天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

ノーベル賞を政治家にやるのは疑問

2016-10-08 05:31:19 | 政治


ノルウェーのノーベル賞委員会は7日、ノーベル平和賞をサントス大統領に授与すると発表した。
コロンビア内戦に尽力したとの理由である。
しかしコロンビア政府が戦っている相手のコロンビア革命軍との停戦合意が成立していないし、革命軍最高司令官ロンドニュ氏は受賞対象としなかった。
そうとう一方的な見方である。

ノーベル平和賞はずっと政治的であった。
平和、戦争という概念をどう理解するかというところかして千差万別であり、今回のノーベル賞委員会の見方はサントス大統領サイドを善玉とし、これに反抗するコロンビア革命軍を悪玉としたのである。
けれどノーベル賞委員会はどこまでコロンビアという国の内情を知っているのであろうか。
007のような諜報員を同国の主要箇所に300名ほど派遣して内戦や民意などを克明に調べ上げているのだろうか。
そうでなくて有名な通信社からのニュースなどでコロンビアの政情を知ったつもりであったら何がほんとうのことかわからないだろう。

およそ戦争や内戦といった騒擾にかかわる勢力はみな言い分を持つ。
その言い分のどちらが正しくてどちらが間違いであるということを第3国の人が判定できるのであろうか。
いま問題となっているシリア内戦。
日本人の多くがアメリカ寄りゆえアサド大統領とそれを支持するロシアが悪いという印象の報道が目立つが実状はわからない。

最近ノーベル賞を受賞したオバマアメリカ大統領。
「核兵器のない世界をめざす」と宣言したことがその理由であったが、彼の受賞にも疑問である。
その宣言の結果、核兵器は減っているのか。
アメリカが核兵器の先制使用をやめるということを表明することさえ撤回しているではないのか。ぼくはこの宣言を撤回したことに賛成。撤回しなかったことで北朝鮮への抑止力が保たれたと思うし日本の平和に恩恵をこうむると考える。
平和は理想論やきれいごとでは手に入らないし、どこかの地域の平和は他地域の平和でないこともあり得る。

政治の舞台では美しく見える勢力がいつも正しいとは限らない。勝てば官軍で情報も歴史もすべてを支配することができる。
報道も真実を伝えているわけではない。

政治家はそもそも国を安堵することが仕事なのである。
警察官が犯罪者を逮捕するのと一緒である。そういう政治家に平和にしたからという賞を出さなくてもいいのではないか。
敵対する方々の立場をそうそう考慮することのない平和賞が逆に騒乱のもとになるかもしれないのである。
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