懐かしい昭和の情景を追って

過去に撮影したネガをフィルムスキャナーで電子化しています。蒸気機関車、古い町並み、茅葺民家を投稿します。

一月あれこれ

2022年01月30日 | 日記
1.コロナワクチン接種 三回目
私は副作用はなし 打ったところが痛いくらい
家内は三回とも熱が38.5℃でて足腰が痛みリンパが腫れる。
こんなワクチンしかないのかと怒る。毎年しないといけないのかと不満。
休みの日はランニングに行くが4日休んだ。

病院は年寄りが次々と湧いて出てくる。毎月この病院には行っているが知った顔がいない。町の診療所だが患者がいるものだ。ここの患者でない病気持ちでない人もいるのか

2.確定申告は出さない
企業年金も終わり税金は厚生年金ただけになった。
税金も大した額ではないし控除も沢山ある。
保険10万、身体障害40万、医療費控除夫婦で10万超えが29万ある。
訪問介護や看護は健康保険対象(介護保険でない)
僅かな還付をもらうのにアホらしくなった。
医療費は病院別にExcelで記入する手間である。
マイナンバーにしているのに、なんでこんなハンドリングをしないといけないのか
しかも、毎年マイナンバーのコピーがいるのか
税務署であなたの税金の還付はいくら納税はいくら出してくれないか
所得、医療費、株や土地、金の売買がマイナンバーと共に税務署に集約されデジタル化してほしい。








蒸気機関車 宗谷本線 名寄駅構内

2022年01月28日 | 蒸気機関車
貨物用の機関車 9600型が停車している。
機関士が顔をだしている。厳冬期でも走行中でも窓を開けて目視で確認する。

雪の中を歩き撮影する姿に、この寒いのにアホやなあという目で見た。
北海道の厳冬期の雪はレンズについても水滴にならない。払えば取れる。
カメラの金属部は冷凍室状態。
名寄から名寄線で遠軽に行った。この路線は廃線になった。
宗谷線もいつ廃線になってともおかしくない。

家内も息子もこんな写真を撮ったのも知らない。
後世に残るように整理しないと残らない。
孫にいたっては車椅子に乗った爺の姿しか見ていない。

トンチ文字

2022年01月28日 | 日記
トンチ文字

介護施設の脳トレのペーパテスト
手を替え品替え問題を探してくるものだ。
何度もやると刺激がなくなるので一回限り。


介護施設での運動や脳トレの定量的な評価はむつかしい。
それでも生きている以上、何も考えずボケーとするよりましだろう。
後期高齢者になっても昨日より今日が知識が増えたいと思うのに価値がある。

トンチ文字というのがある。バカバカしいが頭の柔軟さをためされる。

  1. なにぬぎの
「なにぬねの」のねがぎになっている解答はネギ
  1. ツツツツツツ
ツが6個で肋骨(六個ツ)
  1. 浜の字が倒れている
解答 横浜
  1. かか
解答かが二つで蟹
  1. レ+
解答 レに足すでレタス

1.あん10,000
解答 アンマン

1.「いき」 が横になっている
解答 寝いき
 
1.春夏 冬
解答 秋がないので商い
 大阪の人の定番ぎゃぐ 商いは飽きない 商売桝桝半升(商売益々繁盛)

味噌田楽

2022年01月27日 | グルメ
昨夜の夕食は里いも、コンニャク、豆腐の味噌煮込み田楽だった。

子供の頃、私の住むところではオデンと言えば味噌田楽を指した。
醤油オデンは関東煮(かんとだき)と呼んでいた。
今でも大阪の年寄は関東煮といい、飲み屋には関東煮の暖簾の店もあるだろう。

関東は醤油の生産が盛んだし大鍋で皆が囲んで食べられる、現在のオデンが発達した。
関東煮は関東大震災の前にはあったようだ。
地震で壊滅的になった東京に大阪の人が関東煮を始め庶民の食べ物に定着したようだ。
オデンも山形の芋煮のように野菜の炊き込みだったのではないか
スジ肉や練り物が入るのは戦後の豊かな時代になってからか

