懐かしい昭和の情景を追って

過去に撮影したネガをフィルムスキャナーで電子化しています。蒸気機関車、古い町並み、茅葺民家を投稿します。

旅の思い出

2018年09月30日 | 旅行
還暦を過ぎても仕事はしていた。
しかし、歩行は障害があり杖が必要だった。
61歳の時のゴールデンウイークに東北に茅葺の撮影旅行にいった。
秋田から青森の日本海側を走る。
五能線に沿って走って弘前まで行く予定だった。
途中に白神山山地近くの12湖に立ち寄る。
湖近くの駐車場で神戸ナンバーの夫婦と会話をする。
向こうも岡山ナンバーの我々の車を見てはるばるここまで来たのを話しあった。
その車は軽四のバンタイプで自分で改造してベッドを設置してある。
ベッドの下が荷物置き場になっている。
これから北海道に渡り車中泊で一周するという。スケジュールはなくのんびり走るといっていた。
仕事はリタイアしたという。何歳か聞いたら今日が誕生日で61歳という。
私も今日が誕生日で61歳と言った。免許を見せ合いお互い驚いた。
12湖の駐車場で隣に停めた車の人と生まれた生年月日が同じでしかも誕生日に出会うというお偶然があるものだ。それから弘前城の桜を見に行く。

日本茅葺紀行 NO,472 稲架のある風景

2018年09月30日 | 日本茅葺紀行
撮影場所 兵庫県旧吉川町

秋の風景を求めて撮影に出かける。
稲刈り 稲架 ススキ 彼岸花 柿を求めて各地にカメラを持ち出掛ける。
情熱が消えたらこんな事はできない。
阿保らしい事をひたすらやらないと駄目だ。
稲架で乾燥させた米が美味しいというがどうだろうか
米はゆっくりと熟成したほうがいいとはいうが
乾している間に雨もあるがそれでも美味しいのだろうか

ネットを見ていたら全国の廃村ばかり追いかける人のサイトがあった。
村影弥太郎の集落紀行というサイトだった。
こんなのを見ていると私でも元気をもらう。
身体が不自由になっても旅とチャレンジはしないといけないと思う。

株式 権利落ち

2018年09月29日 | 日記
配当金を貯金していた通帳の残金が4万円になった。
車購入の一部とクーラー三台更新、墓地購入で底をついた。
旅行資金や電化製品を買うのに配当金が入れば配当金の通帳に貯金していた。

銀行の金利が付かない状態が長く続いている。
年金の余裕はない医療費介護費が沢山掛かる。
株式の運用と配当金で増やすしかない。
配当金だと旅行でも気楽に使える。
しかし、その通帳が底をつき一年間蓄えることにした。3月期と9月期で一年分貯まる。

株式投資は暴落のリスクがある。南海地震や都市直下の地震や世界的な暴落があれば大暴落する。日本では地震のリスクがあり全力投資は怖い。
老人になり地震で家が壊れ株は大暴落で資産、半減が一番つらい。
ニューヨークも随分高値が続いている。株は騰がり続ける事はない。
東京オリンピックの景気がいつまで続くづくか
前回の昭和39年から40年にかけては不況に襲われた。

日経平均もバブル崩壊以降の最高値と言っているがTOPIX(東証一部の全銘柄の指数)は今年の2月の1900ポイントに程遠い現在1817ポイント 優良株ばかり騰がりボロ株は安いままだ。
TOPIXが騰がらない事には騰がった事にはならない。

これからどこまで株式が騰がるのか三万円まで騰がるの週刊誌の記事は2月の暴落で少なくなってた。
知識がないので経済記事や株式評論家の記事は読むが鵜呑みにしない。

今の日本の株式は外人が買わないと騰がらない。日本の機関投資家は日本の株を買わないのか企業は内部留保を溜め込んでいるのに株式参加がすくない。
外人は利益がでれば一気に売り浴びせてくるので欲を出さないで利益の乗っている物は処分したい。
自分もあと何年生きられるか分からない。
現金比率を高め暴落を待つ態勢か暴落をヘッジする投資信託を考えていこうと思う。

私の昭和鉄道遺産 その84 肥薩線のC57型

2018年09月29日 | 私の昭和鉄道遺産
貨物牽引のC57型蒸気機関車が停車している。

蒸気機関車の写真は煙を吐き驀進している風景でないと駄目だという人かがいる。

停車している写真は誰でも簡単に撮れるのて値打ちがないというものだ。
ネットオークションの鉄道写真を見ると静止写真と動いている写真の評価は余り変わらないように思う。それはその時代にしか見られない風景を買っているのだ。

