懐かしい昭和の情景を追って

過去に撮影したネガをフィルムスキャナーで電子化しています。蒸気機関車、古い町並み、茅葺民家を投稿します。

茅葺き民家  山梨県北杜市の民家

2013年12月31日 | 茅葺き民家

山梨の民家は大型である。40年前ならばこんな大型の素晴らしい民家が沢山残っていたのであろう。
切妻造りで養蚕をやっていたのであろうか
棟は草棟になっている。山梨県はイワヒバを植えていた。
イワヒバは乾燥に強く雨が降らないと葉を閉じて乾燥を防いでいる。
シダ科の植物は乾燥に強い胞子で子孫を残すので死滅する事がすくない。
イワヒバは岩壁に生えていて古典盆栽で育てている人もいる。

本年もお立ち寄りいただきましてありがとうございました。過去に撮影した写真を毎日フィルムスキャンしていますので継続的に投稿していきます。




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懐かしい風景 田川線油須原駅

2013年12月30日 | 鉄道
撮影場所 福岡県田川線油須原(ゆすばる)駅

油須原駅の駅の正面と木の椅子を撮っている写真があった。
断片的に蒸気機関車の写真に混ざってこんな写真が残っている。
駅を撮るなら徹底して撮るべきであった。何事も中途半端である。
40年という時間が経過したら、その写真が時代の証言者になる。
人の記憶は実に曖昧だ、時代とともに記憶が上書きされたり印象に残った部分だけが誇張されて記憶に残ったりする。やはり写真に残さないと正確に時代は語れない。

駅舎も木造板張り、ダルマポストと公衆電話見がどこの駅にもあった。
ダルマポストと公衆電話も姿を消した。
椅子も木の椅子である。昭和30年後半からプラスチックや新建材、アルミ製品や鉄、ステンレス製品で建物も製品も変化していった。
木材も日本の杉などからラワンなどの木目のない南洋材に変わって行った。
木を接着剤で貼り付けた合板に変わっていった。天然の一枚板を使っていた以前の木の製品は素晴らしい味わいがある。




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日本茅葺紀行 その104 リンゴと茅葺き

2013年12月29日 | 日本茅葺紀行
撮影場所 青森県五所川原市

高速道路を走っていても弘前から五所川原に掛けての一帯は延々とリンゴ畑が続く。
これは青森の津軽の風景のひとつである。
甲府盆地のブドウ畑も凄い。日本には桃やナシ、杏、サクランボと果樹の畑が続く
静岡や鹿児島頴娃町の茶畑も延々と続く、和歌山かつらぎ町の急峻な斜面の柿畑も迫力がある。日本の果樹や野菜の産地をテーマに撮影しても面白いと思うが私は今更やりたくないしやれない。(白菜、大根、高原レタス、野沢菜、赤カブ、砂丘ラッキョなど)
できるのは津軽地方のリンゴ畑と茅葺き民家を撮るくらいだ。
しかし、リンゴの実っている10月初旬から11月に行かなくては撮れない。
10月下旬になると雪に降られる事もあり何の装備を持たない者は10月の20日間くらいでしょうか

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懐かしの蒸気機関車写真展 その57 「三重連」

2013年12月28日 | 懐かしの蒸気機関車写真展
撮影場所 岡山市 国鉄岡山操車場

蒸気機関車が伯備線に走っていた頃、岡山操車場から倉敷駅まで回送列車が三重連で毎日
運行されていた。山陽線を回送されて走るのだがダイヤが過密なため三台を連結して倉敷まではしらせた。岡山操車場は広いヤードを持っていた。これがいまだに有効な利用方法がない。
都会の操車場は商業施設に生まれ変わっている。

回送の貨物列車が発車するところには架線がなく撮影には好都合だった。
操車場を跨ぐ跨線橋もあり撮影にき好都合だった。荷も軽いのに蒸気機関車はいい煙を吐いてくれた。
岡山駅から操車場までは歩くと30分以上かかる。途中岡山機関区に立ち寄り写真を撮ってきた。
ここへは何度も足を運んだ蒸気機関車が無くなるとこんな光景も見られないと思うと力が入った。時間が十分あったのだから今は無くなった貨物や客車、電気機関車も詳しく撮っておくべきだった。蒸気機関車だってD51であろうとすべての機関車を撮っておくと晩年になりそれを一台づつ眺めると楽しかっただろう。人間は無くなって初めて気づく事が多い。







