懐かしい昭和の情景を追って

過去に撮影したネガをフィルムスキャナーで電子化しています。蒸気機関車、古い町並み、茅葺民家を投稿します。

岡山の茅葺民家 津山市の民家

2015年09月30日 | 茅葺き民家
石垣の上に建つ家、家は立派ではなくても石垣の上に建ったり周りの風景がいい家は好きだ。
この家には上に沢山実を付ける柿の木がある。柿が色づき葉が落ちた頃を見計らい撮影に行きたい。岡山県の民家はほとんどモノクロでカラーがすくない。
ここ四回の写真展はすべてモノクロだったので次回はカラーでやってくれと言われた。
まあ柿の風景はカラーでないと見えない分らない。カラーに比べてモノクロは見劣りする。
デジカメから始めた人はモノクロには見向きもしない。

日本の茅葺のある風景を四季にわたり撮っているかというと撮っていない。各地の特徴ある茅葺民家を撮っているかというと撮っていない。
日本の四季と茅葺民香にはどんなものがあるかリストアップして何年か掛けて撮っていきたい。ここ数年は活動をもうやめたい、こんな身体で写真を残しても何になると思う事が多かった。しかし人間生きている時だけが花、死んだらそれで終わり。
撮った写真が可燃性ごみになろうと生きている間、茅葺に出会い感動しときめいていたい。
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茅葺き民家  京都府旧美山町

2015年09月29日 | 茅葺き民家
フィルムをスキャンしていたら美山町の角屋造りの茅葺がでてきた。
撮っていた頃は不思議にも思わなかったが美山町に角屋造りはあっただろうかと疑問におもうようになった、角屋造りは兵庫県が多い、京都府の亀岡市や京都市でも見かける。
京北町から北ではあまり見かけない。
ネガを再度チェックしたが前後が美山町なので美山町で撮ったのであろう。
美山町で茅葺民家に住んでいる人は大阪などの金持ちの人が別荘代わりに買っている人も多い。茅葺民香で芸術活動をしている人もいる。丹波地方り角屋づくり民家を移設したのだろうか

茅葺各地の形をコレクションンするのも楽しい.蒸気機関車の写真を撮っていた頃にコレクションをしていなかったので悔やまれる。茅葺民家や蒸気機関車の実物は金もかかるし置き場もいるが写真だとHDやDVD写真でコンパトにてもと所有できね。いろいろと集めていると次の旅行の楽しみが増える。

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日本茅葺紀行 NO,243 島根県雲南市

2015年09月28日 | 日本茅葺紀行
雲南市、随分山間部に茅葺民家があった。
歩けないので横着して車の中から撮影する。
健康であれば高齢者だけになってしまった集落を何十年に亘り記録していくのだがあと何年生きられるか分らない身では長期的なテーマは難しい。
中途半端で終わるならやらないほうがよい。

平成の時代になって27年、平成の時代はなんであったのだろう。
昭和のように大きな変化はなかった。
平成になって生まれた言葉は限界集落、消滅集落、働かない若者ニート、非正規雇用、空き家の増加、写真は自分なりに未来を予測して現在を切り取っていくことかと思う。
写真は他人の写真をたくさん見に行くのではなく社会の流れや問題点に関心を持つことではないかと思う。他人の写真を沢山みても他人の物まねに終始するように思う。
鉄道が廃止になり廃線を訪れたり炭鉱が廃止になってから軍艦島をおとずれたせず現役の時に記録を残していないといけない。みんなが撮り初めてブームになってから動きだした経験が私にも何度かある。思い返す都度情けない事だっと思う。
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昭和の遺物たち  その1  消えた駅 あしかわ駅

2015年09月25日 | 昭和の遺物たち写真展
先日 9月9日から15日に行いました「昭和の遺物たち」の出品作品から順次、掲載していきます。分類は24項目 写真は65点です。

昭和の遺物は昭和の時代には思いつかなかったが平成になり、昭和やそれ以前に作られいずれ消える運命のものを撮り始めました。茅葺民家もそうですが現在も昭和の風景を追い続けています。
昭和の時代は長く時代的にも激動であったし生活面でも豊かになり変革の時代とであった。
私は昭和を1.スクラップ&ビルドの時代  2.天然素材から合成素材への変革
二つのキーワードで写真を構成しました。