雨の後の曇り空でコントラストのない眠たい画像だ。
無蓋車や今は消えた貨物列車が写っている。

撮っている時は鉄道の写真しか興味がなかった。
昭和という観点で街並みや駅舎、農村民家や農作業風景を撮らなかったかと思う。
鉄道の写真をとりながら片手間で撮れたはずた。このころの田植えは手植えで大勢で田植えをしていた。
その時代を生きるとは生きた日々を記録していくことだった。

何十年と自分の生きた軌跡を記録した人は時代を真剣に生きて来たと思う。

懐かしい物 夫婦

2018年09月28日 | 懐かしい物
撮影場所 岡山県旧建部町

山は頂上付近の棚田地域
山の斜面は浸食され深い谷になり支流を経て大きな川に流れ込む。
浸食された斜面が棚田になる。
稲の収穫が終わり稲架に干してある。
老夫婦が座って休んでいる時にお邪魔して後ろから撮らせてもらう。

農業だけで子供を育て上げたと話す。
車を持ち農業機械を買っての暮らしは楽ではなかったと思う。
80歳になっても働きづくめである。
都会の人の様にグルメだのツアーだのゴルフだのと遊んではいられない。
都市部に出てサラリーマンの方が気楽で定年後の年金もあり遊んで暮らせる。
ひたすら先祖の土地を守り生きて来たのであろう。

子供は都会にでて戻ってこないという。
農業は自然相手である。台風や豪雨、旱魃、冷害におびえながら被害を最小限に抑える対策を講じる。智恵と工夫で作物を育てないといけない。
農家の奥さんも大変である。覚悟を決めて嫁いできている。
駄目な嫁と嫁ぎ先の両親や親せきに言われないように一生懸命がんばったと思う。

ご主人も嫁には少しでも楽な生活ができるように頑張ったと思う。
農業で生きて来た夫婦の暮らしに尊敬する。
これを撮った頃はまだ若く現役で働いていた。
老後の暮らしにはそんなに興味も無かったので詳しく聞かなかった。
現在ならばもっと聞く事も沢山あったと思う。

日本製品素晴らしい物 ベスト18

2018年09月27日 | 日記
日本視察団
〇〇なら世界最強

テレビ番組より
外人が選ぶ日本の素晴しい製品
ベスト18を紹介していた。
1.車(故障しない.燃費のよさ)
2.水洗トイレ(機能性 汚れにくい)
3.デジタルカメラ(レンズの良さ)
4.電車
5.マンガ マガジン
6.ファンデーション
7.カップラーメン
8.腕時計
9.ICカード
10.チョコレート
11.電気炊飯器
12.電動アシスト自転車
13.アイスクリーム
14.ボールペン(滑らかさ)
15.ドラヤー
16.水筒 (保温性 昼まで冷めず)
17.雨傘 (風に強い)
18.タオル(肌ざわり昼 吸水性)

昭和35年頃から高度成長期に入るが日本の技術は敗戦からの復興で世界に誇れるものは少なかった。性能の優れた機械や車は外国の技術に頼っていた。
日本の車が評価されたのも昭和48年の第一次石油ショック以降であろう。

昭和30年代にボールペンが売り出されたが冬場になると書けなくなる。
先端のボールの品質の悪さとインクの悪さですぐに使えなくなる。
インクが無くなるまで使えるボールペンは少なかった。
ボールペンは使い物にならないレッテルを貼られ市場から消えた。
しかし、研究を続けるメーカーもあり15年位して再び世にでた。
ペン先をステンレスにしてインクも乾燥防止を図り冬でも使えるものができた。
水溶性のペンは宇宙船でも採用された。油性は有機溶剤を使っているし無重力ではボールペンは書けないので毛細管現象でインクがでてくる水溶性が使われた。ボールペンにはそんな記憶がある。

昔の水筒は魔法瓶と呼ばれ内筒にはガラスが使われていた。
魔法瓶の水筒は結構高かったのに石の上に落とすと内筒のガラスが割れた。
今で言えば欠陥商品だった。今はステンレスのため石に落としても割れないし保温性も高い。

カップラーメンのアイデアは主婦が特許申請したのを日清食品が100万円で買い取り商品化した。一個当たり使用料金0.5円でも取っていたら毎年何億円の収入になっていたといわれている。その当時1965年の100万円は値打ちがあった。
その主婦が商品化までできたかどうか日清食品でないと商品化できなかったであろう。

