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シュトルム・ウント・ドランク(疾風怒濤時代)

2008年01月04日 | サ行
   参考

 01、ドイツ文学史上の有名な概念である der Sturm und Drang(デア・シュトルム・ウント・ドゥランク)は、慣例の訳語としては「疾風怒濤時代」だそうであるが、Sturm がはたして「風」であるかどうかは甚だ疑問で、Drangに至っては「波」とは関係あるまい。むしろ Sturmは「強襲」であり、Drangは「遮二無二」であるから、「猪突猛進時代」とでも言えばいっぺんに話が分かる。

 この言葉は、クリンガーという詩人が1776年に発表した"Sturm und Drang" という戯曲がスローガン(すなわち合言葉)として採用されて有名になったもので、この Sturm und Drangはそれ自体がすでに合言葉であり、掲称的語局であるから、〔この句全体が〕無冠詞なのは当然である。

 しかし、この無冠詞形の合言葉がそのまま直ちに歴史上の1つの具体的な時期ならびに運動そのものの「名称」として採用されるようになった。そこで冠詞や語尾変化をどうするかという問題が起きてくる。

 歴史上の時期や具体現象は die Klassik〔古典時代〕とか die Romatik〔ロマン主義、ロマン主義時代〕などのようにすべて定冠詞を用いるはずなのに、 Sturm und Drangだけはその起源が合言葉であるが故に、掲称的語局でもなくたんなる名前を言う場合にも無冠詞形としなければならないのか。そこで der Sturm und Drangが自然になってくる。これはもはやスローガンらしいところを少しも持たない「名称」である。(関口存男『冠詞』第3巻(無冠詞篇) 356頁)