町に沢山茅葺民家があると教えてくれた。ネットのなかった時代、役場に手紙を出すか地域の人に聞いて情報を得るしかない。
現在は情報があっても茅葺民家がない。

茅葺民家は地域、気候、産業によって構造が違う。日本国中に細かく分けると何百種類あるといわれている。
鳥取県は旧国名は因幡と伯耆であるが旧国名によって明らかに形が違う。
伯耆は入母屋造りだが伯耆では寄棟である。
民家を長年撮影している人は屋根の形や構造、勾配、棟仕舞を見て何県どこ地方の民家と言い当てる人がいる。鉄道の分野でもマニアックな人を知っているが車両を見ただけで形式を言い当てる。
それだけ興味を持ち熟達しないと物にならないということでしょうか。





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昭和の古い町並み写真展 その58 「伊勢大神楽 家々を回る」 倉敷市児島下津井

2012年08月30日 | 昭和の古い町並み写真展
昭和の古い町並み写真展 その58 「伊勢大神楽 家々を回る」 倉敷市児島下津井

伊勢大神楽の一行が港町、下津井の狭い路地を訪問する様子をお送りします。
なんでも撮影しておくとその当時の町の様子や建物、服装がわかり面白い。

路地の中に子供相手の駄菓子屋がある。電柱が木柱である。
下津井地九の屋根は本瓦葺きが多い。
一行に付いて回る子供や会話を交わす老人
今はこんな昔から慣習を断る地域もあるそうだ。それも時代の流れであろうか
下津井にも今も残るかどうか知らない。








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茅葺民家  広島県高野町の民家

2012年08月29日 | 茅葺き民家
撮影場所 広島県高野町(現在は庄原市)

高野町は庄原市の北、背後を中国山地に囲まれた高原の町である。
島根県の吉田村にも隣接している。中国山地を背景にしているので雪も多い。
一メートル以上降る事も珍しくない。
初めて訪れたか時に神社や祠がいまも維持管理され茅葺民家とともに昔ながらの日本の山間地の田舎の風景が残されているのに感動した。心落ち着く風景だった。

私は中国山地の峠道を一本一本走って周辺の集落を訪れた。
高野町が島根県の吉田村に掛けては昔の日本の風景がよく残された地帯であった。
高野町への道も国道432号の王居峠は新道が出来てあっという間に高野町の集落に入る。

秋になると大根の栽培も盛んで農産物の販売小屋を除くのが楽しみである。



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鉄道  下津井電鉄下津井附近

2012年08月28日 | 鉄道
撮影場所 岡山県倉敷市下津井附近

岡山県は軽便王国と言われた。
西大寺鉄道、井笠鉄道、下津井電鉄のナローゲージがあった。
西大寺鉄道は私が岡山県に転勤してきた頃にはすでに廃線になっていた。

下津井電鉄は1914年に下津井と宇野線の茶屋町間が開通する。
茶屋町と味野間は1972年に廃止される。
味野と下津井間は瀬戸大橋開通後の1991年に廃止され全線廃止となった。

それまでの四国の連絡は徒歩などにより下津井と丸亀であった。
1910年に宇野線が開通したことにより四国への連絡が宇野と高松になった事に危機感をもった。
それに対応するために下津井電鉄が開通する。当初は蒸気機関車やガソリン車から電化し電車となる。戦中、戦後の燃料事情の悪い時は福南山の登りを登れず全員降車して押していたとと児島に住んでいた高齢者の方が話していた。

このころの駅の風景を見ると乗客もかなりいたようだ。下津井から丸亀にフェリーがありフェリーから降りた人が下津井電鉄を利用していた。
私は鉄道マニアをやっていて下津井電鉄の硬券切符やバンフレット時刻表
、フェリーの時刻表もいまでも持っている。

 茶屋町と味野間の下津井電鉄は別途お送りします。




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昭和の古い町並み写真展 その57 「伊勢大神楽2」 倉敷市下津井

2012年08月27日 | 昭和の古い町並み写真展
昭和の古い町並み写真展 その57 「伊勢大神楽 曲芸」 倉敷市児島下津井

日本の神楽は伊勢神楽と出雲神楽が二大神楽だそうだ。
伊勢神宮と出雲大社の二大神社で始まったと言われている。
伊勢大神楽は舞と曲である。舞は獅子舞、曲とは曲芸の事です。
曲は家々を回る途中広い庭のある家では演ずる事もあるが一般的には夕方に公園などで人が集まったところで演ずる。
今回の写真は公園で曲芸を演じている模様です。
曲芸を演じる人より後ろで見ている観客の表情が面白い。

出雲神楽は広く中国地方で演じられている。地域によって石見神楽、備中神楽と名前をむ変えて
演目は延々と続くがクライマックスはヤマタノオロチが登場する。
ヤマタノオロチはタタラ製鉄で流出した土砂で荒れ狂う斐伊川の様子を龍にたとえたいわれている。
タタラ製鉄による山の荒廃はモノノケ姫のモチーフになった。
宮崎の高千穂に岩戸神楽がある。これも出雲神楽の流れをくむ。
私の勤めていた会社には宮崎出身者が多い。岩戸神楽は出雲神楽の一派だと言っても高千穂が発祥の地と言って聞く耳を持たない者がいる。

