懐かしい昭和の情景を追って

過去に撮影したネガをフィルムスキャナーで電子化しています。蒸気機関車、古い町並み、茅葺民家を投稿します。

茅葺き民家 茶畑の風景

2011年10月31日 | 茅葺き民家
茶畑と茅葺き民家の風景を紹介します。

かっては日本国中どこにでも茶畑はあったと思う。
山間部の小中学校では茶畑があり自分たちの飲むお茶は自家製造していたそうだ。茶摘みも授業の一環と話す会社勤めしたいた頃の同僚がいっていた。茶摘みから茶モミまで体験しているので話に説得力がある。
多分、自宅へ帰れば自宅でも手伝わされていたと思う。
畑の通路脇や生垣も茶の家があった。
以前ならば茶畑と茅葺き民家も容易に撮影できたと思うが双方が減ってしまった。

生産量の多いのはやはり静岡県全県に茶畑がある、次いで多いのは鹿児島県、鹿児島で特に多いのが頴娃(えい)町、知覧から指宿に南下する途中にあるが延々と茶畑が続く、市町村別の生産量は頴娃町が一番多いそうだ。
余談だが頴娃町は鹿児島弁でも特に難解な言葉だそうだ。鹿児島の人に言わせると頴娃町の人の話す言葉は頴娃語(えいご)と言うそうだ。

茶の北限はは茨城県北部、日本海側は新潟県の村上市だそうです。
村上市は厳しいように思うが雪が降ればかえって保温効果があるのかもしれない。

茶は禅宗の栄西が持ち帰ったというのが定説ですが種を持ち帰ればよいので奈良時代にも入っていたのではと言われている
茶に関することわざは歴史があるだけに多い。
いくつか紹介します。いい言葉に使われる事は少ないように思う。
1.お茶をひく、2.お茶の子さいさい、3.娘十八番茶もではな、4.お茶を濁す、5.茶番劇、6.茶々を入れる、7.ヘソで茶を沸かす、8.日常茶飯事、9.茶化す、9.茶目っ気、10.お茶にする。

撮影場所 兵庫県篠山町



撮影場所 島根県大東町


撮影場所 岡山県新見市法曹


撮影場所 二枚とも茨城県北部


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蒸気機関車  田川後藤寺駅

2011年10月30日 | 蒸気機関車
福岡県 田川線後藤寺駅に停車する9600形蒸気機関車の貨物とC11形蒸気機関車の客車

まもなくC11形の牽引する客車が発車した。
C11は門鉄デフ(門司鉄道管理局の切り取りデフレくター・・除煙板の事)で愛好者が多い。


後藤寺は田川炭鉱の中心地だった。しかし、私の訪れた頃はエネルギー転換で炭鉱の閉山が進んでいた。駅の構内からボタ山が見える。
私は石炭の煤でくすんだ風景や黒い機関車、暗い色の機関車、板張りの古い建物に懐かしくを覚える。








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古い町並み 乳母車

2011年10月29日 | 古い町並み
乳母車のある風景をあつめました。
乳母車も時代の流れ、お婆さんが孫を乗せている乳母車はいま頃は見掛けません。
こんな乳母車は置く場所がありません。団地やマンション暮らしでは置く場所がありません。
車にも乗せられないので折り畳みの出来るベビーカーが若い世代の人には普及をはじめました。
乳母車はほとんど見かけなくなりました。
今でも保育園で乳幼児を何人か乗せているのを見かけます。
ベビーカーは和製英語のようです。
それにしても乳母という言葉も死語になってしまった。
乳母とは身分の高い人に代わり授乳、下の処理子育てをする育ての母のことですが、こんな非人間的な現在は見られないと思われる。
美智子皇后も古い習わしを廃して自分の母乳で育てています。


撮影場所 倉敷市



撮影場所 岡山市撫川


撮影場所  岡山市撫川
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茅葺民家 屋敷林

2011年10月28日 | 茅葺き民家
防風林、防雪林

家の周りを屋敷林で覆った風雪の厳しい土地柄の風景である。仙台平野の屋敷林「いぐね」は何度もNHKで放送された。二年程前の「家族に乾杯」は奥州市が舞台であったが農家のほとんどは屋敷林に覆われている。素晴らしい田園風景である。この屋敷林は新幹線に乗っていると良くわかる。欅のなくなる地域(静岡)からほとんど見かけなくなる。関西から西は土地も狭いのもあるが一部の地域を除いて無いにひとしい。
屋敷林は全国各地で特徴があり残したい日本の風景のひとつである。屋敷林のある地域を南から列記してみると島根斐川平野「築地松」、栃木、埼玉の「欅の屋敷林」、千葉県の外房地方の「照葉樹による屋敷林」、福島白河地方の「杉による屋敷林」、富山礪波平野の「杉の散居村風景 方言でカイニョウと呼ばれてといる」、上越地方の「杉による屋敷林」、山形県置置賜地方の「散居集落」、宮城仙台周辺、岩手南部の「いぐね」、秋田も杉の屋敷林に覆われた家はあるが集落形成しているのは少ない。意外なのは青森県津軽地方、風雪の厳しいところにも関わらず屋敷林が少ない。家の周りを板や杭で風を防いでいる。しかし海岸には防風林の松を植えている。北海道は屋敷だけで家の周りを板や杭で風を防いでいるはなく田畑全体を風雪から防ぐ防雪林で囲っている。