消えた駅 国鉄は膨大な債務を抱えていた時代で国家の一番の課題でした。その要因は車社会になり地方交通は斜陽化していた。自動化などで戦後大量に採用した余剰人員を抱えていた。
車社会になり採算が採れないのに議員や地方の要望で新線の建設が行われた。
赤字路線の廃線や無人化は進んだ。
北海道のオホーツク沿岸を走っていた路線はほとんど廃線になった。
写真は宗谷本線芦川駅 人口減少で廃止となる。このあたりは北辺の原野が続き米は作れない。夏になると悩みを持つ若者が無人駅に立ち寄りノートに思いを綴り自分探しに訪れる場所でもある。
この写真は高倉健のポッポヤみたいといった人がいた。これは昭和46年2月撮影
ポッポヤといいながら映画の時代には汽車ポッポは消えていた。
これを撮ったころは現役で蒸気機関車の牽引する客車に乗り移動していた。
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懐かしい物 徳島  小松島線廃止

2015年09月24日 | 懐かしい物
撮影場所 徳島県小松島市

小松島線は牟岐線中田から分岐した1.9キロメートルの国鉄で最短の路線だった。
小松島港は京阪神への海の玄関の航路があった。
しかし各地にフェリーが運航されて競争力を失う。
乗客の減少で昭和60年に廃線になる。

NH2のアーカイブで小松島線の廃止にかかわる映像
ががネットでみえる。

今はここはステーション広場となっている。
大きな狸の像があり手前で手を叩くとバックの岩から滝が流れる。
ここにはC12型蒸気機関車が置いてある。
猫が沢山いる避妊して餌もやっているので人になっこい、猫好きにはたまらない広場だ。





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岡山の茅葺民家 旧加茂川町の民家

2015年09月23日 | 茅葺き民家
石垣を積み平地にして宅地や畑を確保している。
コンクリートのない時代、家族や地域の人に手伝ってもらい築きあげた石垣
斜面の土が崩落しないように土留めの役割を果たすのか
いまなら土建業者に依頼して重機を使い掘削や整地、コンクリート側壁でしっかり作れる。
食べるだけで精一杯の時代、人に金を出して施工してもらう余裕はない。
普請や茅の葺き替え、水路の工事は住民みんなで助けあったと思う。

ただ単に古い風景にカメラを向けるだけではなく昔のひとはどのように苦労して施工したのかどんな暮らしでいたのかを思い写真を撮らないといけないと思う。
苦労の痕跡や生活の痕跡が感じ取れる写真を心掛けたい。、



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茅葺民家 山口県秋芳町の民家

2015年09月22日 | 茅葺き民家
観光で秋吉台に行く途中に出会った民家。
トタンをかぶってもおおよその形はわかるがやはり茅葺で実際の民家をみてみたい。

こんな家が山口県の民家でしょうか、寄棟で温暖な地区なので勾配もきつくない。
降雪量によって勾配はきつくなる。
箱棟で瓦は茶色の釉薬瓦をつかっている。






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日本茅葺紀行 NO,242 兵庫県旧吉川町

2015年09月20日 | 日本茅葺紀行
林があり田圃が続くまるで東北の風景だ。
こんな風景は日本の田舎の風景だったが随分すくなくなった。
この民家も撤去された。
すくなくなった風景だが海外に行けないので何とか日本中を探す。
今の古い風景は若い世代の人には古さを感じてもらえるが還暦をすきだ者にはそんな古さでは誤魔化しが効かない。やっぱり平成の風景かといわれてしまう。
日本の風景で古さをだすには工夫がいる。

写真展で懐かしい心に響く風景は東南アジアのカンボジアやバングラデシュの田舎であろうか。
海外にツアーを組み何度も訪れる人がいる。日本の風景では被写体が太刀打ちできない。
あまりにも生活感がなく整っていて新しすぎる。
40年前の日本の風景が見られる発展途上国に行った人は現在の日本には魅力を感じていないようだ。
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蒸気機関車  駅のホーム

2015年09月19日 | 蒸気機関車
駅のホームはなぜか寂しい。
別れのシーンや遠く離れていく場面を想像するためか
通りすがりのローカルな駅に郷愁を感じる。
見慣れた風景ならばいくら古くても郷愁が感じなくなる。
それと40年という月日が郷愁に満ち溢れた風景にしてくれろ。
黒くなった木造の建物、木製の椅子、消えた蒸気機関車に貨車
消えて無くなったものにも郷愁をかんじるのであろう。
平成になり27年になる平成の時代の何を後世に残す。十分豊みになった平成の変化は昭和のように大きくしないであろう。

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岡山の茅葺民家 倉敷市の民家

2015年09月18日 | 茅葺き民家
撮影場所 倉敷市 現存する民家なので詳細の住所は差し控える。

かって庄屋だった家、江戸時代の古文書も多く残っている。
家が道路工事に引っかかった。
100メートル移動したが自分の敷地内を家の移動をさせた。
道路に二反畑を取られたと悔やんでいましたが50坪しか買えないサラリーマンにはうらやましい限り。

敷地にエノキと椋木の大木があったが移動の邪魔で伐採された。

岡山南部の茅葺民家、下屋が本瓦葺き

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