内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

フランス人の眼で明治日本を散策してみよう(一) ― エミール・ギメ『明治日本散策 東京・日光』

2019-08-29 05:49:23 | 読游摘録

 今日から三日間、角川ソフィア文庫から最近刊行された三冊の本について書きたいと思います。
 三書に共通するのは、日本にただならぬ関心を持ち、旅行者として或いは居住者として日本の文化・風俗・風習を直に観察した欧米人の著作だということです。特に最初の二冊は、明治九年(1876年)一緒に日本を旅行した二人のフランス人によって書かれました。原書はもちろんフランス語です。もう一冊は、一昨年昨年、このブログでもしばしば取り上げたラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の東大講義録(抄訳)です。これは、正確には、ハーン自身の手になる著作ではなく、聴講した学生たちが自分たちのノートを基に復元した講義録です。ハーンの講義はすべて英語で行われました。ありがたいことに、この三書は、いずれも原書の電子版が無料で入手できます(リンクはそれぞれ別々に貼り付けます)。
 さて、トップバッターは、フランス人実業家エミール・ギメです。パリにある現在のフランス国立ギメ東洋美術館の基となったギメ宗教博物館の創設者です。『明治日本散策 東洋・日光』(原書のタイトルの直訳は『日本散策 東京―日光』)は、ギメの文章に、旅行に同行した画家フェリックス・レガメ(二番バッターです)の挿画140点を添えて1880年にパリで出版されました。原著は、その二年前に出版された『日本散策』の続編で、題名からわかるように、東京と日光の旅行記です。本訳書(平成最後の月であるこの四月に刊行)には、ギメ美術館で司書、館長顧問として長年勤務され、ギメ研究の第一人者である尾本圭子さんの詳細な解説が付いていて、ギメの生涯と仕事と芸術に対する愛について知ることができます。文献表も邦文・欧文ともに行き届いていて、さらにギメについて知りたい人たちにとってよきガイドにもなっています。
 訳者は、美術史家・翻訳家である岡村嘉子さんです。訳は、尾本さんの校閲も経ており、原文の軽快でユーモアに富んでリズミカルな調子をよく伝えるとても良い訳です。レガメの繊細な描画がすべて再現されているのも嬉しいことです。私が持っているのは電子書籍版ですが、紙に印刷された描画の質感は望むべくもありませんが、文庫版の小さな挿画を拡大して細部までよく見ることができるという利点があります。
 どんな調子で書かれているか見てみましょう。「芝」と題された一節から一部引用します。

 さきほど遠方からごく小さく見えた、火伏せの神を祀る愛宕神社は、山の急な斜面にどこまでも続く、長い階段の上にあった。
 この地の人々は、日本の馬ならこのような急な段でも踏み外さずに下りられると断言する。私は日本の馬に賛辞を贈らずにはいられない。
 ところで日本の女性は、馬と同様の能力には恵まれていないようである。というのも、この階段よりもずっと緩やかで狭い階段が薄暗い雑木林を通る道にあるのだが、その名を女坂と呼ばれているからである。
 高台からの町や海の眺めに見惚れていると、魅力的な娘たち―その一人はマリー=アントワネットの横顔をしている―がお茶はいかが、と声をかけてきた。

 原文をお読みになりたい方は、こちらからどうぞ。マリー=アントワネットの横顔をしている女性のレガメによるポートレイトもご覧になれますよ。