懐かしい昭和の情景を追って

過去に撮影したネガをフィルムスキャナーで電子化しています。蒸気機関車、古い町並み、茅葺民家を投稿します。

アケビ

2018年10月30日 | グルメ

家内が11月に入れば岡山マラソンがあるランニング練習のために山の中を10キロ程走る。

走りながらアケビなどを探している。

二個取って帰り食べていた。私にも勧められたが種ばかりのアケビなどほしくない。

昔は甘い物に飢えていたので何でも喰った。

槙の実に椋の実.桑の実など

山形県の民宿に泊まったらアケビの甘辛煮がでてきた。郷土料理だ。

あの渋い皮を煮詰めたものだ。少し渋いと思ったが大人の味だが一度の経験で十分だ。

アケビの皮の炒め物も山形では食べるそうだ。ネットでも料理の動画を見た事がある。懐かしいお袋の味とかいてあった。

庭にアケビを植えていて新芽を食べるそうだ。門にアーチ状にアケビを添わせていたので聞いた事がある。

テレビの県民ショーで山形県民は野草を食べると言われたそうだ。

山の斜面で女性が何かを採っていたので聞いたらカタクリの葉と花だ茹でて食べるのだそうだ。カタクリは花を見るものでなく山形では食べるものなのだ。

アケビは盆栽にもする山取りしてきたものを時間を掛けて盆栽に仕立てる。

100年くらい経ったものは迫力がある。

アケビに関して次のような有名な歌がある。

1.山のアケビは何見て開く 下の松茸見て開く という卑猥な歌がある。

男の子は子供の頃 勉強の事は忘れたがこんな事は覚えている。

 

 


私の昭和鉄道遺産 その86  EF5867

2018年10月30日 | 私の昭和鉄道遺産

撮影場所 岡山県倉敷駅 山陽線

電気機関車のEF5867号機が牽引する寝台車

特急のブルトレではないようだ。ヘッドマークも着けていない。

EF58で検索するとEF581号機が172号機まで全機の写真と経歴を書いてある。

EF5867号機は昭和28年2月製造 昭和54年2月廃車

EF58は172台製造された人気のある機関車だ。

蒸気機関車も全機関車の経歴をホームページにしている人がいる。

凄い人がいるものだ。

鉄道ファンは層も厚いしマニアックでメカに詳しい人が多い。

電気機関車は写真も貼ってあるが自分で集めたのか協力してもらったのか分からない。友達も協力しているし自分の撮影やネットオークションで出品したのを集めているのだろう。

ネットオークションで売れる写真は鉄道写真かエロ写真だけである。

興味のある人がいなければ売れない。茅葺き民家の写真など興味のある人と需要がない。

電気機関車や古い電車や気動車や貨物.客車はいくらでもいた。

そんなのが20年後には消えて将来ネット社会が来てデジカメラやスマホで影像が撮れ送信やホームページができるのが分かっていたらもっと色々撮っていたのにと誰もが思う。


徳島ラーメン  

2018年10月29日 | グルメ

故郷の徳島の畑に柿とりに帰る。

家内の持っている畑に柿の木が二本ある。

高速道路代とガソリン代を考えると柿を取って帰っても割が合わない。

年寄りにはそんなにいらないので買った方が安い。家内には土地に愛着があり柿が鳥の餌になるのが気にくわぬ様子だ。

甘い物を摂りすぎて血糖値が上がるのも怖い。

しかし孫はいくら甘い物を食べてもエネルギーが足りず腹減ったが口癖た。

私が付いて行っても役に立たないが渋柿を吊るせるように枝き切りを手伝だった。

結局は渋柿はダンボール4箱と甘柿100個取って帰る。

ジジババも孫のためにがんばっているのだ。

私など車椅子生活で孫と遊んでもやれないし金を出すのは家内だし影の薄いジィサンがいたなあくらいの記憶にしか残っていないだろう。

墓参りをして徳島に住む姪から徳島ラーメンの美味しいところを聞いていたので立ち寄る。徳島市鮎喰町の名東軒(みょうどうけん)

余りの人気店では車椅子では迷惑が掛かる。段差のある店には入れない。

最近は身障者もくるので段差はないようにしている。

徳島のラーメンは黒い汁.黄色い汁.白い汁の三通りがあるそうだ。

行った店は黒い汁系だった。ラーメン並550円 徳島はラーメンと御飯を一緒に食べる。年寄りはラーメン並みで腹一杯 美味しかった。

私が子供の頃は支那ソバといっていた。白い白濁のスープだった。50円を持って支那ソバを一人で食べに行くのが中学の頃の楽しみだった。

私が故郷を離れて半世紀以上になる。 いつしか昔の支那ソバに代わり黒いスープの徳島ラーメンになっていた。徳島ラーメンが知られるようになったのは1999年の新横浜ラーメン博に出店してからだそうだ。

