アドラー心理学に基づく勇気づけの研修(外部研修も)とカウンセリング、コンサルティングを行っています。
アドラー心理学による勇気づけ一筋40年 「勇気の伝道師」   ヒューマン・ギルド岩井俊憲の公式ブログ



おはようございます。アドラー心理学に基づく勇気づけの研修(外部研修も)とカウンセリングを行う ヒューマン・ギルド の岩井俊憲です。

昨日(12月11日)は、久しぶりにヒューマン・ギルドに出勤しました。

1時間遅れ10:00の出勤でしたが、たっぷり仕事をしてきました。
もはやリハビリではありません。

15:00頃には、宇都宮の栃木県教育会館の大ホールで12月2日(土)13:00~16:00に行われた一般財団法人 栃木県連合教育会主催の「カウンセリング特別講座 2」

アドラー心理学と勇気づけ

のタイトルの研修に参加されていた教員のBさんからご質問のお電話をいただきました。

講座中に「ご質問やご相談がある方は、後日でも結構ですからヒューマン・ギルドにお電話をください」と言っていたからです。

ご質問の内容は不登校に関することだったので、このブログのSearch欄から「不登校に贈る応援歌」を検索していただくことをお勧めしました。

◆不登校児を支援するためにこのブログでは、「不登校に贈る応援歌」として10回連載しています。

2015年12月19日 不登校に贈る応援歌(1):踊り場が必要 
    12月22日 不登校に贈る応援歌(2):あの人も不登校だった!
         12月23日 不登校に贈る応援歌(3):私もプチ不登校だった!
         12月28日   不登校に贈る応援歌(4):そもそも不登校って?
 2016年1月 9日  不登校に贈る応援歌(5):苦しまずに学校に行かない選択
           1月14日 不登校に贈る応援歌(6):苦しまないでできること
           1月19日 不登校に贈る応援歌(7):不登校に言及した本の紹介
           1月30日 不登校に贈る応援歌(8):「学校に行きたくない」と言われたら・・・・
           2月 2日  不登校に贈る応援歌(9):役に立っていると考えられないか?
           2月11日 不登校に贈る応援歌(10):パートで社会性を養う

さて、飛び飛びの3回で16年近く前の巻頭言から「人を育てる」をテーマに紹介する第2回目です。
たまたま不登校のことを取り上げています。

過去の巻頭言から(7):人を育てる(2)(2002年2月号)

1月号のニュースレターの概要をごくごく簡単におさらいしますと、21世紀の教育観は、20世紀的な恐育、矯育、競育に代わる響育、共育、協育が必要であることを述べました。

今回は、共育、協育で人が育つ話をします。

私は、ヒューマン・ギルドを始める前、2年間ほど不登校(一部家庭内暴力、非行)の子どもたちを預かる民間施設で働いていました。
自宅にも不登校兼家庭内暴力のC君が同居していました(そのころ私は独身でした)。
はっきり言って、これらの子どもたちは家で家族とともに暮らすことを歓迎されない人たちでした。
数カ月間施設にいて子どもが生き生きしてきて、子どもはもう大丈夫だろうと指導者と親が判断して家に戻ったときなど、親が勉強不足のままだと、また問題を起こして施設に逆戻り、ということもしばしばありました。
そのため子どもを預かる条件として親のアドラー心理学の勉強を義務づけていたものでした。

ピーク時には20人ほどの子どもたちを収容していました。
新しい子どもが来ると、指導者は極力その子を放っておくことにしました。
家で散々いじくり回されて来たので、彼らは干渉されて当然という気持ちがあるのでしょうか、放っておかれると心配になってきます。
自分から働きかけて友達を作り始め、アルバイトに行きたくなる子もいました。

C君の場合もそうでした。
私がC君を置いて通勤するものですから、C君は家で何もすることがなく、テレビを見たり、新聞や本を読んだり、暇を持て余します。
毎日毎日暇なC君は、そのうち台所をピカピカに磨き、部屋の掃除をきっちりやってくれ、私が教えた料理を少しばかりやるようになりました。
私が帰ると、C君は私を捕まえてあれこれ話します。
私は、極力C君に耳を傾けますが、指示はしません。
「なるほど。あーそう」と返すだけでした。
C君は家計簿をつけるようにもなりました。
まるで主婦です。

C君は時々施設に行っては他の子どもたちとも楽しく遊び、そのうち自分の子どもで困っているお母さんに対して、

「おばさんちの子、俺とタメだぜ。俺、おばさんちに遊びに行って、友達になってもいいかな」

と言って、実際に訪問することも何度かありました。

これは私が常々言っていることですが、不登校の子が立ち直るシグナルは、実際に学校に行くことではなく、同じ境遇の子どもたちに関心を持ち、何かしら役に立とうと行動し始めることです。

数ヵ月後、C君は定時制高校に行きたいので、勉強を教えてください、と言い出しました。
岩手県の高校で2年の途中まで行っていたC君は、猛勉強の結果都立H高校の定時制3年生に編入し、傍らアドラー心理学のカウンセラー養成講座も修了し、A学院大学に進学するとともに私のマンションから自立して一人で暮らすことになりました。

私は、都合3年間C君と暮らしたわけですが、C君は私を育ててくれた貴重な少年だと思うし、C君が他者の役に立つことを学んで初めてC君が一段と成長したことを感慨深く思い出します。

人は育てよう育てようとしなくともC君のように育つこともあるし、育てるつもりが育てられていることもあるものだ、そして、人の役に立とうと行動し始めたときに人は育つ、と改めて思います。

今回は、共育と協育でC君が育ったお話でした。

<お目休めコーナー>12月の花(11) 

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