シャンテ サラのたわ言・戯れ言・ウンチクつれづれ記

"独断と偏見" で世相・経済からコミックまで 読んで楽しい 面白い内容を目指します。 

美人だから話題になる2

2010年08月14日 | 歴史をひも解いて
スパイ事件について報じる7月2日付の英各紙。 中央のデーリー・テレグラフ紙の1面には、アンナ被告と元夫チャップマン氏の結婚当時の写真が掲載されている (ロイター)。 下段右は元米大統領補佐官フランシス F. タウンゼンド。
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英大衆紙の見出しが振るってます__私を愛したスパイ__有名な娯楽スパイ映画のタイトルですね。

さてさて、そんなボンド映画の中味はもうすっかり忘れてしまいました。 このロシア女は知能指数は高かったようですが、スパイとしては行動が恐ろしく低レベルで、簡単におとり捜査に引っかかってしまったようですね。

アンナ元被告らが送っていた情報は「テレビや PC で入手可能なもの」ばかりで、「何らかの機密情報を獲得し報告していた兆候はない」(米誌タイム) とあるくらいですから。
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「米露スパイ事件 解決の真相」(8月5日 ダイヤモンドオンライン) _ ※追加1へ

「海外事件簿 美しすぎるスパイの甘すぎた手口 」(7月10日 産経ニュース) _ ※追加2へ
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KGB 高官だった親が、英人男性と結婚したのをいいことに、娘のアンナをスパイの道に引きずり込んだのかも知れません。 すると、適切な訓練を欠いた状態で、スパイ活動を始めてしまったのかと、勝手に想像してしまいます。

スパイ従事者も国家公務員ですから、一匹狼で単独行動なんてあり得ません (A. ドロン映画ならあり得るのでしょうが)。 それをマネージする上司が予算を与え、評価するのでしょうから、そのマネージャーに元 KGB 高官だった人が何らかのさじ加減を与える立場にいたとしても不思議ではありません。

ですから、中にはサッパリ成績が上がらないスパイも大勢いるんでしょうねぇ。 それを交代させようとすると、「いや彼女は今 大物を何年計画で攻略するために動いているから、もう少し大目に見て欲しい」なんていう人がいたのではとも考えられます。

それにしても、こんなお粗末なスパイ事件の顛末など、あまり話題にはならないのでしょうが、やっぱり美人だったから話題になったんでしょうねぇ__と殆ど私の勝手な想像ばかりを書きました。

以上


※追加1_ 東西冷戦後最大! ハリウッド映画さながらの米露スパイ大事件はなぜ今さら起きたのか__。

去る6月末に米国内で10人のロシア人スパイが逮捕されたが、両国はその後すばやく行動し、事件の早期解決を図った。 

逮捕後わずか11日という異例の早さで米露政府がスパイ交換に合意したのはなぜか、この事件は冷戦時代のスパイ事件とどう違うのか、米国内では今でも多くの外国人スパイが活動しているというのは本当なのか。 

ワシントンの有名な国際法律事務所でパートナーを務め、CIA 長官の外部諮問委員会メンバーなども兼務するフランシス・タウンゼンド弁護士 (FT) に聞いた。

__FBI はロシア人スパイを10年以上にわたり追跡していたというが、なぜこのタイミングで逮捕したのか。 しかも容疑はスパイ罪ではなく、マネーロンダリング (資金洗浄) だった。
 
FT:この種の事件では FBI は通常、長い時間をかけて追跡調査を行う。 その理由は第一にスパイネットワークの規模や関与している人数などを把握するためだ。 多くの場合、1人か2人のスパイを長く監視していれば、それが分かってくる。
 
二つ目は彼らが米国内でどのような人物に接触するかを突き止めるためで、それによってどんな情報を入手しようとしているのかが分かってくる。

今回、10人のロシア人をマネーロンダリングで逮捕したのは、スパイ罪は特別の法令で有罪を立証するのが非常に難しいからであろう。 被告が国防機密情報などを入手しようとしたという確かな証拠がなければ有罪にはできない。
 
だから FBI はもっと簡単に容疑者を有罪にして国外退去処分にできそうな罪状を選んだのではないか。

__アンナ・チャップマンなど3人は米国内で実名を使っていたが、スパイとしては珍しいのではないか。
 
FT:それは状況による。 たしかに自分の身分を絶対に知られたくない ÅgディープカバーÅh のスパイなどは偽名を使うことが多く、偽のパスポートで外国を旅行したりする。
 
