天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

美女を見る眼福のオリンピック

2021-07-31 04:58:19 | スポーツ

銀メダルの劉霊玲(りゅう・れいれい)


きのう発熱した孫をさすりながらテレビをつけるとオリンピックのトランポリン女子をやっていた。予選の中盤あたりからその競技をはじめて見たがテンポのよさが気に入った。
演技時間が20秒と短いこと、各人の演技と演技の間合も短いこと。よって予選が簡単に終わりすぐ決勝が始まるはやさもいい。
さらに目を引いたのは予選1位2位通過の中国選手が美女であったこと。特に予選1位の劉霊玲(りゅう・れいれい)を見て、ボンドガールになれると思った。007等のスパイものアクション映画が欲しがる冷たい美貌。ハイウッドからオファーが来るのではと思った。
予選2位で金メダルをとった朱雪瑩(しゅ・せつえい)は劉霊玲ほどシャープな美貌ではなくて親近感があるタイプ。中国美人のよいコンビであった。




競技で凄いと思ったのは10回跳んで11回目で跳ねるのを簡単に止めること。ぶらんこを大きく振った場合それをすぐに止めらない。しだいに振れが小さくなるのを待つ時間が必要なのに選手たちはあっさり跳躍を止めることができる。
それとネットから飛び出す選手が多くそれが最大の失敗になるのは理解できた。メダルが期待された日本のエース・森ひかるはバランスを崩し、ネットの外へ跳び出して予選落ち。
ほかにも何人か同様の失敗をした。その失敗の率は競艇で舟が転覆するより高い。メダルをとるような選手は跳躍しながら中央に降りるように軌道修正をこまかくしている。

これだけ新型コロナウイルスの感染が拡大するのが予想されてもオリンピックを開催する背景にオリンピックが商品を認知する絶好の機会であるからだろう。
一流選手が身につける物、手に持つ物などすべて大きな宣伝になるし、選手そのものも賞品としての宣伝機会になる。
銀メダリストの劉霊玲はもしかしたらこれが契機でハイウッドは行くかもしれない。それほどの珠なのだ。「女子アスリートを性的対象と見るな」という意見があるがそれは無理というもの。美女は女優にならないまでも見られる機会があることでその後の人生が大きく変わる、ひらかれる。容貌、姿態に関してだけでなく、オリンピックが世界最大の認知契機であることを痛感した。



金メダルの朱雪瑩(しゅ・せつえい)
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さよなら鳩ぽっぽ

2021-07-29 05:23:19 | 身辺雑記



谷保天満宮通いをやめることにした。結が二三日前からときに咳をするのが気になった。もしかしてそれは鳩が原因していないかと思った。妻はずっとオウム病など鳥からの感染症を心配していたとのこと。6月9日はじめて結とぼくを谷保天満宮に連れて行ったのは妻の車ゆえ強く反対できなかったようだ。
きのうあるご婦人が多量の餌を撒いてたくさんの鳩が羽をふるう中に結もいた。それを見ていてやばいのではと思った。

新型コロナウイルスといいあらゆる病原菌が人体を狙っている。人から人への感染は厄介だが動物から人への感染も厄介。
2歳児を遊ばせる、走らせるのに鳩ぽっぽは最高の存在であった。10分を夢中にさせてくれた。ユーチューブで鳩ぽっぽの歌も聞いた。その鳩との付き合いをやめるのは痛手だが喘息にさせるわけにもいかない。

この暑い夏、どうやって結を遊ばせるか。むつかしい問題を抱えた。自転車に乗りたがる子をどこへ連れて行ってどう遊ぶか。生きるのは簡単ではない。
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黒人選手で主張するフランス

2021-07-28 05:05:55 | 世相

女子63キロ級で金メダルを獲ったクラリス・アグベニェヌ(右)

