答えは現場にあり!技術屋日記

還暦過ぎの土木技術者のオジさんが、悪戦苦闘七転八倒で生きる日々の泣き笑いをつづるブログ。

西武池袋本店9階にある池が思った以上に素敵だったこと

2015年06月30日 | 北川村モネの庭マルモッタン

 

 

 

モネの庭から・・・

ではない。

だが、そっくりだ。

とはいえ、粗雑なコピーではなく、きちんとつくられている。

でき得ればこの一角に、我が北川村モネの庭マルモッタンの写真などを展示するコーナーを設けてもらい、ここを訪れたかたたちに「行ってみたいな」と思ってもらえたら・・・

ま、そんなことは、このわたしなんぞが言わなくてもすでに誰かが考えてるだろうが・・・

 

そんなことなどを考えながら、モネカラーの見慣れたベンチにしばし座っていた。

西武池袋本店9階「食と緑の空中庭園」。


思ったより狭いスペースのなかにあるその池は、思った以上に素敵だったのである。



  ↑↑ クリックすると現場情報ブログにジャンプします

 

           

            有限会社礒部組が現場情報を発信中です

 

     

   発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う。

 

 高知県情報ブログランキング参加用リンク一覧  

にほんブログ村


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

シビルカンジニア

2015年06月29日 | 土木の仕事

今年も、高知県土木施工管理技士会主催の技術講習会で講師とやらを勤めさせてもらっている。

お題は「中小土木工事のプロジェクトマネジメント」だ。

 

そのなかでわたしは、

「経験と勘」だけではコミュニケーションは成り立たない、

と説きつつも、

この仕事でもっともたいせつなのは感性であり、

経験と知識に裏打ちされた「勘」だと信じている。

 

そんなわたしが、このあいだ、『昭和偉人伝』というTVプログラムを観ていて、思わず「お~!」と感嘆し、書きとめた言葉。

 

ぼくはエンジニアじゃなくて”感じニア”だね

 

百瀬晋六(※)さんである。

「感じニア」。なんと素敵な言葉だろう。

そうだ。これからわたしは自分のことをシビルエンジニアならぬシビルカンジニアと呼ぶことにしよう。

辺境のシビルカンジニア。

自分の思いつきに独り満悦し、口に出してはニヤニヤする。

気色悪いオジさんなのである。

 

 

※百瀬 晋六(Wikipediaより)

(ももせ しんろく、1919年2月20日 - 1997年1月21日

日本航空機自動車技術者。

主な作品に、日本初のモノコック構造リアエンジンバス「ふじ号」、スバル360・初代スバル・サンバースバル1000などがある。



  ↑↑ クリックすると現場情報ブログにジャンプします

 

           

            有限会社礒部組が現場情報を発信中です

 

     

   発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う。

 

 高知県情報ブログランキング参加用リンク一覧  

にほんブログ村


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ぶらり日本歩き旅~ウクレレ担いだ渡り鳥』を読む

2015年06月28日 | 読む・聴く・観る

 

ぶらり日本歩き旅~ウクレレ担いだ渡り鳥
森崎英五朗
連合出版

 

「ウクレレ担いだ」ってキミ・・・と、その風貌とウクレレのミスマッチに苦笑い。何を隠そう、わたしは著者の知り合いだ。

(といいつつほんのこの前までは、彼が本を書いていたなどということはまったく知らなかったんですが)

先週初め、彼からのメールで、「20余年前、徒歩で日本一周をしたこと」「高知には一週間ほど滞在していたこと」「その旅の記録が本になっていること」を知ってビックリ。その便りの締めくくりに「いずれ献本する」と書いていたので、あわててAmazonに注文。すぐさま「送らなくてよい」旨を返信した。

わたしの場合、自分で金を払わなければ、もらった本はそのほとんどがいずれ捨て置かれる運命にあるからだ。

 

で、本日、満を持して、『ぶらり日本歩き旅』(森崎英五朗)を読む。

FIFAワールドカップサッカー準々決勝を観戦し終わったあと読む。

「孫といっしょに公園でもいきませんか?」と、昨夜から里帰りしていた娘の誘いに応え、公園の芝生にすわり、歩き始めた孫を横目で見ながら読む。

テント担いで丸一年、日本列島ぐるり一周六千キロの大散歩。いつでも誰にでも心を開いて、拾われては暖かい他火をいただく

そう書かれている帯を大切にしながら読む。

(わたしの流儀では、「帯」は読みはじめる前にくしゃくしゃっと丸めて捨てられてしまうんですね。でも今回は、彼をくしゃくしゃっとしてしまうようでなんともしのびなく、捨てられなかった)

