遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『利休 破調の悲劇』  杉本苑子  講談社文庫

2020-07-23 18:08:40 | レビュー
 1996年11月にオリジナル文庫として出版された。それを今、読んだ。なぜオリジナルなのかと言えば、1990年2月に『利休 破調の悲劇』が出版されていて、それに「老い木の花」と「家康と茶屋四郎次郎」「『綺麗さび』への道」という小論が加えられて文庫本化されたことによる。さらに文庫本には、大正14年から平成8年(1996:著者71歳)までの年譜が付されている。調べてみると、著者は2017年5月、91歳で逝去されていた。合掌。
 「利休 破調の悲劇」は文庫本で実質80ページの作品であり、これだけでは文庫本化できないということから、発表媒体の異なる3つの小論が加えられたそうだ。「あとがき」に著者自身が触れている。

 かなり古い出版だが、その内容は古くはなっていないと思う。千利休、海北友松、徳川家康、茶屋四郎次郎、小堀遠州という人物たちについて考える視点としてピカリと輝くものを感じさせ、新鮮な感じすら受けた。
 それぞれについての読後印象をご紹介したい。

<利休 破調の悲劇>
 「水を切る静かな艪音・・・・・。舳にうずくまり、夜の川面にじっと目をそそいでいた男が、」という記述で一行目の文が始まる。最初、短編小説のつもりで読み始めた。すると、最初のページの末尾に「小説風に描写すれば、このような光景になる」という文が記されている。一瞬、アレッ!という感じだった。実はこれは著者が利休の賜死事件の謎、なぜ利休は死を賜らなければならなかったのかについて論究し、著者の見解を発表した論評・歴史読物なのだ。
 利休が堺に蟄居を命ぜられ淀川を下るとき、細川与一郎忠興と古田織部が淀の船着き場で利休を見送ったという有名なエピソードがある。このことは、利休が細川家の重臣松井康之にあてた2月14日付の書状の中にその事実が帰されていると著者は明記している。私はこの書状のことをこの論評で初めて知った。
 堺の商人たちは、室町時代の勘合貿易で活躍した。当時、和寇まがいの日本商人を、明国沿岸の人々は「ニチキャントー」(日本強盗の意味)と呼んで恐れたという。著者は、利休の体内にもニチキャントーの血が脈打っていると言い、「剛毅、狡智。巧みに商機をつかみ、しかも相手の出方しだいでは、妥協屈従の姿勢もあえて辞さぬ柔軟性を併せ持つ」(p15)ところから押さえていく。そして、信長の下では下位の茶頭であった利休が、秀吉のもとで筆頭の茶頭になる経緯と背景を語る。著者自身が現存する待庵を訪れた感想を述べた上で、秀吉と利休の関係について「非常に洗練された現代人的な解釈」を持ち込むことの危険姓を指摘している。私はこの警鐘に新鮮味を感じた。
 乱世では殺人は生活そのものだった。だから武将は戦で血塗られた手を洗った後に茶の湯の場に身を置いた。茶室は密談の場でもあった。そんな環境を基盤に利休の茶の湯が存在し、その中で利休が独自の茶の湯の境地を確立して行くという状況を著者は冷徹に考察している。
 賜死の真相にアプローチするにあたり、当時の巷の噂、俗説及び石田三成らが公に処罰の理由に掲げた理由などを検討し、それらは真因とは言いがたいと論じていく。「『利休賜死』の真因解明には、死刑に処せられた側ではなく、処した裁き手の側を犯人だったと見る発想の逆転が求められるのだ」(p83)と断じている。そして、最後に著者の考える真相を総括として述べる。
 説得力のある考察と言える。その卓見は色褪せていないと思う。p87~88をお読みいただくと、著者の結論をまず知ることができる。

 次の個所をご紹介しておきたい。本書のタイトルの由来でもある。
「つまり利休の運命をいろどる栄光と挫折のドラマは、彼の人生の七分の一にすぎない六十代の最晩年、十年間に、凝縮されている。力の出し方でいうと大へん均衡を欠いた、アンバランスな配分の仕方である。異常だし、破調ともいえる。
 利休の悲劇は、彼自身の性格に根ざした内部的な破調に、彼を取りまく外部からの破綻が、相乗作用を起こした結果、引き起こされたもので、せんじつめれば『破調の悲劇』と評することができよう。」 (p30)

<老い木の花 ー海北友松について>
 著者の自宅から車で14,5分のところにMOA美術館があると記す。この美術館で鑑賞した岩佐又兵衛の画業と印象論から始め、海北友松の画業に移っていく。ここでは、「花卉図屏風」(妙心寺蔵)、建仁寺蔵で京都国立博物館に寄託されている「琴棋書画図」「雲竜図」を始め諸作品、「楼閣山水図屏風」(MOA美術館蔵)などの感想が織り込まれて行く。一方で、様々な文献を引用し海北友松の出生から始め彼のプロフィールを描き出す。海北友松とは何者なのかを裏付けのある範囲で描き出している。友松は「よき外護者に恵まれ、自適の安息のうちに天寿を終えた」「孤高の画境をひとり楽しみ、存在の証を絵に託して去った」(p117)と締めくくっている。
 友松の子孫が「海北家由緒記」に述べていることは、贔屓の引き倒しともいえる見当ちがいな肩入れだと批評しているところがおもしろい。