オリンピックを見ていて人種問題を強く意識する。
女子63キロ級で世界選手権4連覇中のクラリス・アグベニェヌが金メダルを獲った。どこの国の人かと思いフランスとわかると、フランスって黒人の国だったけ、と思う。黒人と書いても差別の烙印を押されそうだが肌の黒い選手がフランスに多い。今大会だけでなくサッカーのワールドカップでもそう感じた。黒人の多いフランスはぼくの中で大きなしゃぼん玉が歪むように感じる。正直言って、黒い肌の選手を見ていてフランスという気がしないのである。差別であり偏見であるがいかんともしがたい。
フランスのアフリカ系の移民は19%程度とか。出生率の低下から移民に労働力を求めた結果である。従来のネイティヴのフランス人が国を乗っ取られるという意識はあったもののどうにかバランスをとっているという指摘もある。

移民といえば、今大会でウガンダの重量挙げの選手が日本での就職を求めて失踪するという事件が起きた。発見されてウガンダ大使館(東京都渋谷区)に引き渡されて帰国した。関係者によると、難民認定を求めていたという。
難民を支援する全国難民弁護団連絡会議は27日、東京五輪・パラリンピックで来日した選手や関係者が難民申請の意向を示した場合、申請の機会を保障するよう求める申入書を大会組織委員会などに出したという。ウガンダの選手について、帰国後の処遇を調査するようにも求めたらしい。帰国したウガンダの選手がどういう処遇を受けるか憂慮しての訴えであるが、日本政府が難民受け入れ、ないし移民に積極的とは思わない。
ウガンダの選手は日本で就労させてやればいいのにと親切心が起きたものの、難民や移民が続々と日本へ来たらかなわないなあとも思う。日本政府の難民・移民への冷淡さを背後のわれわれの心情が支えている。

日本は日本人の国であって欲しいという心理が、フランスの黒人を見てフランスは黒人の国であったっけ、という見方に通じている。
口では平等とか人道主義とか言うがそれを実現させるのは至難である。

わが家にもマカオから息子の嫁が来ている。一応日本語を話すが日本人と異なり意思の疎通しないケースは多々ある。ぼくや妻が子どもの面倒をみるようになったのもその一環と見ていい。難民ではなく家族の一員であるが人間関係を構築し育てていくのはたいへんである。
マカオの人は姿形が日本人とそう変わらないので黒い肌の人より違和感はない。よって孫も外見を見て混血だとは思わないからその種の差別は少ないだろうがないとは言えない。

フランスの黒人選手を大勢見てこの国は移民、難民に寛大な国で立派だと思う。そういう点でフランスはオリンピックで強い主張をしているように思う。




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堀米選手は牛若丸

2021-07-27 05:55:24 | スポーツ

写真:日刊スポーツ

オリンピックにはまっている知人の話題についていくためテレビをつけて驚いた。複数の局が放映していて何を見ていいかわからないほどにぎやか。オリンピック開催には批判的であったがやっていればおもしろい。
「スケートボードの男子ストリート」は東京オリンピックの新競技とか。その金メダルをとった堀米雄斗選手(22)に注目した。
ルックスの優しいおとなしそうな印象の青年。かつての学校の先生が「どこにいるかわからないような子だった」と言うのを聞いてなるほどと思った。22歳なら勝って感激をあらわにするのが通例だが彼は飄々としている。トリックとかいう起死回生の大技を決めたときも小さく拳を握って微笑したくらいで大見得を切らない。技で表現して表情や態度で表現しない奥ゆかしさに年寄は好感を持ってしまった。
聞くところによれば、高校を出てすぐアメリカに一人で行ってスケボーの修行をし、世界最高峰ツアーの「ストリートリーグ」では、2018年に日本人初優勝。今ロサンゼルスに豪邸を持つほどのトッププロという。
アメリカ的でない控え目な伝統美を持った日本の青年がアメリカンドリームを実現したということ。日本よりアメリカで評価が高いであろう青年が日本へ凱旋帰国したことに目がくらむ思いである。



スケボーは手摺文化、あるいは欄干文化だと思う。
絵が伝える牛若丸には現実と虚構がないまぜになっているだろうが手摺や欄干を自由自在に飛びまわる牛若丸と堀米選手がダブった。