しかし、過去に情報機関で働いたことがまったくないような場合はあえて偽名を使う必要性もない。 誰も彼らを情報機関から送られたスパイとは疑わないだろうからだ。
 
アンナ・チャップマンの場合もまだ若く (28歳)、情報機関で働いた経験はなかった。 彼女はある面でその経験の少なさを逆手にとって、米国内で活動していたといえる。

__米露政府はなぜスパイ交換に異例の早さで同意したのか。
 
FT:解決のスピードは事件の内容とは無関係である。 スパイ事件が起きた場合、関係国が最も重視するのは政治的・戦略的な二国間関係である。 世界の殆どの国はスパイ活動をしており、どの国もそのことを認識しているはずだ。

今回はロシアのスパイが逮捕されたが、米国のスパイもロシアや他の国でいつ逮捕されるかわからない。 どの国にとっても自国のスパイが外国で逮捕された場合、彼らを釈放して本国へ送還してもらうのは大変だ。
 
今回の派手な逮捕劇はカナダで主要20カ国地域 (G20) 首脳会議が行われていた最中という、非常に悪いタイミングで起こった。 そこで米露両政府はすばやく行動し、米国内で逮捕されたロシア人10人とロシアで服役中の軍事専門家ら4人をスパイ交換することに同意した。

早く解決した方が両国の関係悪化を回避でき、政治的・外交的にプラスになると判断したからであろう。 特に米国はロシアの協力がないと解決できない重要課題をいくつも抱えている事情がある。

__でも冷戦時代だったら、こんなに早く解決できなかったのではないか。
 
FT:その通りだ。 冷戦中、米国と旧ソ連は多くの政治的問題で対立していた。 でも今は、両国は多くの分野で協力関係にあるため、スパイ事件を早く片づけて重要課題の解決に集中したいと考えたのであろう。 両国にとってスパイ事件の優先順位は冷戦時代の時ほど高くないのである。

__各国のスパイ活動は冷戦時代とどう変わったか。
 
FT:冷戦が終わって世界中の人々は、各国が外国でのスパイ活動を止めると思ったかもしれない。 でも、そうではなかった。 ロシアのスパイは相変わらず米国内で積極的に活動しており、米国のスパイもロシア国内で活動している。

__ロシアは米国内でどのような分野の情報収集をしているのか。
 
FT:政治経済から外交軍事関連まで、米露関係に影響を及ぶすあらゆる情報に関心を持っていると思う。 特に両国間で交渉中の案件については優先度が高く、米国側がどんな主張をし、どんな立場をとるのかなどを探ろうとするだろう。 あるいは特定の連邦議員や政府閣僚などの政治的・個人的情報を収集するケースもあるかもしれない。

__ロシア人スパイはどんな手段で情報を得ようとするのか。
 
FT:私自身ロシアの情報機関で働いた経験がないので、はっきりしたことは分からない。 でも、人との接触から盗聴など様々な手段を使っているのではないか。

__ロシア国内の米国人スパイはどんな情報を収集しているのか。
 
FT:米国の国家安全保障関連の仕事をこれからも続けたいと思っているので、それについてのコメントは差し控えたい。

__英国、フランス、イスラエルなどの同盟国も米国内でスパイ活動をしているのか。

FT:情報収集能力や活動の規模などは各国で差があるだろうが、殆どの同盟国は米国内でスパイ活動をしていると思う。
 
自国の利益を守り、かつ他国の脅威から国を守るための情報を収集して政策決定者に提供するのは国家として当然のことであり、どの国もそれは認識しているだろう。

__米国内の外国人スパイはどんな身分で活動しているのか。
 
FT:大使館・領事館の外交官を装ったり、企業のビジネスマンだったり、NPO 団体のスタッフだったり、一般市民だったりとあらゆる身分を利用しており、特定のモデルはないように思う。 実際、ロシア人スパイのなかには普通の主婦も含まれていた。