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茅葺き民家  兵庫県三木市の民家

2013年12月27日 | 茅葺き民家

三木市は神戸の隣で阪神地方のベッドタウンにもなっている。
その反面、農村地帯も残されていて茅葺き民家が点在している。
葺き替えたばかりの茅葺き民家があった。
まだ葺き替えたばかりなので他の茅葺き民家が消えてもこの家は15年後まで残るだろうと思っていた。
しかし五年ほどして訪れたらこの家は新しく建て替えられている。
茅葺き民家にこだわり維持されてきたと思っていたが何があったのであろうか

考えられるのは息子の代になり不便な茅葺き民家を嫌って建て替えたか火災等のトラブルがあった。宝くじなどの臨時収入があり建て替えられた。
岡山の茅葺き民家が新しく建て替えられたので近所の人に聞いたら病院に入院して手術ミスがあり亡くなった。多額の慰謝料が入り家を建て替えたといわれていた。
他人の噂や陰口は怖いものだ。宝くじ五億円に当たったら子供にも言うまい。

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古い町並み  岡山県備前市香登

2013年12月26日 | 古い町並み
備前市香登(かがと)は旧街道の山陽道沿線で間宿だったそうだ。
現在は国道二号線、山陽新幹線、赤穂線が並行して走っている。
北側の山沿いに旧山陽道が伊部、香登とつづいている。
この一帯は焼き物作りの盛んなところである。
近くの長船町には土師や須惠の地名が残っている。
東大寺の瓦がここで焼かれて10万枚以上焼かれて奈良におくられたそうだ。
これは吉井川の洪積地に大量の粘土が堆積したため焼き物に適した粘土が得やすかった。
吉井川を使った水運も発展に役立っている。

茅葺き民家をさがしにあっちうろうろしている時に町並みも数枚撮影した。
板塀の民家のところだけ面白いと思い撮影する。








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日本茅葺紀行 その103 新潟県松之山町民家

2013年12月25日 | 日本茅葺紀行
撮影場所 新潟県松之山町

松之山町は棚田と茅葺き民家と温泉で写真集や雑誌で紹介されている。
棚田百選もあり棚田ファンがネットで写真を投稿している。
わたしもそんにな情報をもとに何度が松之山を訪れた。
国道405号線沿線にも茅葺き民家が点在していたが次第に数を減らしている。
天水越えの茅葺き民家はもうないだろうと思っていたら二軒まだ残っている。
民家には常時住んでいないようだ。夏場や休日には野菜作りをしているようだ。
豪雪地帯で冬場は除雪せず通行止めになる。
この国道で津南町へ下った事があるが細い道でカープの連続、走りたくない道のひとつだ。
しかし、この国道沿いに素晴らしい棚田がある。みんなここで撮影していたのかと眺めながら走った。新潟県の棚田地帯は硬い石がなく海底の堆積物が固まったもので脆いし削りやすい。我々の常識では棚田は石積みとおもっていたが堆積岩を削って棚田を造っている。どの田もカープが丸く円形の田もある。
これは輪島の千枚田も同じで幾重にも重なった曲線的棚田になっている。
日本列島には海底が隆起して硬い岩のない場所もあるものだ。