オデンの名は田楽にお(御)をつけた女房言葉と書いてある。
田楽は米の豊作を祈るお田植え祭り、今でも早乙女が田植えをして笛太鼓で演奏する伝統行事。持った旗には丸、三角,四角の印
それはサトイモの〇,三角のコンニャク,四角に切った豆腐を竹串に挿して甘味噌を付けて焼いた事から味噌田楽と呼ばれオデンとなった。

各地に旅行してサービスエリア、道の駅を見ても味噌田楽や五平餅、玉コンニャクは人気がある。年寄りだけでなく若者ものも好きだ。




とんだコロナ患者

2022年01月26日 | 懐かしい物
コロナ患者は全国で7万人 各地で日々、最高の患者数。

東京北区の赤羽駅の駐輪場で働く79歳の高齢者、コロナ陽性にもかかわらず働きに三日もでている。
待機するようにの指示にも従わず仕事にでた。
驚いたのは責任感のなさもだが、コロナに高齢者が罹っても仕事に行ける事だ。

誰でも3回や5回はインフルエンザ―に罹ったと思う。
40℃の高熱と節々の痛みと力が入らない。職場への感染もあるが働ける状態
でわない。

コロナはいずれインフルエンザ―並みになるというが、高齢者が仕事に出てこれるのを見ると症状は風邪並みに思える。
第六波がどこまで拡大してピークアウトするか、重度の患者がどこまで増える
慎重に注視しているのであろう。

医者も解説者も慎重に様子見にしているようだ。コロナは風邪並みですとは軽々しくいえない。
第6波のコロナは風邪並みに弱くなったというのは半年後か1年後か、

コロナの陽性者になればドライブスルーで医者の診断と経口薬を支給してほしいものだ。




地震警報 日向灘

2022年01月23日 | 日記
昨日、深夜の一時過ぎに携帯の緊急アラームが鳴った。
近くの消防署のスピーカからも緊急放送があった。
なかなか揺れない。一分の時間が長く感じた。
南海地震か中央構造線の地震かと思った。

歩く事も出来ない身体の私は観念した。寒いので布団にくるまって待った。
巨大地震ならうちの家が持ちこたえると思った。

縦揺れのあと横揺れがきた。震源地はかなり離れているなと思った。緊急連絡の割に揺れは強くなく震度2か3かと思った。

震源地は日向灘、地震の多い地帯だ。私が宮崎県に住んでいる時にM7.5の今回より強い地震があった。工場にも大きな被害があった。

地震警報はP波縦揺れ(早い)とS波横揺れ(遅い揺れ大)の速度の差で警報音をだす。P波がS波の倍速い
警報がでて横揺れがくるのに、一分掛かったのは震源地まで400キロ離れている。
警報がでて100kmの距離なら14秒後に大揺れがくる。 直下型地震は逃げる間に大揺れがくる。

地震警報は阪神淡路大震災以降に開発された。
新幹線は警報発令で緊急ブレーキを掛けて停止させる。
東日本大震災では新幹線の事故も脱線もなかった。
阪神淡路大震災は時間が遅かったら大変な犠牲者をだしていた。
新幹線、在来線の脱線転覆、ビル建物の座屈、倒壊、高速道路、一般道路の橋げた、高架の崩落、道路への建物倒壊