__米国で外国人スパイに対する防諜対策をしているのはどの機関か。 
 
FT:日常的なスパイ活動の防諜対策で中心的な役割を果たしているのは FBI である。 他にその FBI や CIA、国土安全保障省などによって共同設立された国家防諜センター (NACIC) が防諜対策の戦略面などを担当している。
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※追加2へ_ 米国で摘発されたロシアのスパイグループが国外退去となった事件で、「美しすぎる女スパイ」として一躍、有名になったアンナ・チャップマン元被告 (28) の人物像や経歴が徐々に明らかになってきた。 

英国で「一目惚れ」した男性と結婚したものの、結婚生活は約4年で破綻。 その間に「ロシアの友人たち」との付き合いを深め、質素だった暮らしは華美なものへと一変していた。 逮捕前には元夫へ、スパイ生活を悔いるかのようなメールを送っていたことも判明。 アンナ元被告がどのようにしてスパイの道を歩み始めたのか、欧米メディアの関心は高まる一方だ。

■「一目惚れ」■
01年9月、ロンドン。 テムズ川沿いのドックランズ地区の地下にあるディスコで、白いドレスを着た赤毛の女性が踊っていた。 夏休みを利用して旅行に来ていた19歳の女子学生。 名前をアンナ・クシュチェンコといった。
 
「こんな美人は見たことがない」。 当時21歳のアレックス・チャップマン氏は、意を決して言葉をかけた。「すみません、あなたほどすてきな人に出会ったことがありません」。 振り向いた女性は「まあ、あなたこそ」と笑顔を見せた。
 
チャップマン氏が英紙デーリー・テレグラフなどに語った、将来の妻との出会いだ。 意気投合した2人は朝まで語り合った。 2日後、女性は涙を流しながら、当時住んでいたモスクワに帰っていった。 チャップマン氏はこの「一目惚れの恋」を運命だと信じた。

ほどなくしてモスクワを訪ねたチャップマン氏はすぐにプロポーズし、2人は02年3月に結婚。 アンナ・クシュチェンコは「アンナ・チャップマン」となった。 新婦は、在学していた大学院での勉強を続けるためしばらくはロンドンとモスクワを行き来する暮らしが続いたが、04年には首席で経済学の修士号を取得、その後、生活の拠点を本格的にロンドンに移した。

■ 「KGBの父親」■
アンナ元被告は1982年、ロシア南部の工業都市、ボルゴグラード (旧スターリングラード) で、外交官の父と数学教師の母との間に生まれた。 幼少時は背骨が湾曲する病気に苦しめられ、父が在外公館勤務をする間は故郷で祖母と暮らしたという。 知能指数 (iQ) 162。 地元の学校では才女として高い評価を受けていた。
 
そんなアンナ元被告の人格形成に大きな影響を与えたとみられるのが、父、ワシリー・クシュチェンコ氏だ。

「誰のことも信用しない怖い人」

チャップマン氏は結婚後、義父に会ったときの印象をこう述べている。 アンナ元被告からは、「父は (旧ソ連対外情報機関の) 国家保安委員会 (KGB) 高官だった」と説明を受けたという。 事実ならば、ワシリー氏は冷戦時代、外交官の身分を隠れみのにしてスパイ活動や西側諸国への工作などに従事していた可能性が高い。
 
若い娘夫婦のために、当時勤務していたジンバブエへの新婚旅行をプレゼントしたのもワシリー氏だった。 その一方で、チャップマン氏に対する態度は尊大で、常にボディーガ
ードと行動するなど警戒心を解かない人物でもあった。 チャップマン氏は、この厳格な父が「アンナの人生のすべてをコントロールしていた」と指摘、アンナ元被告をスパイに道へ引き込んだのではないかとの見方を示唆している。

■ 変貌 ■
新婚旅行から帰ったアンナ元被告とチャップマン氏は02年、「慈善目的」で、在外ジンバブエ人が本国へ送金するのを支援する会社を設立している。 資金を提供したのはワシリー氏の友人で南アフリカ人の大富豪だった。
 
その一方で、アンナ元被告は航空機販売会社や金融機関で働いたものの、重要なポジションは与えられず、いずれも短期間で離職。 そして、夫に「ヘッジファンドに転職した」と説明していた05年、その生活に大きな変化があらわれる。

「ロシアの友人たちに会う」と頻繁に外出するようになり、「非常に秘密主義になった」(チャップマン氏)。 映画のプレミア試写会などに出入りして上流階級とのコネ作りに励み、自分が有力者と会うことをしきりに自慢するようになった。 それまでの「情熱的で思いやりのある女性」は、「傲慢でかんに障る」タイプへと変貌した。