いま松之山から津南町に下るには国道305号線の道路がよくなり一気に下れるようになった。

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懐かしの蒸気機関車写真展 その56 「宗谷本線 3」

2013年12月24日 | 懐かしの蒸気機関車写真展
撮影場所 北海道宗谷本線

厳冬期の宗谷本線、温かい蒸気機関車の周辺にも雪が付着している。
そんな中でも機関士は窓を開けて走行する。
発車時や信号の確認は窓から顔を出し確認が原則である。
機関車の乗降口も後ろも開放のままである。テンダーの石炭をスコップですくって投炭するので後ろに扉はない。
停車中も機関助手はテンダーに登り石炭を寄せていた。
厳しく過酷な労働環境だ。
冬の北海道は停車中といってもすぐに写真は撮れない。
列車から外に出るとレンズの中が結露して消えるまで撮れない。
列車内は床面や靴が濡れたままで水蒸気は飽和状態、外にでて寒さで一気に冷やされレンズ内で結露する。結露が完全に取れるには10分近くかかる。
1分くらいの停車時間では撮影できない。
移動中にもっと撮影と思うがなかなかできないものだ。
冬の北海道では観察すれば厳しい写真がもっと撮れたように思う。






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茅葺き民家 群馬県川場村

2013年12月23日 | 茅葺き民家
撮影場所 群馬県川場村

群馬県に養蚕農家を撮影に行く。養蚕のため採光と換気で屋根を突き上げている。

群馬県へ行くのは東北に行くのと変わらないくらい時間がかかる。
東北へは北陸道を使うので交通量も少ない時間が計算できるが中央道経由だと途中に渋滞があったら走行距離が結構ありおいそれとは行けない。
3日の行程では自由に撮影できるのは一日だけだ。私のところから沼田市まで700km
東北の米沢まで850kmなのでそんならにかわらない。

岡山県にも養蚕をやっていた民家はあるが群馬のように盛んでなかった家の造りも特徴的でない。群馬の民家を一度は撮影しておこうと出かけた。
養蚕農家と言ってもいつまでやっていたのか30年も40年も前の話であろう。
私も蚕を飼っているのを見た事がない。桑の葉を植えてあったのは実を食べたので記憶がある。
かって養蚕県だった群馬もその程度の知識でしかない。
富岡製糸を世界遺産に登録しようとしているが今もどの程度養蚕の技術や生産が伝承されているのか分からないが、過去の建物が残っているだけで登録してほしくない気がする。


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懐かしい風景 鳥取県日南町

2013年12月22日 | 懐かしい物
撮影場所 鳥取県日南町阿毘縁(あびら)

日南町は鳥取県の南部の中国山地を背にした山間地である。
よく雪の降るところである。
雪の民家を撮影に島根県吉田村まで行こうと思ったが雪道は厳しい。
なかなか進まず島根県に入ることなく鳥取県で終わってしまった。
この日は家内の軽四を借りて出かけた。
雪の中は得てして軽四の方が便利な事がある。
除雪で道幅が狭いので都合がよい車体が軽いので坂の登り下りにも横滑りせず強い。
この日はタイヤチェーン装着に時間が掛かる。うまくセット出来ないのだ。タイヤを交換した時に安いからと取り換えたのがワンサイズ大きかった。どうしてもフックが掛らない。
車に乗っている物をさがしたら梱包用のビニール紐が乗っていた。
これをコンクリートの角で擦りきりチーンを結束した。
タイヤの横で結束したのでビニール紐が擦り切れるは事はない。
これで夕方まで走れた。
私は車でしか旅行が出来ないのでアクシデントは多少ある。時には命に関わる事もある。その時にどんな対応をするかが問われる。仕事で培った経験や災害の事例をおろそかにできない。

日南町阿毘縁には五軒の茅葺き民家があった。小学校の生徒が下校帰りだった。
全校生徒8人、下級生は上級生が出てくるのを待っていた。
一緒に帰るのに付いて行った。あれだけ雪が降っているのにすぐに雪で遊び出す。
男の子も女の子も年齢の大小にかかわらず遊び出す。
男の子が下になり女の子が上に乗る。小さな男の子も女の子の重圧に耐えている。
男の子は子供のころから泣いてはいけない弱音を吐くなといわれているのがわかる。
大きな女の子は春から中学生だと言っていた。町の中学までバスで通学になる。
冬の夕暮れ遊びながらであたりが薄暗くなるのになかなかたどりつけない。
この子供たちには都会にはない楽しい思いでが残っている事であろう。
阿毘縁小学校は廃校になった。 





   
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