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揺れ続けるアイデンティティ/大英帝国という経験(井野瀬久美恵)

2007-05-20 23:54:29 | 読んだもの(書籍)
○井野瀬久美恵『大英帝国という経験』(興亡の世界史16) 講談社 2007.4

 本書の「あとがき」にいうとおり、最近「帝国」が大流行りである。超大国アメリカを語るキーワードとして。あるいは、戦前の日本の社会・文化・思潮を捉える枠組みとして。しかし、「帝国」と聞いて、その「本家」イギリスを思い出すことは、少なくとも私の場合、これまでほとんど無かった。

 ここで「帝国」とは、本国と植民地の連合体をいう。イギリスが北米に植民を開始したのは16世紀後半(エリザベス1世の時代)であるが、その後、順調に拡大を続けたわけではない。重要なターニング・ポイントは、アメリカの独立(1783年)だった。同じ英語を喋り、同じ文化、同じ「プロテスタント」の信仰を共有していたアメリカが反乱を起こし、しかも「仇敵」カトリック教国のフランスが、その味方についたことは、イギリス人に深い衝撃を与えた。

 「アメリカ喪失」という体験から、イギリスが学んだ教訓を、著者は以下のようにまとめている。第一にイギリス人としての共感を植民地に求めないこと。第二に本国の議会政治の枠組みに植民地を組み込まないこと。第三に、アメリカ喪失は、本国が植民地を抑圧した結果ではなく、その逆、植民地に勝手な統治を許してきた結果であったこと。

 そしてイギリスは、この教訓から、より巧妙で断固とした植民地統治の方法を編み出し、アジア、アフリカへ版図を拡大していく。他のヨーロッパ列強も、のちには日本も、この「第二次大英帝国」の統治方式を踏襲していくのだから、アメリカ独立戦争の意義は、皮肉なものである。

 後半では、イギリス人の社会・文化・生活の細部における「帝国」の経験を記述する。インドからもたらされた紅茶、万博と巨大睡蓮(オオオニバス=ヴィクトリア・レギア)、西アフリカ産のパーム油を原料とする石鹸、トマス・クック社が仕掛けたグローバル・ツーリズム。「女余り」の帝国から旅立つレディ・トラベラーたち。

 「大英帝国」といいう経験は、今日のイギリスに様々な難題を残している。1998年、港町ブリストルの”誇り”であった交易商人エドワード・コルストンの銅像に「奴隷商人」という落書きが発見され、市民に衝撃を与えた。翌年、ブリストルの博物館と美術館は、奴隷貿易の中で同市が果たした役割に焦点をあてた特別展を開催し、その後も「過去と向き合う試み」が続けられている。

 また、ジャマイカ出身のスチュアート・ホールを中心に、「イギリス再創造」プロジェクトが始まっているという。重要なのは、非白人、非ヨーロッパ人である旧植民地からの移民の経験や価値観を取り込んだかたちで、「イギリスらしさ」の再構築が模索されている点だ。ほんとに、そんなことが可能なんだろうか? あるいは、意外と長い歴史で見れば、文化の混合なんて、世界各地で幾度も起こってきたことなのかしら。


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