夫婦関係にも転機が訪れた。 子供を欲しがる夫に対し、アンナ元被告が仕事を優先させるとしたことから、06年、2人は離婚。 その後はメールや電話で連絡を取り合う関係になった。

アンナ元被告は同年、ロンドンを引き払ってロシアに帰国。 当初は「ずっとここで暮らす」と話していたが、その後突然、米国行きに意欲をみせはじめたという。「彼女は米国嫌いだった。 テレビに米国人が出ていると発音をまねしてばかにしていたのに」。 ここでもチャップマン氏が知らない一面が顔をのぞかせている。

■ 当初から監視? ■
アンナ元被告がいつからスパイ活動を行っていたかははっきりしないが、チャップマン氏は「ロンドン時代に (ロシア当局者によって) 飼い慣らされ、訓練を受けたのではないか」と指摘。 離婚後のロシア帰国中に米国での任務を命じられた可能性は高い。
 
一方、米連邦捜査局 (FBI) が裁判所に提出した資料などによると、今回、摘発されたスパイグループは約10年前から当局の監視下にあった。 アンナ元被告は07年、インターネット関連の会社を設立してニューヨークに移住したが、こうした動きも当初から把握されていたとみられる。 今年1月と3月には、マンハッタンのカフェや本屋で PC のワイヤレス通信機能などを使い、KGB の後継機関である露対外情報局 (SVR) 関係者とデータのやりとりをしているのを捕捉されている。
 
そうとは知らないアンナ元被告。 ニューヨークでの生活は、ロンドン時代に輪をかけて豪華なものだった。 高級ブランドに身を包み、セレブの集まるパーティーで顔を売って回った。 米紙デーリー・ニューズによると、08年ごろには政界に太いパイプを持つ大物ビジネスマン (60) と接触、その後、交際に発展させていたという。
 
しかし、こうした活動を通じてアンナ元被告が得ていた情報はわずかだった。 米誌タイムは、アンナ元被告らが送っていた情報は「テレビや PC で入手可能なもの」ばかりで、「何らかの機密情報を獲得し報告していた兆候はない」と報じている。

■ おとり捜査 ■
逮捕前日の6月26日、露領事館の職員を装った FBI のおとり捜査官がアンナ元被告と接触、マンハッタンのカフェで落ち合った。 普段、自分を Åg運営Åh する職員とは別人と知りつつ姿をあらわしたアンナ元被告に、捜査官は、ある人物に偽造パスポートを渡すようにと架空の任務を与えた。
 
この際、アンナ元被告は捜査官に対し、「連絡用 PC の調子が悪い」と苦情を伝え、しかも、「修理してほしい」と、そのまま手渡してしまっている。
 
さらに、アンナ元被告はこの ÅgランデブーÅh の後、偽名で携帯電話用のプリペードカードなどを購入。 店側に提出した書類には「フェイク (偽物) ストリート99番地」という、あまりにも分かりやすいうその住所を記入していた。
 
FBI が捜査の過程で傍受した露本国からスパイグループへの指令には、こうあったという。
 
「君たちの教育や銀行口座、車、住居などはすべて、一つの目的のためにある。 それは、(米国の) 政策立案にかかわる集団を調査して関係を築き、(本国の) センターに情報を送ることだ」
 
グループはほかにも、核関連情報の入手とい
った任務も帯びていたとされるが、アンナ元被告は一体、どこまで本気だったのか。
 
ロンドン時代に覚えた贅沢を続けるための「危ないアルバイト」だったのではないか、との疑念さえ浮かぶ不用心さと詰めの甘さ。 今年3月には元夫のチャップマン氏にメールで、「あなたを愛し、失ったことでたくさん苦しんだ」などと伝え、"仕事" のために離婚を選んだことへの後悔をにじませた。
 
KGB 出身のプーチン露首相は、大統領時代から、ソ連崩壊に伴って弱体化した情報機関の強化を進めてきたとされるが、今回の事件でスパイの質の低下ぶりが改めて露呈した格好だ。「(ソ連時代の) スパイ・マスターたちの幽霊もどこかで、愛想を尽かして鼻息を荒くしている」(タイム誌) かもしれない。

以上

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