<家康と茶屋四郎次郎>
 「ケネディ王朝をめぐる神話のかずかずは、・・・」という全く方向違いの一文から始まっていく。そして、徳川時代の草創期にも、したたかな政商あるいは傑出した特殊技能の持ちぬしたちが登用され、統一政権の基礎作りに腕をふるったと言う。政商の一人となる茶屋四郎次郎と家康の関係が論じられていく。茶屋四郎次郎は、がんらいが京都の商人で、主な生業は呉服物の調達、納入である。朱印船による公益にも従事したという。

 余談だが、2017.7.22に 祇園祭後祭宵々山に山鉾町を巡っていたとき、この駒札が新町通錦小路上ルの百足屋町、通りの東側で目に止まった。瑞蓮寺に近いところだったと記憶する。南観音山(曳山)を運営する山鉾町である。
 元に戻る。この小論では茶屋四郎次郎の背景を語るとともに、本能寺の変の折、堺に居た家康が伊賀越えの敢行で、虎口脱して無事国許に帰れた裏に、茶屋四郎次郎の協力があったことを論じている。著者は、三代目四郎次郎について「商人ではあるけれどもむしろ彼らは、家康の側近勢力を代表する頭脳集団の、強力な一員であり、秘密警察でもあった」という側面も見つめていて興味深い。

<「綺麗さび」への道>
 この小論は、1996年1月・小堀遠州350年大遠諱記念講演稿に加筆されたため、ですます調の文体で記されている。やわらかいタッチの語りとなっている。
 小堀遠州の生い立ちとその後の武士としての経歴、併せて家族のことを初めに語りながら、遠州の多才さと茶の湯への関わりに話が展開していく。著者の視点は千利休が生きた信長・秀吉の戦国時代と、50年の時の隔たりを置いて遠州が古田織部を師として茶の湯の世界に入っていった以降の時代とのギャップをを見据えていく。戦争がなくなり徳川政権が確立され、天下泰平になっていく時代環境を基盤に生まれたのが遠州の茶の湯の世界だと言う。遠州の50年前は戦国時代の最中、遠州より50年後は爛熟華美な元禄時代だという点を著者は押さえている。そして語る。
 「遠州の茶の清楚、艶麗、清らかでいて上品な、華やぎを持つ趣き」(p150)は、前後50年の時代のずれがあれば相容れられず、「遠州の茶の全き開花も望めなかったのではないか」(p150)と。遠州の茶の湯は時代が生んだという側面があるということだろう。「小堀遠州という人は近世の茶道芸術を集大成した人でした」(p161)と結論づけている。 時代環境を背景とした茶の湯の世界の確立と変遷を著者は論じている。
 ならば、現代という時代環境を背景とした茶の湯の極致は何なのだろう。それは各流派の宗家の継承とどういう関係があるのか。興味を覚える。

 この論評集は考える材料として一読の価値がある。読み継がれていく一冊だと思う。

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連する事項をいくつかネット検索した。一覧にしておきたい。
千利休  :ウィキペディア
古田重然 :ウィキペディア
小堀政一 :ウィキペディア
海北友松 :ウィキペディア
開館120周年記念特別展覧会 海北友松  京都国立博物館 :「Art Age ndA」
桃山画壇と海北友松  :「京都国立博物館」
茶屋四郎次郎 :ウィキペディア
茶屋四郎次郎 :「コトバンク」
日本の歴史を変えたあの「豪商たち」の子孫はいま :「週刊現代」
武者小路千家 官休庵 公式ページ
茶の湯 こころと美  表千家ホームページ
裏千家今日庵 ホームページ
茶道 式正織部流(しきせいおりべりゅう) :「市川市」
茶道扶桑織部 扶桑庵  ホームページ
天下の茶人・古田織部が確立した茶の湯「織部流」 :「鳥影社」
遠州流茶道 綺麗さびの世界 遠州茶道宗家公式サイト
杉本苑子  :ウィキペディア
杉本苑子 NHK 人×物×禄 :「NHK」

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これまでに、茶の世界に関連した本を断続的に読み継いできています。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。

=== 小説 ===
『利休の闇』 加藤 廣  文藝春秋
『利休にたずねよ』 山本兼一 PHP文芸文庫
『天下人の茶』  伊東 潤  文藝春秋
『宗旦狐 茶湯にかかわる十二の短編』 澤田ふじ子  徳間書店
『古田織部』 土岐信吉 河出書房新社 
『幻にて候 古田織部』 黒部 享  講談社
『小堀遠州』 中尾實信  鳥影社
『孤蓬のひと』  葉室 麟  角川書店
『山月庵茶会記』  葉室 麟  講談社
『橘花抄』 葉室 麟  新潮社

=== エッセイなど ===
『茶人たちの日本文化史』  谷 晃   講談社現代新書
『利休の功罪』 木村宗慎[監修] ペン編集部[編] pen BOOKS 阪急コミュニケーションズ
『千利休101の謎』  川口素生  PHP文庫
『千利休 無言の前衛』  赤瀬川原平  岩波新書
『藤森照信の茶室学 日本の極小空間の謎』 藤森照信 六耀社
『利休の風景』  山本兼一  淡交社
『いちばんおいしい日本茶のいれかた』  柳本あかね  朝日新聞出版
『名碗を観る』 林屋晴三 小堀宗実 千宗屋  世界文化社
『売茶翁の生涯 The Life of Baisao』 ノーマン・ワデル 思文閣出版



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