この前 チコチャンに叱られてで何でラメン―ていうかをやっていた。

諸説あるが北海道の札幌の中華料理店で中国人のいうラオミェンやラーミュエンから来ている説がある。支那ソバがその当時の呼び名であったが支那は日本の支配下の呼び名 いまでは禁止用語でもある。台湾や中国からの留学生が支那そばの言葉に嫌な顔をしたので女主人がラーメンに変えたという説が一般的か

全国にラーメンの言葉が広まったのは日清食品が発売したチキンラーメンだそうだ。昭和33年

ラーメン 餃子 辛子明太子は戦後生まれの食べ物で言葉でもある。


懐かしい物 ミゼット

2018年10月29日 | 懐かしい物

撮影場所 岡山県早島町

なまこ壁の蔵の通りで来る人をカメラを構えて待っていた。

ミゼットが来た本来はこんな現代の車などは避けて撮らなかった。

しかし三菱自工のミゼットは三輪車だったしいずれ消える運命だろうとシャッターを押す。

ミゼットは360CCで小さな荷物も積める。

こんな車を持てるだけでもステータスだった。

今の自動二輪の免許を持っていたら360ccの車に乗れる時代もあった。二輪とと四輪は運転が違うのに排気量で免許が決まっていた。

我々の同僚でも給料が二万円の頃に免許を取りにいくものがいた。教習所がなく練習場で練習して試験場で試験を受けた。

何度か落ちても諦めずに挑戦した。こんな給料で車を持つのは夢と自分は諦めていた。早々と免許を取った者は先が見えていたのか。こんなところにも人生を積極的に生きて行くか流されるままかがでてくる。

家内の実家は建具屋だった。建具や木材の運搬に小型のトラックをもっていた。

子供の頃に親が忙しく遊園地や祭りに連れて行ってもらった記憶がないという。

父親の助手席に乗りお客さんの家まで行くのが唯一の楽しみであった。時にはフェリーに乗り泊りがけの事もあったようだ。・


茅葺民家 島根県奥出雲町の民家

2018年10月27日 | 茅葺き民家

奥出雲町の茅葺民家も激減している。

棚田などや鎮守の森の風景は残るが古い民家や茅葺は減っている。

茅葺民家の耐久性のなさや葺き替えに人件費や手間が掛かるので姿を消す運命にある。

テレビ番組で田舎を巡る物が多い。

家族に乾杯やダーツの旅、過去にあった隣の晩ゴハンや山の中のポッと一軒家など

役者の予定されたシナリオでなく素人の人が何を言い出すか分からない面白さもある。筋書のない展開が面白い。

家族に乾杯も奥出雲町の仁多でのロケが放送された。先週は石田純一が島根県飯南町に行った分が放送された。島根県では三刀屋も放送された事もある。

私の撮影はほとんど観光地には行かない田舎専門である。家族に乾杯も田舎が多く行った事のある場所が度々でるので楽しみに見ている。

こんな番組は断然田舎が多い。 家に鍵も掛けず訪問しても目くじら立ててNHKに文句言う人もおらず滅多に芸能人のこない土地では歓迎される。

都会や都市部ではこんな番組は難しいだろう。いきなり部屋にくるのは躊躇する。東京や大阪でも一度はやったが田舎の物が面白い。

公共の番組の一面もあるのかほとんど話題にならない田舎にもスポットライトを当てるところもある。 家族に乾杯は三世帯四世帯が同居する家族に出合いたいが田舎では普通に見つけやすいところもある。

 


日本茅葺紀行 NO,477 京都市左京区花背の民家

2018年10月26日 | 日本茅葺紀行

京都市と言っても花背は山の中

熊も棲息しているし随分山の中だ。

かっては茅葺民家も沢山存在していたと思う。辛うじて残っているのを撮影したようなものだ。

家内に連れてきてもらわないと自分では来ることは出来なくなった。

もう15年も来ていない。

もうこんな茅葺民家もトタンを掛けたか解体されているだろう。

ネットで検索していたら昭和47年の花背の茅葺民家の影像を見た事がある。

昔でも撮影している人がいるのだ。フィルムスキャンして電子化して投稿してくれている。

場所と茅葺き民家のキーワードで全国の見たいところの茅葺民家が検索してくれる。

自分の投稿した写真も検索されるが他人の投稿した写真も見せてもらうこともできる。

 