瀬戸内海の見える公園







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蒸気機関車 田川線油須原橋

2012年08月26日 | 蒸気機関車
撮影場所 福岡県 田川線油須原(ゆすばる)周辺 田川線現在は平成筑豊鉄道

田川線の油須原周辺は山間部で登りになっていて貨物列車には補機がついた。
登りは煙を吐くのでいい撮影場所があった。
私の行ったのは夏場で煙の迫力はなかった。
石灰列車の貨物を牽引する9600形蒸気機関車

コンビニも無かった時代、しかも余り店もない田舎、昼飯は何を食べたのであろう。
まあ貧乏旅行だったのでロクな物をたべていないとおもう。
蒸気機関車の撮影で各地の特産品や名物を食べた記憶がない。
食べ物があればよい。なんとも味気ない旅であった。

鉄道写真家の広田氏の写真に油須原の郊外で木の橋と蒸気機関車を撮った写真があった。
蒸気機関車だけを撮影するのではなく日本の風景における鉄道の存在を撮るべきであったとおもう。




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茅葺民家  山梨県三富村の民家

2012年08月25日 | 茅葺き民家
撮影場所 山梨県三富村(現在は山梨市)

三富村は山梨市の北部、2500mの山に囲まれ長野県に接する。
佐野昌弘氏の茅葺民家写真集の山梨の養蚕民家に憧れ山梨を訪れたが茅葺民家は激減していた。
平成の世の中になり、昭和40年代を追い求めるには無理があった。
それでも何軒か残っている民家を撮影した。
三富の由来は三つの村が合併するときにそれぞれの村が富むようにと名付けられた。
村の看板のキャッチフレーズが次のように書かれていた。「三富は人富む、山富む、自然富む」

山梨県も養蚕の盛んな土地であった。
写真の民家は「突き上げ」と呼ばれ屋根の一部を高く押し上げで採光と通風をよくした。
忍野村周辺では「兜造り」と言われ妻側に窓つけ採光と通風をよくしたものがある。



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昭和の古い町並み写真展 その56 「伊勢大神楽」 倉敷市児島下津井

2012年08月24日 | 昭和の古い町並み写真展
昭和の古い町並み写真展 その56 「伊勢大神楽 物陰から見る少女」 倉敷市児島下津井

毎年、昔からの古い町並みを伊勢大神楽の一行が訪れ各家々を回る。
伊勢神宮に参拝できない人々のために各家々を回り獅子舞により家内安全をお祈りしお札配る。
こんな行事はとっくに消えたと思ったら茅葺民家を撮影で訪れた集落でであった。
その後、岡山県内の集落でも出合ったので話を聞いた。
本部は三重県の桑名にあり団員は60名くらいがひとグループ六名ほとで編成され全国各地を回っている。各団のまとめは世襲制をとっている。

息子の嫁の実家は滋賀県の昔ながらの集落でいまだに回ってくるそうだ。
しかし、団員の若者の中には袴姿ではなくジーパンでくるそうであれは行かんとお母さんが言っていた。
桑名に本拠地があるのは東海道の宿場町で日本各地に行くのに好都合であったとおもわれる。伊勢から出るのに比べると歩いて移動した昔だと何日も行程に佐があったと思う。

NHKの新日本紀行、新日本紀行ふたたびでも放送されたので見られた人もいるとおもう。
伊勢大神楽についてはホームページで検索ください。







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蒸気機関車  夏の小川

2012年08月23日 | 蒸気機関車
撮影場所 伯備線倉敷郊外

倉敷駅から一キロも歩けば民家はなくなり田園地帯が続く。
車の免許も持たず歩くのが自分の移動手段
駅から歩いて撮影できるところは好都合
平坦地で煙も吐かず平凡な写真しか撮れないが田園地帯をのんびり走る蒸気機関車もいいものだ。

農業用水を入れて重連の貨物列車を撮影した。
秋には案山子も立つ田園である。

現在ここがどうなっているか車で走ってみたが全く面影がない。
民家が立ち並び全く面影がない。
歩ければ昔の姿を思いだせるかもしれない。
倉敷駅は南口しかなかった。北口が無かった事や倉敷紡績の工場などがあり北側は寂れたままだった。
駅が橋上駅になり南北に出口ができチボリ公園や大型スーパーが出来て店も民家も増えた。
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茅葺民家 安来市の民家

2012年08月22日 | 茅葺き民家
撮影場所 島根県安来市市

安来市の郊外の県道を南下していたら大きな民家を発見する。
昔ながらの造りの民家である。
家のまわりは木の塀で囲まれている。
少し小高いところから撮影する。
山や民家を撮影するのも地面から撮影すると圧縮され迫力に欠ける。
民家を撮る場合も台や梯子に登って撮った方がよい。

安来市は島根県か鳥取県か分かりにくい、米子までが鳥取県、安来からが島根県
島根県に入ると民家は出雲の反り棟になるところが多い、この民家も少し反り棟を竹簾で巻いている。しかし、安来周辺はは鳥取県西部の民家に似た一般的な寄棟民家もある。

21世紀になっても明治、大正の100年以上前の民家に出合えるのは嬉しい事である。
保存されて人の住んでいない民家はあるが個人が生活している生きた民家に出合うのは凄くうれしい。民家探しの冥利につきる。



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