 

「他火」。耳慣れない言葉だ。文中、「大学時代にお世話になった先生の言葉」として、その説明がある。

 

「旅」というのは他の土地の人の心だとか、文化という火に暖めてもらうことなんだ。「旅」とは「他火」にあたることなんだよ。

 

もうひとつのキーワードは、「いつでも誰にでも心を開いて」だ。

わたしがよく言うところのオープンマインドである。もちろんわたしがことあるごとにオープンマインドと繰り返すのは、そのじつオープンマインドではない自分自身を戒めたり鼓舞したりするという目論見があってのことなのだが、それにしても、この本をつらぬく本物のオープンマインドを目の前にしては、生半に使ってはいかんのじゃないかと反省させられるほど、彼は閉じてない。(使いますけどネ、これからも)

 

聞けばこの本、「恥ずかしくて同業者にはあまり宣伝してない」とのこと。ならばわたしが宣伝して進ぜよう。

半ば奇跡のような「出会い」の数々と、それを呼びこむ著者のオープンマインドな生き方に感嘆しつつ、読むものをほんわかとした気分にしてくれて、ときに大笑いし、ときにほろりと、ときにジ~ンとなりながら、一気に読んだ『ぶらり日本歩き旅~ウクレレ担いだ渡り鳥』。人と人とのかかわり合いについて考えさせられる良書です。

ぜひご一読を。

 

 

ぶらり日本歩き旅―ウクレレ担いだ渡り鳥

森崎英五朗

連合出版

 

 

  ↑↑ クリックすると現場情報ブログにジャンプします

 

           

            有限会社礒部組が現場情報を発信中です

 

     

   発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う。

 

 高知県情報ブログランキング参加用リンク一覧  

にほんブログ村

 

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『「計画力」を強くする-あなたの計画はなぜ挫折するか』(加藤昭吉)を読んで大いにヒントをもらったこと

2015年06月27日 | 読む・聴く・観る

あの名著、『計画の科学』でネットワーク工程(PERT)を世に知らしめた加藤昭吉さんが2007年にこんな本を出していた。

 

「計画力」を強くする―あなたの計画はなぜ挫折するか (ブルーバックス)
加藤昭吉
講談社

 

一般向けに書かれた本なのだから、すこぶるわかりやすい。


いやこの論法は違うな。「一般向け」だとしても「子ども向け」だとしても、わかりにくいものは世の中にゴマンとあふれている。

で、もとい。やり直す。

 

わたしのような、プロジェクト型の仕事にどっぷりと浸かっている、つまり「計画と実行」を抜きにしては仕事が成り立たない人間からすれば、必ずしもそうではない人たちを対象として「計画と実行」を説明するこの本は、すこぶるつきでわかりやすかった。

それは、筆者が持ち出す豊富なたとえ話によるところが大きい。「ここでわざわざそんな例をもってきたらかえってわかりにくいんじゃないか?」と、ときには首をひねりたくなるほど、わかりやすい事例を交えて、ていねいに説明されている。

 

何よりわたしは冒頭の話しの持って行き方で引きこまれた。

 

IT化は、私たちの知識を豊かにし、暮らしを便利にして、時間を節約できるようにしてくれます。しかしIT化がどんなに進んでも、それ自体は私たちに何もさせることはできません。私たちの行動は、情報や時間を自分なりに編集して計画化する、各人の計画力に頼るしかないからです。(P.5)

便利で安心して暮らせる成熟した社会は、人間が人間として生きるために受け継いできた、この計画的思考を退化させてしまいます。(P.6)

 

そしてその「受け継いできた」ものは、このようにして生まれたと、ある新説を引き著者は書いている。

 

人類学者のブランブルとリーバーマンが2004年11月に科学雑誌の『ネイチャー』で、「持久走を始めたことがヒトを進化させた」という新説を発表して注目を集めています。

 チンパンジーや猿人とヒトの骨格を比べると、200万年くらい前から持久走ができる骨格に変わっているそうです。そこから「チンパンジーや猿人は足が遅かったが、ヒトは肉食獣が走って行った後を持久走で追いかけていけば、その肉食獣が獲物を食べている所へ行って肉を横取りできた」というのがこの新説の柱です。

