池澤夏樹『氷山の南』(2012/文藝春秋)は、南極の氷山をラッピングしてタグボートでオーストラリアへ曳航するのがテーマである。
1億トンの氷山。船のように細長く長さ1キロ水深500mもあるようなものを包むシートを考えただけで途方もなくイメージが広がる。これはカーボン・ナノチューブを密に織り込んだ継ぎ目も縫い目もないものを使われる。
目的地の岸に着いたらシートの中に溶けている水を汲みあげて灌漑用水にする。
壮大な計画である。
アイヌの血を引くカイザワ・ジン18歳は、氷山曳航の調べをするため南極海へ出発するシンディバード号に密航。
見つかって料理人としてまた船内新聞の記者としてはたらく。
彼を中心に親友となるアボリジニの絵描ジンら多彩な人間たちとの交流が描かれる。
多彩の中に「アイシスト」がいる。
直訳すると氷崇拝主義者であるが氷を象徴として自然を大切にしようとするグループで、この氷山運搬計画に反対している。
彼らをして著者は行きすぎた進歩史観ないし過剰な資本主義による貨幣の暴走等に異を唱える。人間の欲望を抑えて小さな生活で満足して生きていけばいいという考えの集団でありここに池澤の主張が垣間見える。
池澤がアイヌ、アボリジニといった原住民に光を当てるのもその一端であろう。
曳航する氷山はアイシストたちの見えぬ攻撃を受けるがそれはシーシェパードのように暴力的ではない。計画は七分失敗、三部成功のようにまとめるのも温厚、篤実。
池澤夏樹は反対するにしても声を荒げない作家である。それはアイヌを扱った『静かな大地』でも見られる。
静かに書くことで氷山の水面下の容量を想像させるように深く訴えてくる。