岩清水日記

「あしひきの岩間をつたふ苔水のかすかにわれはすみわたるかも」良寛

岡山県井原市 田中美術館訪問しました。

2018-09-21 07:05:01 | 岡山

JR岡山駅から伯備線に乗って清音駅下車、井原鉄道に乗車。井原駅に。

井原鉄道が全線開通しました。よかった。

田中美術館には初めての訪問です。

岡山県に住んでいるにもかかわらず。

心理的に遠いのでしょうか。出不精なのでしょうか。反省です。

井原駅からてくてくと歩いていきました。

区画整理したのでしょうか、格子状の街並みです。

徒歩15分とあります。

市役所、市民会館、そして田中美術館、田中苑(公園部分です)。

まさに市の中枢です。

いかに平櫛田中さんが、町の誇りなのかわかりますね。

市民会館です。奥に田中美術館があります。

田中苑から美術館を望みます。

鏡獅子の銅像です。街のシンボルですね。

疑問。なぜ平櫛美術館ではないのでしょう。

そして、平櫛田中って、名字が二つ並んでいるようですね。

平櫛は養子縁組した先の姓。田中は生まれた家の姓です。

養子先の平櫛家は、隣県の広島県福山市にあります。

田中家はここ井原市です。

ということで、田中美術館になったのでしょうか。もちろん「でんちゅう美術館」です。たなか美術館ではありません。

入り口には、五浦釣人(岡倉天心像)が黄金に輝いています。

恩師ですね。でんちゅうさんは恩を忘れぬ人です。

写真はここまでです。

平櫛田中さん

明治5年(1872年)生まれ、昭和55年(1979年)死去

107歳という「超」長命でした。

最晩年まで創作活動を続けられたと聞きます。

人はどこまで歩き続けられるのだろう、と思わせる方ですね。

理想とする人生ですが、

文化勲章受賞時に昭和天皇から、

「あなたが一番苦心したことは、どんなことですか」と聞かれ、

 

「それは、おまんまを食べることでした」とこたえられたそうです。

 

貧しい家に生まれ、養子先に行き、大阪に奉公に出て働きながら、

目指したのは、木彫りです。

美術の中でも人気のある分野ではありません。

お金になるわけはありません。

しかし、多くの人が、助けてくれました。

岡倉天心、横山大観、下山観山、木村武山などの人が物心ともに支えています。

それだけ大切な人だったのでしょう。

あまりのスケールの大きさにたじろぐほどでした。

ありがとうございました。


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