南海地震,都市直下地震、火山の大噴火と、いつ起きてもおかしくない。

歳を取り住居を失うのは辛く生きる希望も失う。

懐かしい物 木の半鐘

2022年01月22日 | 懐かしい物
撮影場所 岡山県津山市

一本柱の木の半鐘があった。
斜面に立ち登ると怖いだろう。
二本立や三本立なら安心できるが
集落も高齢者ばかりで叩く人がいない。
 
半鐘が朽ちる事なく鐘がついていたのに感動。
北京五輪前に金属不足で鐘や側溝のグレーチングが盗難にあった。

盗難を恐れ半鐘の鐘も外し公民館の飾りものにしたところもある。
皆が携帯電話を持つ時代になり無用のものになった。

私は昭和の消えるものを一貫して撮って来た。
近いうちに消えてなくなるであろう物を集め写真展をした。
やっててみると、こんなものに興味を持つ人もいて面白い。

モツ鍋

2022年01月18日 | グルメ
家内が食べたいものを聞いて来た。
最近は欲しいものだけ食べる事にしている。

若い時のよう食べられなくなった。 生魚の刺身や握り寿司もほしくない。
モツ鍋と鱈と白子の鍋が食べたいと言った。
モツ鍋はブームになり専門食堂もあるようだ。

モツは牛豚鳥の内臓の総称、ホルモンは牛豚の大小腸と書いてある。
戦後、日本人は食べ物が無くてもモツやホルモンは食べなかった。
モツやホルモンを食べる人に偏見を持っていた。

それでも昭和40年代に入ると焼肉屋ではホルモンが安くてよくたべた。
九州ではモツ鍋をトンチャンと言っていた。 それは朝鮮語で炭鉱労働者が広めたのか。

北海道へ写真撮りに行く時に、上野駅から寝台に乘るためアメ横の裏の通りのもつ鍋の食堂に入る。 肉体労働者の食堂だった。
何の内臓か分からないままモツ丼を食べた。味は思い出に残り良かった。

モツ鍋の野菜はキャベツがいい。ニラ ニンニク モヤシもいる。あとは鍋の材料、うちのニラは冬場枯れてしまった。

茅葺民家 鳥取県智頭町

2022年01月18日 | 茅葺き民家
智頭町は岡山県に峠越えて隣接している。
雪の多い所でタイヤチーンを付けて何度か冬にも行った。
奥まった集落に茅葺民家があった。
今は茅葺も残っていないだろう。
折角全国各地を撮影したが本も出さず写真だけ残し埋没してしまう。
powerpoiptで編集し作品として残さないと子供にも残らない。
残しても子供は余り関心がないのが辛い。

鳥取県は旧国名は因幡(いなば)と伯耆(ほうき)である。
関西に近い地域は入母屋造りで西の伯耆は寄棟造りである。



不破聖衣来  都道府県女子駅伝

2022年01月15日 | 日記
不破聖衣来 (ふわ せいら)

拓殖大学1年生18歳
セイラはセイラムーンから名付けたのか。ボクシング女子金の入江聖羅はアイルトン セナから取ったそうだ。

不破は初めて走った12月の京都での一万メートルの大会で30分45秒、歴代2位の記録。一躍有名になった。Youtubeでレースがすべて見える 二位以下は一周遅れ
私もこんな選手は全く知らなかった。高校で有名であれば実業団やトップ大學の誘いがあっただろう。

子供の頃から凄いのが伸びるとは限らない。10で天才、15で秀才、二十歳すぎれば並みの人、増田明美や水泳の岩崎恭子のタイプ。一方メダリストの高橋尚子、有森裕子、水泳金メダル大橋悠依のような晩成タイプといろいろあり面白い。

不破は大学女子富士山駅伝で12位から2位に10人抜き。いままでの区間記録を1分14秒縮めた。ピッチ走法でないので速く見えないがスイスイと抜いてゆく。
テレビ放送があったので初めて見た。解説の金哲彦さんも綺麗なフォームでブレがないと言っていた。田中希実 廣中瑠梨佳と共に次世代のエース候補だ。

1月16日 日曜に京都で都道府県女子駅伝が開催される予定、昨年は中止
不破もアンカーの10キロを走ると思うので楽しみにしたい。
広島の男子駅伝は中止なので頑張ってほしい。