遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『特等添乗員αの難事件 Ⅴ』  松岡圭祐  角川文庫

2014-12-09 09:31:04 | レビュー
 この特等添乗員αシリーズのおもしろいところは、主人公の浅倉絢奈と壱条那沖の二人の関係がわりと軽快に急テンポで深まり、どんどん進展していくという展開を背景にしている局面である。万能鑑定士Qシリーズの姉妹編としてスタートしたこの特等添乗員シリーズは、この局面でもQシリーズとは対照的であって興味深い。Qシリーズは凜田莉子と小笠原悠斗の二人の関係が付かず離れずのようなまどろっこしさを感じさせるくらいの緩慢さで徐々に互いの思いが深まっていくという背景だったから。

 今回の背景では、絢奈と那沖の関係がかなり進行する。二人で武蔵小杉の割安な高層マンションの物件を見に出かけ、絢奈が様々な事件・事象と関わらざるを得ないなかで、二人が時間の折り合いをつけ、物件購入の手続きを済ませ、まずは新居開設するという展開を見せるのだ。副次的に描かれていくこのプロセスにあの能登廈人の所見と行動がが絡んでいくのだから、面白さが加味される。この脇道の進展テンポの速さが楽しいといえる。
 さて、この難事件Ⅴの本筋に入ろう。ここにはマクロでとらえると2つの筋があり、それが最後に結びつく局面展開となる。どう関わるかが一つの読みどころであり、それがハッピーエンドに繋がって行く。勿論、本シリーズの特徴として、それぞれの太い筋は、小さな事件だけどちょっと難儀な事件の連なりを絢奈がラテラル・シンキングを発揮して次々に解決していくという累積で構成されている。その積み重ねが一点に収斂していくということになる。
 メインの一つの流れは、絢奈と那沖が武蔵小杉の物件下見に行った折に、南部線の線路沿いの月極駐車場の傍に居る時に、自転車の荷台に買い物袋を載せた主婦らしき女性から、絢奈たちに、この駐車浄で高級車ばかり狙ったクルマ泥棒がでているということを告げられ、契約をしない方が良いと忠告されたことから始まる。那沖が絢奈を連れて最寄りの中丸子交番を訪ね、事件の状況を尋ねたことが発端となるのだ。
 交番の巡査から連続して発生している事件の状況を聞いた絢奈は、”閃きの小悪魔”ぶりを即座に発揮する。翌日の日曜日の朝午前五時には那沖の協力を得て、絢奈は難なく泥棒を捕まえてしまう。泥棒は粕野和幸という男だった。実はこの男、クルマの窃盗専門で業界に名を馳せた幹部だったのだ。話は、粕野が属する塚本組を介して、日本国内の有力な組どうしが手を結ぶ一大シンジケートに及んでいく。このシンジケートを取りまとめるのが62歳の鮫吹俊学。かれは鮫吹運輸という大会社の代表取締役兼、最高経営責任者であり、運輸業界の大物という表の顔を持つ。彼自身はヤクザの世界に染まったことがない人物なのだ。
 このシンジケートは、絢奈が関わったあのマカオでの獅闇牙会の久世高志逮捕により、大きな痛手を受けていたのだ。絢奈が粕野の逮捕でさらにこのシンジケートに関わりを深めてしまったのだ。ここで一つ大きな問題が出てくる。三十すぎの年齢で、遊び惚けている俊学の馬鹿息子・基成が浅倉絢奈に惚れたという。親馬鹿の俊学は、シンジケートの幹部に、基成と絢奈の出会い工作を命じる。俊学は基成と絢奈を結びつけ、絢奈を自分たちの側に取り込もうと発想したのだ。そのために、出会い工作作戦としての事件が絢奈の近辺で次々に発生して行くというストーリー展開となる。勿論、絢奈はラテラル・シンキングを駆使して次々に事件解決をしていく。そのプロセスで、ある真相に気づいていくというところ。

 もう一つの流れは、絢奈の所属する添乗員派遣会社クオンタムの職場で起こる問題事象である。絢奈が職場でまわりの添乗員から突然にシカトされ始めたのだ。絢奈が職場で孤立化させられていく。その扇動は浜宮絵梨子という優秀な添乗員がそれとなく仕掛けたのだ。それは絵梨子が絢奈に抱く敵愾心であり嫉妬心でもある。さらに絵梨子は絢奈を窮地に陥れる工作を進めて行く。あるきっかけで絢奈が絵梨子が元凶であることを知ると、反撃にでていくのだが、このプロセスがけっこうおもしろい。
 絵莉子が絢奈と同じようにラテラル・シンキングに秀でていることを絢奈が察知し、そのことを絵梨子に告げることから、二人の関係が大きく転換していくことになる。

 この二つの流れが何処でクロスし、その結果がどんな結末になるか? そこでの逆転劇が読ませどころであろう。鮫吹の本音がどこにあったのか? 絵梨子のラテラル・シンキングがどう働いたか? 最後の大団円を楽しみにして読み進めていただくとよい。

 最初の流れ、シンジケートの連中の文脈で次々に起こる小事件は、結構コミカルなものでありながら、解決の糸口を絢奈が語ると、なるほどそのなのかという納得度があって、ちょっとした意外性を感じるところがあって楽しい読みものになっている。
 クオンタムの職場の流れでの問題事象は、集団心理のダイナミズムが興味深いところである。

 本作品の末尾一歩手前が、「新居」という章。絢奈と那沖の関係は遂にここまで進展する。
 「部屋の契約、間に合ってよかったね」
 「ぎりぎりだったよ。でも新居が決まって、本当にうれしい」
 那沖はじっと絢奈を見つめてきた。
 「きょうからふたりきりだね」
 「ええ」絢奈はうなずいた。
というハッピーな場面でこの作品は終わらない。
 最終章は「死海」である。海外ツアーの添乗。絢奈は死海の畔で、またまたあっさりと事件を解決する。まるで、この作品のオマケでもあるかのように。
 本作品の締めの文は絢奈の弾む声での宣言だ。
 「出会った人を正しい行き先に導くのが、添乗員の仕事だもん。閃きんお小悪魔に引退なし」

 新居を構えたことで、このシリーズは終わらないようだ。特等添乗員α、この後の活躍が楽しみである。
 
 
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武蔵小杉  :ウィキペディア
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死海  :ウィキペディア


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特等添乗員αに関して、読み進めてきたものは次の作品です。
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