 さらに大脳生理学者の久保田競氏によると、ヒトの脳の前頭葉が発達したのは、こうして走り始めたのがきっかけだそうです。(P.18~19)

 こうしてヒトは、より頭を働かせる必要に迫られて、効果的な段取りや手順を工夫すると、よりよい結果が得られることを知ったはずです。そしてそのことがさらに脳を活性化させて、進化の道を歩み始めるきっかけになったと、私は考えています。つまり私たちの脳には、生きるために必要な段取りや手順を考える思考回路が、こうした長い人類の歴史を通して刷り込まれているのではないでしょうか。(P.19)

 

はは~、な~るほどね。こりゃネタに使えるわいとほくそ笑むわたし。テンションあげあげで読み進める。が・・・

あまりにも他人の例が多すぎるのだ。中国の古い話、西洋のことわざ、羽生善治、イビチャ・オシム、稲尾和久、某園芸家・・・などなどと数えあげればキリがない。ことわっておくが、それぞれにイイ話やためになる話がほとんどだ。しかし、次から次へと引き出される他人のたとえ話を読んでいて、なんだか次第にテンションが下がってきたわたし。

過ぎたるは猶及ばざるが如し。いわゆる「深い話」も、そのもともとが他人発であれば、ほどほどにしておかなければクドくなる。今日も今日とて「中小土木工事のプロジェクトマネジメント」などというお題で一席やってくる我と我が身に置き換えて、少しく反省してしまったのである。

 

もうひとつ、著者の、「欧米礼賛=だから日本人は云々」という展開がこれまたクドい。

そういえば・・・、わたしの話を何度も聞いたことがある某氏に言われたひと言。

「アンタね、よく誰かの言葉を引用するでしょ。それはいいんだけど、アンタのは外人ばっかなんだよ。あれはやっぱり日本人のほうがいいとオレは思うよ」

う~ん、日本人も登場するんだが・・・。たとえば、「アタシはお客さんに媚びないよ。だってアタシは技術を売ってるんだもの」の、菅原福子(まえだ美容室オーナー)だとか・・・。とかナントカ思いつつ、そのときは聞き流したわたしだが、なるほど。

そこんところのバランスで、聴いている人たちへの伝わりようっていうやつが違ってくるかもしれんのだなと、これまた我と我が身に置き換えて、ほんの少し反省。

 

なんだかケチばかりつけてしまったが、そこんところをガマンして読めば、とてもタメになる本。オススメである。

 

 パスカルは「人間は不確かさのために働く」という言葉を遺しています。計画力は、まさに不確かさに満ちた未来に挑戦する力です。(P.173)

 

 

 

  ↑↑ クリックすると現場情報ブログにジャンプします

 

           

            有限会社礒部組が現場情報を発信中です

 

     

   発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う。

 

 高知県情報ブログランキング参加用リンク一覧  

にほんブログ村

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

インターネットの向こうにいる見えない受け手へ現場の情報を伝えるということ

2015年06月26日 | オヤジの情報発信修業

きのうの朝、『土木のしごと-(有)礒部組現場情報』を更新しようとキーボードに向かい、


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



国道493号小島桟道橋、

張り出し桁を設置しました。



ちょうど1週間前の画像と比べるとよくわかります。

橋ができあがってしまえば見ることができないので

ある意味、貴重な画像です。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


と、ここまで書いて、キーを打つ手を止めた。

 

「ん?」

「ということは・・・」

 

「現場情報」やFacebookページに載せているいつもの画像も、ある意味とても貴重なものなんではなかろうか?ということに、思いが至ったのである。

「何をいまさら」

と笑わないでほしい。

ふだん、「見えないから見せる、いや見てもらう」などと大見得を切りながら、おのれがしていることがよくわかってないなどとは、ざまあない。まったくもって迂闊なオヤジだ、という反省文(のようなもの)である。


そういえば・・・

先日、とある男性から、工事にともなう道路の通行制限について問い合わせがあった。それを受けたわたしが、工事の進捗状況などなどの説明をしていると、「ある程度のことはホームページを見たのでわかりました。知りたいのは今後の予定なんです」とのこと。

 