技の創造性が加点の対象となるのは未来があるし、スケボーのための構造物の開発も都市文化を発展させるだろう。幼児が遊ぶそばにスケボーをやる少年がいる光景に未来を感じる。そう思わせるのも堀米くんの立ち姿のよさにあると思う。




スケボーはまさに若者文化である。スケートボード・ストリート女子で西矢椛(中央)が金メダルに輝いた。13歳10カ月26日でのそれは岩崎恭子の日本最年少記録を塗り替えた。右は3位の中山楓奈。(写真:サンケイスポーツ)


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鷹8月号小川軽舟を読む

2021-07-26 05:25:13 | 俳句

落し文


小川軽舟鷹主宰が鷹8月号に「鈴生り」と題して発表した12句、これを天地わたると山野月読が意見交換する。天地が●、山野が○。

新茶いま目覚めし色に注がれけり
○目の覚めるような色といった直喩表現は一般的ですが、「目覚めし色」というのは造語ですよね。これによって、上記のような直喩表現が単に色の鮮やかさのみを示すのに対して、この句では、注がれる「新茶」の鮮やかな色だけではなく、それが朝の一杯、目覚めのお茶であることも窺わせ、そういう意味でこの造語は句中で合理的・経済的に機能して成功していると思います。
●「合理的・経済的に機能して成功」……こういう評言はじめて。ふるっています。同感です、表現も句の内容も。

アカシアの花おほつぶの翅音出づ
○「アカシアの花」から大きな「翅音」をたてながら、きっと蜜蜂が飛び立ったのでしょうね。「翅音」を「おほつぶ」と視覚的、それも粒子的に捉えて面白いです。
●「翅音」ゆえ昆虫を思い、さらに蜜蜂と読むのが妥当ですね。本来、物の形容である「おほつぶ」を音感に転じたのがこの作者特有の<感覚のクロスオーバー>なのです。「蘆原にいま見ゆるものすべて音 軽舟」で視覚と聴覚をクロスオーバーさせたのがおそらく原点で、以後、この作家はこれを武器としてしばしば繰り出します。
○「おほつぶ」は、「翅音」の大きさであるとともに、その発生源である昆虫の形状・大きさとしても機能させてますよね。こちらも経済的です。

蕺草を引けば地下茎地を割りぬ
●蕺草は「どくだみ」と読みます。知らなくて調べました。「地下茎地を割りぬ」は作者がやってみて得た言葉なのでしょうね。
○状況は、それが「蕺草」ではないにせよ、誰しも経験したことのありそうなことで景として目に浮かびます。確かにドクダミは根が広がってるなあと思い出しました。
●はい、この表現こそ一級の写生です。

ささゆりや耳を貸してと女の子
●おませな女の子でしょう。「ささゆり」の音感が「ささやき」と似ていて効果が出ました。
○「ささゆり」と「ささやき」の音感的連想には気づきませんでした。取り合わせの句としてではなく、「女の子」が「ささゆり」に顔を近付け覗き込んでいる様として読んだのですが、句の現場では音感よりも「ささゆり」を「耳」と見立てた形状的連想ではないですかね。
おませな女の子という読みは、「耳を貸して」は句中の「女の子」の発話であるという捉えですが、作者の心象という可能性はないですか。
●作者の心象じゃないでしょう。それは深入りしすぎじゃないかな。
○そうですね。「女の子」の発話である方が断然いい句だと思います。

人馬見ぬ山道深し落し文
○「落し文」は、昆虫の方ではなく、その創造物の方で、それが落ちていたのでしょう。そう仮定すると、人の往来のなさそうなこんな「山道」だというのに的な詠嘆を感じさせ、なんとも古典的な味わいです。
●「人を見ぬ」というのが通常ですが馬を加えて「山道深し」の情趣を濃くしています。このへんの芸が濃やかなのです。