ドラフト会議

2018年10月25日 | 日記

今年もドラフト会議が終った。

ドラフトの前から特集番組や記事でにぎやかだ。

テレビで放映されるようになり高校野球で頑張った人は話題も多い。

入団交渉から入団までは話題になるが二年三年もするとそんな選手がいた事もわすれている。熱しやすく冷めやすい人間の心理を物語っている。

ドラフト一位で入団しても一軍で頑張れる人は1割か2割くらいであろうか

株の予想も二割三割くらいのものだがドラフトの人選も当たらないものだ。

そうかと思う反面 ドラフト最下位でも広島の新井やロッテの福浦 阪急の福本は名球会入り西武に入った工藤公康(ソフトバンク監督)も最下位だったが大投手。

80人から100人入団しても一軍で10年も活躍するのは3人くらいのものだ。

凄い人は20年間もレギュラーで頑張るのでレギュラー選手になるのも難しい。

ネット社会になり検索が容易になり新聞のスクラップなど残さないがかっては新聞を切り抜いて自分の興味のある事は情報として残していた。

ドラフト会議も自分の生きた人生の一ページである。5年も芽がでずブレークするのは嬉しいものだ。はずれはずれ一位がトリプルスリーを三回も達成する大選手になる。

甲子園にも出ていないが活躍する選手 ドラフトは筋書のないドラマである。

昭和52年 53年 56年のドラフトの入団選手の新聞を貼り付けます。

江川卓が昭和52年 53年に出てくる。高校卒業でもドラフトに掛かったが拒否している。53年はドラフト前日に巨人と江川卓が密約で契約したためトラブルになり巨人はドラフト会議キャンセル 11球団しか選手が掲載されていない。

どの球団でないと行かんという選手は大成しない。拒否せずスムースに入団して頑張ってほしい。


オヤジギャグ-37 毎度バカバカしく

2018年10月25日 | 日記

 

毎度馬鹿馬鹿しくジジイのたわごと

1.介護に来ている阿部さん99歳でしっかり者 もう少しで百歳だと 遥かな存在だ。阿部のハルカスと呼ぼうかな

2.年寄ると尿が近い 漏れる漏れる 辛うじてセーフ 漏らした孝蔵(村下孝蔵)になるところだった  村下孝蔵さんギャグに使ってごめんなさい。1980年代の歌手 初恋 踊り子のヒット曲あり46歳の若さで没

3.8月に老眼を買った 100円ショップで8月に買ったので葉月ルーペ

4.サラダが出てくるのが遅い 今さらだ

5.ツアー旅行 鳥羽市には寄らんの鳥羽市は飛ばします。

6.徳井さん何が得意

 


蒸気機関車 重連貨物列車

2018年10月25日 | 蒸気機関車

撮影場所 岡山県 伯備線豪渓付近

下りの貨車を牽引している蒸気機関車が重連だ。

機関車の回送も兼ねているのか、一日に何本か重連で運用される。

手前に茅葺民家があり家の人に断り裏山で一日撮らせてもらう。

こんな事を知っているのは自分だけである。

ワードに写真を貼り撮影日 撮影場所 どんな目的で撮ったか時代的背景を一件一葉でまとめておくと自分の生きて来た人生の記録になる。民俗学者の宮本常一氏の撮ったフィルムはすべてスキャンされて一般公開されている。ネットで何度か見たが膨大な資料である。

宮本氏は今年いろいろ話題になった山口県周防大島の出身である。ここに記念館があるその学芸員がフィルムや資料の整理保存をしている。

私の場合は資料を整理しても家族は見てくれそうもない。見てくれ保存してくれないと編集整理する気になれない。

ブログで投稿すれば昔の写真や鉄道.町並み.民家.風俗に関心のあるマニアックな人が少なからずいる。見てくれる人がいる間は投稿しよう。


懐かしい物 板壁の路地

2018年10月24日 | 懐かしい物

撮影場所 岡山県早島町 玉野市八浜

板壁や羽目板の続く路地は落ち着いて懐かしい。

板張りでは風雨に当たり劣化して行く。30年もすれば更新が必要だ。

現在の外壁材はクラックがなければ50年はもつ。

ほとんどの所が新建材の民家になって戦前の日本の建築は減っている。

こんな板壁の路地や通りを数多く撮影すべきであった。

もう二度と元に戻る事はない。

撮っている時は何も感じなかったが時代が経つといい風景だったなあとおもう。

今でも探せば残っているかもしれないがこんな身体ではどうにもならない。

こんな風景を記録に残すのは自分の生きた時代の記録であり行動の記録でもある。