懐かしい昭和の情景を追って

過去に撮影したネガをフィルムスキャナーで電子化しています。蒸気機関車、古い町並み、茅葺民家を投稿します。

岡山の茅葺民家写真展 -2  斜面に暮らす その2

2014年03月31日 | 岡山の茅葺民家写真展
撮影場所 岡山県賀陽町

斜面に暮らす民家、昔からある集落を見ると田圃や畑の真ん中に家を建てる事はすくない。
民家は条件の悪い斜面に建てる。
生活の糧の穀物や野菜を育てるのを優先し人の住む土地は二の次にしたものと考えられる。
人口が増え続けてもこの掟を破ると農業崩壊になりかねなかった。
市街地近郊の農地も建物の建設は厳しく制限してきた。
西日本は土地が狭く人口も多かったのでこの傾向が強い。
東北などに行くと土地が広いので劣悪な場所には建物はない。棚田や段々畑にしてまで農作物は作っていない。雪の多いところは道路除雪をやってくれないので山の中の一軒暮らしはできない。
土地の広さや気象条件などで日本の集落の形態は土地によって違いがある。
それも観察し記録に留めておくと面白いかも

この民家の裏に登ると今は岡山自動車道が見える。時代はすこしづつ変化していく。
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蒸気機関車  釧網線釧路駅

2014年03月30日 | 蒸気機関車
撮影場所 北海道釧網線釧路駅

昭和48年12月、蒸気機関車が少なくなり北海道と九州と本州の一部になっていた。
まだ行っていない釧路湿原を走る釧網線を訪れた。
この付近を訪れ無かったのは蒸気機関車として人気のないC58,C11しかいなかった事でもある。
蒸気機関車を偏見で好き嫌いで撮るのはよくなかったと今でも反省している。
岡山県でもC11の走っていた津山線やC58の走っていた姫新線は結局いかなかった。
ローカル味豊かなところだけに行かなかったのが悔やまれる。

釧網線の朝の発車を撮影した。12月で雪が降っていた。
釧路の魚市場で毛ガ二を買い撮影場所でボリボリ食べたのを覚えている。


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茅葺民家 京都府美山町の民家

2014年03月29日 | 茅葺き民家
撮影場所 京都府美山町盛郷

美山町盛郷は小さな峠を越えれば福井県の名田庄村
美山町でも北部だ。
茅葺民家の好きな人はここまでも撮影に来るが観光客や一般のカメラマンは北地区どまり。
観光客が来ないのでゆっくりと茅葺民家を撮影できる。
美山町は近代的建物などが無いので背景も自然が多く茅葺にふさわしい風景がとれる。

棟に棟木を乗せ急な角度の屋根が美山の特徴だ。破風に懸魚(げぎょ)を付けた民家もある。






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日本茅葺紀行  NO,119  秋田県羽後町の民家

2014年03月28日 | 日本茅葺紀行
秋田県羽後町には100軒の茅葺民家があるとテレビ番組でやっていた。
私は何度も訪れたが大雨だったり数時間しか滞在できなかったりでまともに一日いて撮影したことがない。
朝早く来たいが泊まれるところは新庄か由利本荘しかなく出だしが遅れる。
今はもう100軒はないように思うが日本の故郷の風景が残る町である。
現在はどことも茅の確保と葺き替えの職人の確保が難しくなっている。
写真の家は羽後町の外れにある。春に赤い芽を出すモミジを植えてある。
この池は冬の雪捨て場になるのであろう。夏場は農業用水に使うのであろう。
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岡山の茅葺民家写真展  斜面に暮らす その1

2014年03月27日 | 岡山の茅葺民家写真展
撮影場所 岡山県加茂川町

今回から65回にわたり岡山の茅葺民家写真展の作品を投稿します。
この写真展は平成26年3月10日から16日に岡山の中国電力エネルギアプラザで行われたものです。私としては定年後4回目の写真展です。

写真は平成5年から10年頃に撮影されたものです。
平成の時代になり茅葺民家など残っていないとおもっていました。
しかし、奥津町の苫田ダム建設で取り壊される茅葺民家を撮影をしてから県内各地を巡り500軒の茅葺民家を発見することができました。
撮影を始めて20年ですがこんな期間に茅葺民家の維持は難しくほとんどの民家は姿を消しました。


「斜面に生きる」
山間部に行けば厳しい斜面に家を暮らしている民家が沢山あります。
車が入れる道があればいいのですが徒歩でないとたどり着けない家もあります。
江戸時代までは身分制度で住居や職業の選択は制限があった。
戦前までは家長制度もあり故郷を捨てて別のところで暮らすのは難しかった。
二男や三男に生まれた者は養子に行くか山を開墾して田畑を切り開くしかなかった。
斜面に生きるには台風や豪雨による土砂崩れのリスクにさらされて生きてきた。
厳しい環境で暮らしてきた人々には敬服せざるを得ない。