展開図いちまいの葉に落し文
○前句で解説していただいたように「落し文」は昆虫なのですが、その造形物そのものも「落し文」として扱われるとともに俳句ではそのケースの方が多いように思うのですが、この句での「落し文」は昆虫の方ですよね。
●いやあ、巻かれた葉っぱでしょう。「展開図」は一級建築士みたいな乗りで凝ったのではないですか。
○巻かれた葉っぱだとすると、「いちまいの葉に」ですから「葉」の上に葉っぱがある状況ですか。「いちまいの葉の」であれば、「落し文」の素材としての「いちまいの葉」だと思いますが。ここでの「落し文」は昆虫で、「いちまいの葉」を前にこれからまさに造形物としての「落し文」の製作にとりかかろうとしているという意味での「展開図」じゃないでしょうか。
●ああ、そういうことか成虫ね。今ここにいない虫が製作したということね。反応が鈍くて申し訳ない。そういうことでしょう。

幌かけて引越の荷や皐月富士
○「幌かけて引越の荷」はよく見かける光景ですが、「皐月富士」を配して、希望・期待に満ちた転居を思わせます。
●季語は「青嵐」とか「雲の峰」でもいいのですが、「皐月富士」を持ってきて、へえーっと思わせてくれました。季語の斬新さに拍手です。

蝸牛照りつけし日に肉躙る
●「躙(にじ)る」なる動詞の発見がこの句のすべてといっていいでしょう。じりじりと動くという意味ですが、こういう音感が中身を盛り立てる言葉を見ると日本語っていいなあと思います。
○にじり寄るといった複合動詞としてしか使ったことのない言葉です。「蝸牛」の動きの微細さと「照りつけし日」に対して、これ以上の表現はないのではないかと思わせる「躙る」ですね。
●そう、にじり寄るという形では知っている「躙る」をこうして使ったのが凄いです。言葉の原点に立ち返る。それは写生の要諦であり見習いたいところです。

梅雨前線雷鈴生りに北上す
○「鈴生り」というのは天気図の前線記号からの着想ではないですかね。「梅雨前線」の後の「雷」がよくわからないのですが、これは「梅雨前線」と並置関係ですか。また、音数的には「らい」と読むのかも知れませんが、「かみなり」「すずなり」の脚韻も気になります。
●「らい」ですね。「雷鈴生り」は巧いです。「生り」は「鳴り」、作者の濃やかな計算が見てとれます。
○そうか、「鈴生り」が「鈴鳴り」なのかあ。「雷」の続く様としてだけでなく、音的にも効かせているんですね。

シャンデリア落ちし廃墟に梅雨の漏り
○豪華な「廃墟」ですが、廃墟なら「漏り」もあるだろうな、と。いわゆる「廃墟」って鉄筋をイメージしてしまうのですが、これは木造で、どちらかというと廃屋のイメージなのかな。
●洋風家屋と見ました。シャンデリアですから。とにかく落ちたシャンデリアに雨が漏っているとうのは絵になります。はかなくも豪華で。
○景はよく見えるのですが、他の句に比べるとやや劣る気がします。
●いやあ、奇抜でいいですよ。

ナンプラー匂ふ厨や梅雨の闇
●ナンプラーはタイの魚醤とか。ぼくはナンプラー知らないのですが魚醤といえばうっとくる匂いでしょうね。
○ナンプラーはスーバーでも売ってますし、割りに普通に使われているのかと。ナンプラーとかパクチーとか、何となく夏っぽい素材ですね。「ナンプラー匂ふ廚」に「梅雨の闇」とされると、そこにタイのイメージが重なり、熱帯雨林とか喧騒とかを思いました。
●熱帯雨林に梅雨はないので行き過ぎでしょうがその気分はわかります。日本はもはや熱帯といっていい暑さですから。

ちやぶ台に膝浅く入れ李食ふ
○「膝浅く入れ」という把握が抜群ですね、「ちやぶ台」に対して。飯食うのではなく、「李食ふ」のもいいなあ、ちょっと仙人めいて(笑)。
●この作者が軽く作ったときの巧さです。説明しにくいのですが「李食ふ」のよさです。
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