「現場情報、見てくれたんや」

少々ビビりつつ受け答えをつづける。「ビビった」のには理由がある。字義どおり現場の情報を得るために『礒部組現場情報』を見てくれている人がいるなどということは、想定してなくはないが、「生身の人間」としての存在をイメージすることがふだんほとんどないからだ。


話はチト変わる。近ごろのわたしは、こんなふうなプロローグからプレゼンテーションを始めることが多い。

 

音波は知覚されることで音となる

 

もちろん、独自の知見ではない。ドラッカーだ。引用する。

 

【コミュニケーションは知覚である】

 仏教の禅僧、イスラム教のスーフィ教徒、タルムードのラビなどの神秘家の公案に、「無人の山中で木が倒れたとき、音はするか」との問いがある。今日われわれは、答えが「否」であることを知っている。音波は発生する。だが音を感じる者がいなければ、音はしない。音波は知覚されることによって音となる。ここにいう音こそ、コミュニケーションである。この答えは目新しくない。神秘家たちも知っていた。「誰も聞かなければ、音はない」と答えていた。

 この昔からの答えが、今日重要な意味を持つ。

 コミュニケーションを成立させるものは、受け手である。コミュニケーションの内容を発する者、すなわちコミュニケーターではない。彼は発するだけである。聞く者がいなければ、コミュニケーションは成立しない。意味のない音波しかない。

(位置No.2129)

 

「発する者」であるわたしは、インターネットの向こうにいる受け手の顔が見えない。受け手がどんな情報を欲しているのかもわかっていない。必定、その情報発信は、自分が発しやすい情報、あるいは自分が伝えたい情報に偏る傾向がある。だが、そこで大切なのは、この向こうには生身の人間がいて、その人たちが「どんな情報を必要としているのか」に思いを至らせ、発信することなのではないだろうか。


いやはやどうも、である。

他人さまにエラそうに講釈をたれているわりには、わたしの情報発信はわたし自身のなかで、気づかぬうちに惰性に陥っていたようで、「何のために」しているかを見失いつつあったようだ。


(今さらながら、「つづける」のはムズカシイね。でもがんばっていきましょう!)

 



  ↑↑ クリックすると現場情報ブログにジャンプします

 

           

            有限会社礒部組が現場情報を発信中です

 

     

   発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う。

 

 高知県情報ブログランキング参加用リンク一覧  

にほんブログ村


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

三方良しの公共事業推進カンファレンス in 福岡「見聞記」(付録)

2015年06月25日 | 三方良しの公共事業

聞けば「建築の人」だという。だから「建築の人」と呼ぶことにした。

もういいかげん三岳が身体に染みてきたころ、目の前に座った若者が、だ。

その彼が、まっすぐに57歳土木屋のわたしの眼を見て問う。


「建築の民間物件における”三方良し”がよくわからんのです。どんなふうに考えたらいいか教えてください」

 

「直球やなあ」

と微笑むわたしはしかし、そのストレートを弾き返すことはせず、こう答えた。

 

「正解は自分で探さな」

 

「やなオヤジだね~」「こういう答え方がいちばんたちが悪い」とお思いのそこのアナタ。わたしもそう思う。だが、もう少しおつき合い願いたい。

もちろん、57歳土木屋だとて、それに対する答えがないわけではない。その場の雰囲気で返答することもできないことはない。だが、なぜかしら返さなかった。

で、そのあとを、こんなふうにつづけたのである。

 

何か新しいことに取り組もうとするときには、多くの場合、教科書がない。いや、「こいつが教科書ですよ」と示されるのはよくあることだ。だがそれが、自分と自分の環境にピタリと当てはまるかどうかといえば、そういったことはまずないのが常だ。そんなとき、わたしたちが身を置くこの業界の不幸は、その「正解」を他人(特に業界の周辺の人)に見つけてもらおうという安易な方法から得ようとする人があまりに多すぎることだと、わたしは思う。

業界の周辺でオマンマを食ってる人はそれでいいのかもしれない。そういうニーズがあるから商売も成り立っている。だが、受け売りを排除して自分の頭で考えることを抜きにして、誰かにもらった「正解」は、たとえば壁にぶち当たったとき、役には立たない。

「受け売りを排除して」と言ったが、最初は受け売りでも模倣でもいい。というか、ずっと受け売りや模倣をつづけてもいい。現実にわたしなんぞは、「受け売りと模倣のつぎはぎ」でやってきた。今もそうだ。

だが、自分の頭で考えて、自分と自分の環境にその「受け売りと模倣のつぎはぎ」をフィットさせることを止めてはいけない。教科書や受け売りだけでは、つづけることはできない。そして、つづけることができなければ意味がない。

そんなふうにしてつづけることができなくなったとき、口をついて出る言葉はこんなだ。


「(日常)業務が忙しい・・・」

「オレんところは事情が違う・・・」

「そんな余計なものを・・・」


そうならないためにも、自分の頭で考えてみてほしい。

正解はひとつではない。だが、答えが現場にあることだけはたしかだとわたしは思う。

 

 

 

あれあれ?

