見もの・読みもの日記

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昭和の少年の面影/場末の文体論(小田嶋隆)

2013-06-02 19:54:00 | 読んだもの(書籍)
○小田嶋隆『場末の文体論』 日経BP社 2013.4

 日経ビジネスオンラインに連載中のコラム「小田嶋隆のア・ピース・オブ・警句~世間に転がる意味不明」から、2012年中に掲載された、比較的最近の記事を集めたもの。いま日経ビジネスオンラインを見にいったら、いちばん古い記事は2008年の日付があった。私は、もう少しあと、2009年の民主党「事業仕分け」の報道を探していくうちに、このコラムに行き当たり、何者とも知れない、著者の名前を覚えたことを思い出す。

 その後もウェブサイト上の無料コラムを、ときどき読んでいた。最近、著者のツイートを読む機会がたびたびあって(私がフォローしている人たちからリツイートされてくる)それが面白かったので、とうとう本人をフォローしてしまった。そして本書にたどりついたわけで、こういう「本」との出合い方は、私にとって、あまりなかった経験なので(今後は増えてくるかも)、ここに掲げておく。

 さて、本書の内容は、最近の時評ネタが中心となっているように見えて、本人が「はじめに」で述べているように「看板として掲げた話題は、その週の新聞見出しと同じものでも、その出来事を語る時制が、現在形ではなくて、過去形になっている」。たとえば、北杜夫、立川談志の訃報に接し、どくとるマンボウや談志を崇拝していた少年時代を物語る。その描写は、著者という個人の記憶を超え、一定の普遍的な共感を呼ぶものになっている。

 「頑張る」ことよりも「怠ける」「競争から降りる」ことに価値を見出し始めた中学生時代。あるいは「生意気」にあこがれた小学生時代。著者と一緒に談志ファンクラブを組織した友人が二人いたが、二人とも早世してしまった。三人の中では、比較的「普通寄り」だった著者だけが残った。「男の子が100人いれば、そのうち2人か3人は、どうやっても社会にうまく適応することができない。それは、システムとか、心構えとか、教育の問題ではない。言わば、社会的な歩留まりの問題で、どうしようもない話だ」というのは、本書の中で、いちばん私の胸に痛く突き刺さった「警句」である。なお、女子にもこういう不適応者はいるけれど、その出現率は男子よりかなり小さい気がする。

 あと、高等教育を受けなかった父親が、著者のために本だけは惜しみなく買ってくれたこと、勉強しろとは一度も言わなかったけれど、本を買い揃えることで「大学に進んでほしいと思っていることはいやでも伝わってきた」というエピソードも胸に落ちた。昭和の日本には、こういう家族の風景が普通だったのだ。

 そうして進んだ大学で、著者は、ほとんど何も学ぶことなく、何も成果を上げられなかった、という。でも「大学の魅力は、役に立たない生き方が許容されているところにある」。昭和のおじさんの戯言に、平成の若者は呆れるかしら。平成の政治家や産業界の人々は怒るだろうが、私は正論だと思う。

 「いま」を論じた時評記事では、大阪問題。橋下市長誕生の直後に書かれた記事らしい。「大阪でこれから起こることの一部始終を、私たちはよく見ておこうではないか」と結論する。かつて、ムッソリーニという英雄的リーダーに国家を委ねて懲りたイタリア国民が、このたび「愉快な遊び人」ベルルスコーニ首相を退場させ、地味な実務派のモンティ氏を後任に選んだことを引き合いに出しつつ。

 同じく橋下市長関連では、佐野眞一氏の記事をめぐる週刊朝日問題にも触れている。著者は、佐野氏と橋下市長のどちらが悪いか正しいかを論ずるのでなく、佐野氏の原稿が、出版社の校閲を通っていない可能性を問題視している。校閲は、誤字脱字はもちろん、前段と後段の論理矛盾や事実関係の間違いなどを洗い出し、雑誌のクオリティを支える役割をしていた。が、もはや「滅びつつある職種」である。「突き詰めて考えれば、このたびの事態の背景には、週刊誌というメディア自体の衰退が色濃く影響している」という指摘に、私は深く共感した。ネットの真似をして、移り気な空気に乗って、スピード重視で扇情的な記事を書きまくることが、週刊誌の生き残る道ではないと思うのだが、もう戻れないのかな…。

 最後に、津田大介氏との「東京都北区」対談を収録。これ、ニコニコ動画で実際に見ていて、大笑いした。東京人でないと「文京区」「足立区」「世田谷区」などに固有のカルチャー(イメージ)ギャップが、分からないかもしれないが。

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