日本も1990年頃のバブルで技術が停滞する時期があった。電化製品や携帯電話では時代の遅れを取った。個人も国家も成り上がりや有頂天になってはいけない。太平洋戦争にしてもバブルにしてもトップがしっかりしないと国を滅ぼしてしまう。安倍さんの三選はどうかマイナス金利が国家を滅ぼした愚策だったと後の歴史に残らないように

日本の製品は外国で評価されているが技術の進歩は早いしすぐに真似て作る。製造業や中小の工場が日本の生命線である。


茅葺民家 山沿いの道

2018年09月27日 | 温泉
撮影場所 島根県旧仁多町

山際に道がある。
農作業などに使う道であろう。
人が歩けば道になる。歩かなければ草が生えやがて草叢になり自然に還る。
道は人々の生活の跡である。
道の向こうに茅葺民家、こんんな風景を見た人が小学唱歌の歌詞を思いつくのかと思う。

こんな山際の斜面には山野草があったり山菜が生えている。
今頃ならキツネのカミソリや彼岸花などが咲いている野菊の類も咲いている。
野菊と片付けているがみんな名前が付いている。野菊と呼ばれてものが何種類もあるのに気付く。花の色や形、背丈や葉の形状かが微妙に違う。リンドウと桔梗は自然の草花にしては立派な花である。

日本茅葺紀行 NO,471 野焼き

2018年09月25日 | 日本茅葺紀行
撮影場所  新潟県松之山町

新潟や山形に行くと懐かしい風景が残っていた。
旅にでてこんな風景に出会うと「懐かしい」と思う。
しかし、観光地化して懐かしさを演出した風景には心が喜ばない。
自然の昔からの生活の懐かしい風景でないと嫌だ。

サントリーのCMではないが何も引かない、何も足さない風景がいい。
ガイドブックにない風景を自分で探す。
ひたすら自分が見つけた風景がガイドブックになるように歩いた。

折角こんないいカメラができたのに私の撮りたい風景は消えて行く。

蒸気機関車  山際を走る

2018年09月24日 | 蒸気機関車
撮影場所 岡山県 伯備線美袋付近

日本の鉄道は川に沿い走ったり山際を走ることが多い。 鉄道の走る土地の広さは何メートルあるのだろうか5メートルくらいのものか複線で10メートルくらいか
山際の岩を削りやっと線路を敷設しているところもある。
7月の西日本豪雨で伯備線も土砂崩れなどで1ヶ月は不通となっていた。
山際だけに大雨や地震で被害を受けやすい。
大雨警報が出て雨量が規定を超えれば運転を見合わせ地震も震度で運転停止するようになり運転中の被害は少なくなった。雨量計や地震計の整備と通信網の完備で危険回避している。

幹線の山陽線はまだ全通していない。
山からの大規模土砂崩れや線路が流される被害がでて10月中に復旧と言われている。
芸備線は1年は復旧に掛かるという。
現在山陽線の貨物輸送は伯備線から山陰線経由、山口線で迂回輸送されている。

山陰線の海の見える撮影ポイントで鉄道ファンがカメラを並べて撮影しているのが新聞やネットで流されている。みんな豪華なカメラである。
オリンピックの報道陣並みだ。

阪神淡路大震災の後は神戸から大阪の線路が壊滅的になり貨物輸送は播但線経由で山陰線から京都に迂回する運行だった。゛


懐かしい物 一休み

2018年09月23日 | 懐かしい物
撮影場所  鳥取県八東町

茅葺民家を訪ねて行ったら玄関脇で一休みをされていた。
少し話をして撮影させてもらう。
初対面で打ち解けて話をするのはなかなか難しい。
有名人が田舎に行き地元の人とのやり取りの番組がが多くなった。
鶴瓶の家族に乾杯や出川の充電させてくださいや日村の各地の食堂を聞く番組など庶民とのやり取りの番組が多くなった。筋書のないストーリーが面白いのであろう。

こんな有名人ならそれなりの待遇や相手もしてくれる。
カメラを持ってノコノコやってくる人間はなるべくなら相手にしたくない。
家の表から裏まで撮影され根ほり葉ほり聞かれうっとうしい限りである。

若い頃に茅葺民家を撮り始めた事があったが挨拶に行き住人の人との会話が若かっただけに上手くできずに断念したことがあった。
見知らぬ人と直ぐに打ち解け合い会話をするのは経験と知識がいるなと思う。
質問をして相手に話してもらう状況を作る事であろう。
人は会話の中からヒントや疑問や智恵をもらうものだ。
何歳になっても会話は訓練の場である。

この女性とは田舎暮らしの日々の生活 畑.田圃作業、飲料水、地域の付き合い 娯楽、田舎暮らしの面白さ 山菜採りなど、慣れたところで家族について聞いてみた。