この傾斜地での暮らしは山間部に限らず都市近郊の住宅地にも厳しい立地条件の場所がある。大地震や豪雨時には崩落の恐れがある。

加茂川町



久米南町



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蒸気機関車 函館本線C623号機

2014年03月26日 | 蒸気機関車
撮影場所 北海道函館本線倶知安郊外

急行ニセコは昭和46年9月に蒸気機関車は姿を消した。
しかし、C623号機はその後も残って普通車を牽引していた。
倶知安郊外の羊蹄山が見える場所は撮影ポイントだった。
しかし、羊蹄山は雲に隠れて撮影できず。
C623号機は力強く快調な音を残し走り去った。
蒸気機関車全廃後もC623号機は復活したようだが補修費が掛かるので運行は廃止されたようだ。

夏に初めて北海道を訪れた。線路脇には大きな蕗がずっと生えていた。
あんな大蕗は食べられないのだろうと思っていた。
15年程前に北海道に行ったらホテルの朝食で大きな蕗の煮付けが皿に盛ってあった。
田舎料理の煮付けなどが好きで食べた。味は大味だが十分食べられる。
北国のフキノトウは苦みが弱くそのまま焼くなりゆでると美味しい。
暖かい地方のフキノトウは小さく苦みが強く水にさらすなり絞らないと食べずらい。

我々のところは蕗も勝手に採ると地域の山菜のために叱られるが北国はどこにでも蕗は生えているので食べるのかと聞いた事がある。北国は山菜が豊富なので食べる人もいる程度の返事だった。
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茅葺民家 岡山県勝山町の民家 

2014年03月25日 | 茅葺き民家
撮影場所 岡山県勝山町古々呂尾中

岡山県内の探索も県道クラスの道は大体走ったので町道や行き詰まりの道を一本一本走ることにした。
勝山町の行き詰まりの集落に平成の世に時代から隔絶したような集落があった。
母屋と小屋が三軒並んだ民家があった。
お爺さんが一人で暮らしていた。
障子に板の縁側、その風景は昭和に見た風景のままだった。

自分で一人で走りこんな風景に出会うと大変感動するものだ。
茅葺探しの旅はそんな感動の積み重ねでもある。



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日本茅葺紀行  NO,118  山梨県忍野村の民家

2014年03月25日 | 日本茅葺紀行

山梨県忍野村は忍野八海があり富士山が正面に見え観光地でもある。
大勢の観光客やカメラマンが押しかける場所でもある。
忍野ハ海から湧いた池の周りにも観光用の茅葺民家もあるが人が生活している茅葺民家も周辺にあり有難い。観光用の茅葺民家は撮っても観光用でしかない。
それも関西以西では見掛けない兜造りの民家が見られるのは嬉しい。
兜造りは造りが武将の兜に似ているからこの名が付いたと書いてある。
養蚕の盛んな関東地方では見掛ける民家である。
21世紀まで残され管理されたことに敬服したい。







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懐かしい物 ふごのある風景

2014年03月23日 | 懐かしい物
撮影場所 岡山県中央町 (今は美咲町)

棚田百選の大垪和西(おはがにし)の棚田に茅葺民家があった。
それを谷を挟んで撮っていた。下の家でふごを背負った奥さんがいたのでお邪魔して撮影させてもらう。

「ふご」で検索すると写真も辞典にも載っていた。
藁や竹を編んで四カ所を紐で結んだ運搬用具とある。
岡山では灰ふごともいわれている。
灰や肥料も運搬する。
茅葺の撮影の傍ら昭和の道具や遺物を撮ってきた。
木造駅舎やナローゲージの鉄道も含めて昭和の遺物を集めて写真展をしたいものだ。
生きていればいつか写真展をしたいと思うようになった。



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日本茅葺紀行  NO,117  三重県伊賀市の民家

2014年03月22日 | 日本茅葺紀行
撮影場所 三重県伊賀市

我々のところからだと三重県は余り旅行に行かないとこです。
神社仏閣の好きな人はお伊勢さん詣りに行くがそれに興味のない人は余り行かないように思う。私も三重県に行ったのは21世紀になってからである。
旧の阿山町に茅葺民家があるとネットにでていたので訪れる。
ネット時代か強い人のネットワークがないと探すのは時間と金が掛かり難しかった。
伊賀上野に泊まり町の観光地を車で走った。松尾芭蕉の生家や寺町の寺院が立ち並ぶ一角はいい風景だった。

茅葺民家も点々と残っていたのは嬉しかった。造りは寄棟が多い。



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