わたしはホントにアノ酒場で、こんなことを言ったんだろうか? 少し心もとなくなってきた。

だがまあ、当たらずといえども遠からず。たぶんそのようなことを言ったはずだ。


 きのうで終了したはずの『三方良しの公共事業推進カンファレンスin福岡「見聞記」』。

今日は付録だ。「建築の人」が頭のなかから離れなかったので、書き記しておくことにした。

ということでホントに、「・・・見聞記」を終わりにしたいと思う。

 

 

(って言った先から、アシタまた書いたらゴメンね)

 

 

 

  ↑↑ クリックすると現場情報ブログにジャンプします

 

           

            有限会社礒部組が現場情報を発信中です

 

     

   発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う。

 

 高知県情報ブログランキング参加用リンク一覧  

にほんブログ村

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

三方良しの公共事業推進カンファレンス in 福岡「見聞記」(その4)

2015年06月24日 | オヤジのICT修業

 

書こうか書くまいか迷ったが、わたしがどんな発表をしたかについて知らぬ顔の半兵衛を決め込むことは許されまい。

ということで、少しだけ書いておくことにした。

当日、わたしが自らに課したお題は、『中小零細建設業でたのしむ「和」のCIM』である。

 

 

もちろんわたしとて、わたしたちがやっていることをCIMだなぞと、そんな大それたことを本気で思っているわけではない。

CIMの大義名分が、ICTツールと3次元データモデルの導入・活用による建設生産システムの向上にあり、そのために、調査設計段階から3Dモデルを導入し、施工・維持管理までを連携させようというものであることを思えば、わたしがCIMと名づけたそれは、単に「3Dモデルを使った仕事のやり方」の事例にしか過ぎない。

それをわかっておきながら、あえてCIMという用語を使ったのは、「たのしむ」と「和のCIM(しむ)」の語呂合わせがしたかっただけのことであり、深い意味はない。まことに食えないオヤジである。

 

何人かで何年かの試行段階を経て、「一定規模以上の現場ではすべて描いてね」と技術屋さんたちにお願いして1年あまり。習熟度の差はあれ、皆んなが取り組んでくれているということは非常にありがたい。ということはとりもなおさず、一人ひとりが3Dモデルの有意性に気づいてくれているからなんだろうな、と思いつつ、実情として、その用途はまだまだ「閉じている」。

「閉じている」。言い換えれば「開かれてない」。つまり、円環の外とのコミュニケーションに使いきれてないということだ。

 

 

ついついテクノロジーにしか目が向かない技術屋の性(さが)は、観点を替えると、だからこそ「モノづくり」ができるのであって、一概に否定されるべきものではないと思う。だが、「何を使うか」に固執するあまり、「どのように使うか」「何のために使うか」が置き去りにされてしまえば、ただの「新しい道具」のままで終わってしまう。

「何のために使うか」

建設生産システムの向上、なぞという大それたことを言うつもりはない。言う資格もない。だいいち思ってもいない。


 

わたしたちの仕事にこれを取り入れようとしたときから、わたしの目的ははっきりとしている。

3Dモデルを使った「見える化」を通じて、社内の上下左右と、発注者と、そして何より住民と、今までよりランクアップしたコミュニケーションを図り、問題を前倒しして解決しながら、「よりよいモノをより早く」つくっていこうということだ。

そのための武器としての3Dモデルである。



まず手描きの図面があり、それが2次元CADになり、そして3Dモデルが登場した。

わたしは、この進化をそういう直線的な流れとはとらえていない。

手描き図面と2次元CADはひと括りにしてもいいと思う。だが3Dモデルは明らかに別物なのだ。(現に手描き図面から3Dモデルへと飛び級してしまったスゴい建築屋さんがわたしの知り合いにいます)。乱暴を承知で言うと、前の2つは道具であり、後者は武器である。

