マキペディア(発行人・牧野紀之)

本当の百科事典を考える

医療(医療崩壊)

2010年01月17日 | ア行
        夕張医療センター長、村上智彦

 財政再建団体に転落した北海道夕張市の借金は約630億円。人口は1万2000人です。日本は国債残高が600兆円、人口は1億2000万人ですから、夕張は日本のほぼ1万分の1の縮図ですね。でも、夕張の高齢化率は43%と、日本全体の22%に比べて突出している。もっとも、2050年には全国で40%と見込まれていますから、夕張の現状は40年後の日本の縮図でもあるわけです。

 約40億円の負債を抱えて破綻した市立病院を、2007年04月に公設民営の夕張医療センターとして引き継ぎ、センター長を務めています。171床の病院を19床の診療所に縮小し、高齢者の在宅医療と予防医療を中心に据え、在宅医寮件数は市立病院時代のゼロから100に増えました。24時間ケアだから在宅の100床は病院の100床と同じ。病床の維持には金がかかるが、往診なら体一つで行けて手術以外はできる。しかも台所の冷蔵庫の中まで見えて、患者の「物語」を知ることができます。

 訪問診療・看護、訪問リハビリ、栄養・服薬指導から歯科の往診までしています。口腔ケアをちゃんとするだけで高齢者の肺炎は大きく減ります。薬をきちんと飲む、水を毎日コップ5杯飲む、和食を食べる、健診を受ける。たいしたことではないが、それで医療費を削減できる。救急車の出動も激減し、1年で2億8000万円も医療費を減らしました。

 地域が再生するには最低限、消防と警察と医療機関が欠かせません。産業のためにも医療は必要です。例えば市内のホテルには、受診案内を各部屋に置いています。修学旅行の生徒や障害者の方々も安心して、炭鉱から観光に転じた夕張を訪れてもらえるようにするお手伝いです。

 しかし、診療所の経営は実質赤字です。それでもつぶさずにやってこられたのは、訪問診療と外来の黒字で病棟と救急の赤字を埋めてきたからです。寄付金や治験などの医療外収入、私個人の借金や講演謝礼もつぎ込んでいます。それなのに、公設と言いながら救急予算は1日当たりわずか600円。病床を減らしたことに対する国から市への交付金も、診療所には回されていません。

 医師は私を含めて5人。地域医療を志し、東京の大学病院から移って来た先生もいます。医師や看護師をはじめ約80人の全職員が、ボーナスもなく、よそとは比較にならない安い給料で働いています。志だけでは限界があります。

 各地で医療が崩壊しているのは、コンビニが必要なのに大きなデパ-トを建ててきたようなものだからです。年老いても「生活の質」を保って、安心して死ねる場所を安上がりにつくれればいい。破綻した夕張がそういう高齢社会のモデルとして成功すれば、全国どこでもまねができる。逆に、できなければ国民皆保険制度は崩壊します。そのためにも私たちはここで頑張っている。国や市がこの「実験」を支援する価値はあるはずです。

(朝日、2010年01月05日。聞き手 今田幸伸)