撮影 岩手県東和町



撮影 山形県置賜地方



撮影 新潟県糸魚川市
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蒸気機関車 和田山機関区

2011年10月27日 | 蒸気機関車
山陰線、播但線の和田山機関区機関庫について書きます。
和田山機関区には山陰線、播但線の蒸気機関車が給水、給炭、方向転換のために立ち寄りました。
蒸気機関車はC57形とD51形でした。
現在もこの建物は残っているそうです。しかし建物だけで線路は撤去はされています。
造りはレンガ造りでアーチのところは花崗岩が使われた歴史ある建物です。
ビジネスホテルにおかれている「たのやく」という雑誌の10月号に和田山機関区の特集が組まれていました。

今のところこの建物の使い道は決まっていません。建物が使えるものか検査や補修にどの程度金がかかねのか判らず財政難の地方自治体は躊躇しているのでしょうか










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古い町並み 玉島港橋水門

2011年10月26日 | 古い町並み
玉島の港町に橋に水門の付いた港橋があった。古ぼけた水門だったので撮影した。
造られたのは昭和23年との事、私が撮影したのが昭和48年だったが十分古かった。
大正時代か昭和初期につくったのかと思った。
戦後の資材のない時代の建造物のためセメントが少なかったのか川砂を使っているために古く見えるのであろうか
ここは三丁目の夕日の映画撮影に使われたそうだ。岡山は古い町並みも多く映画撮影に使われているようだ。
古いし水門が新しく出来たので解体するような事を書いてあった。

この水門は台風などの高潮時に農業用水路に海水が逆流するのを防ぐ役目で設置されていると思われる。この川の上流には溜川がある。かって水質が悪化して魚も減少したが今は冬鳥の飛来地になっている。
溜川は高梁川の名残りであろう。玉島の港に注いでいたのであろう。高梁川も西は玉島、東は倉敷の福田公園から呼松の港に注いでいたのであろう。
玉島の港は堆積物で港が浅くなり港ととして衰退していった歴史がある。
今のように浚渫船の無かった時代は港が埋まると場所が移動したのであろう。





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蒸気機関車  稚内機関区

2011年10月25日 | 蒸気機関車
北海道の北端部の宗谷本線 稚内機関区
一度は線路の北端まで行ってみたかった。
行ったところで寒さしかないのに、カメラに収めたかった。
どんなに寒くても鉄路を守るために働いている。厳寒の地でも人々は暮らしいる。
C55形蒸気機関車の普通列車の給水、給炭風景を撮影した。
夜行列車で稚内につきとんぼ返りで別の場所に移動する。
北海道は二重窓のために窓は氷結して外は見えない、列車内と外の気温差が大きくレンズの曇りが取れるまで撮影できない。
寒いし移動中は列車内で寝るのに限る。

給炭中


雪の付いたデフレクター


ターンテーブル


給水中



機関庫

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茅葺民家  辻堂のある風景

2011年10月24日 | 茅葺き民家
旧街道や旧道沿いにあるお堂を備中(岡山西部)、備後(広島東部)では辻堂と呼ばれている。
辻堂はいまでも数多く道路脇に残っている。
特に備中、備後には多く昔に民俗学の調査した本を見た事がある。
興味のある方はネットで備中、備後の辻堂で検索するとホームページにされている方がいる。
市町村別に見ても備中では82パーセント、備後では88パーセントの市町村に残っているそうだ。
辻堂は四国や兵庫県でも見かける。休堂、茶堂、大師堂、阿弥陀堂ともいわれている。
四国は八十八か所巡礼もありまだ茅葺のお堂が残されている。
愛媛の野村町のはてっぺんに大きな陶器の壷が乗っている。高知県の梼原町は坂本龍馬脱藩の道に茶堂がある。
辻堂は休息、親睦、社交、信仰の場として造られたそうだ。地蔵や弘法大師などを祀ってある。

撮影場所 新見市




撮影場所 富村



撮影場所 賀陽町




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古い町並み 早島土塀

2011年10月23日 | 古い町並み
岡山県早島町は江戸時代、旗本、戸川家の陣屋があったため古い町並みが残っている。奥に入るとナマコ壁の蔵とともに土塀が残っていた。
土塀は木の枠に土を入れ打ち固めた築地(ついじ)塀と古瓦と土を交互に入れ固めた練塀がある。
土塀は大雨や長雨で下部が濡れると強度が低下し崩れやすい。
それを避けるために石垣の上につくか塀に沿わせて排水路を設ける。
排水路と塀の間を犬走りという。
斐川平野の築地松は斐伊川の洪水で浸水しないよう家の周りを土塁で囲ったそこに松を植えたのに由来すると言われいる。
東京の築地は「ついじ」ではなく「つきじ」と読むが埋立地であったため打ち固めた土地のためこの名がついたといわれている。
土塀は土の表面に傷がつきやすい。いたずらで落書きされる事が多い、京都の世界遺産になっている寺院の土塀に落書きで傷が付き社会問題になった。早島の土塀も落書きの傷が付いている。早島の塀に二重丸に縦棒のマークも書いてあった。





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蒸気機関車 トンネル

2011年10月22日 | 蒸気機関車
撮影 山陰線 保津峡付近

C57形蒸気機関車の牽引する客車がトンネルに入ろうとしている。トンネルの入り口は落石防止のシェードになっている。トンネルに入ると煙突の排煙と蒸気が開口部から一気に噴き出した。
それが面白くて連続撮影した。
山陰線も保津峡を走るルートは景色はよかったが崖と川の狭い渓谷を走っていた。落石、洪水の危険地帯だったので長いトンネルにルート変更された。
今はこのトンネルもトロッコ列車のルートになったのであろうか





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