も少し控えめに表現すると、わたしたちの仕事のやり方を変える「武器」になり得るものである。

「建設生産システムの向上」は否定しない。むしろ、どんどんと進めていただきたい思う。だが、少なくともわたしは、円環の内側に閉じた用途ではなく、円環の外側とのコミュニケーションにこそ使いたいと思っている。

それが、わたしの言う『中小零細建設業でたのしむ「和」のCIM』なのである。




ところで・・・

ややもすれば「気合」系だと思われがちな、というか(狭義の)土木技術についてはほとんど話さないわたしが(話したくても話せない、というウワサもあるがネ)、「CIMがらみ」の話をしたいうことは、旧知のかたがたにちょっとした驚きとともに受け入れられたようだ。

コーディネーターを勤めてくれたKさんなどは、「まさかアナタがCIMの話をするなんてねえ・・・」と何度も何度も繰り返していたのだから、他の人も推して知るべしだろう。

それに対しては、「いやいや何をおっしゃいますやら。こちとら、こう見えてもプロの技術屋だ。なめたらイカンぜよ」。

とかナントカ啖呵を切りたいところだが、有り体なところは、技術力がないから王道を歩けないだけ。

中洲の夜、そんなわたしが、「だからいつも、わたしの戦術はゲリラ戦なんですよね~」とボウズ頭をボリボリ掻きながら笑うと、別のあるかた(この道の先達、技術屋さんです)は、「いやいやそんなことないですよ。あれがホントの技術力なんですよ」と評してくれた。

いくつになっても褒められて伸びるタイプのオジさんは、その言葉を真に受けたい。

受けとめたうえで足元を見つめ直し、つづけていきたい。

オープンマインドな姿勢を保ちつつ、つづけていきたいと思うのだ。




考えてみれば、自分自身の「見聞記」などというのも可笑しな話だ。ついついとその場の内容よりも、その補足のほうに重心が移動して、「少しだけ」のつもりが、のべ3時間近くもかけて行きつ戻りつし、最後には決意表明になってしまった。

そういえば、当日のわたしの話が触媒になり、ブログを書いてくれた人がいる。

とても素敵なそのブログを紹介して、『三方良しの公共事業推進カンファレンスin福岡「見聞記」』の締めくくりとしたい。

 

 

新しいものとのつきあい方・・・大親分が教えてくれたこと

http://narajin.blogspot.jp/2015/06/blog-post.html

(『ふりぃまんの寝言』6月22日)

 



  ↑↑ クリックすると現場情報ブログにジャンプします

 

           

            有限会社礒部組が現場情報を発信中です

 

     

   発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う。


 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

三方良しの公共事業推進カンファレンス in 福岡「見聞記」(その3)

2015年06月23日 | 三方良しの公共事業

 

事例発表「その1」と「その2」のあと、ボウズ頭をグリグリなでながら土佐の高知からやって来たオジさんが、のらりくらりと与太話をしたあとの4例目は、発注者さんと施工業者さんのペアだった。

発注者を代表して発表してくれたかたには申しわけない。間違いなくいい取り組みには違いないのだが、「フムフムなるほどね」というぐらいにしかわたしには届かなかった。一方、施工業者の若い技術屋さんのプレゼンテーションはどうだったか。言葉の一つひとつが、というか彼の「想い」が、私の心のなかにグイグイと届いてきた。

 

何故だろう?

 

「愛である」


というフレーズが思い浮かび、「おいおい、そりゃあんまり胡散臭いんじゃないか」と別のわたしが止めたのだが、わたしはやはりそう結論づけたい。


「愛である」


自分が携わった仕事とそれにかかわってくれた人たちへの、自分自身の想いを率直に語る若者の心持ちを、くどいようだが、わたしはあえてこう表現したい。


「愛である」


自らの現場を自分自身の言葉で語ることなしに、「私と私の環境」たる「私」は救えないのだと、君も貴女も私も彼も、皆んながそう認識しなければならないと、自分自身の仕事を語ることが、なんだかとてもうれしそうな彼を見て、あらためてそう思うオジさんなのだった。

そのあとの中洲の夜、彼と話すことができた。聴けばいろんなことがあったという。さもありなん、と思う。かくいうわたしとて、こうやって「晒し」の場に我が身を置きつつも、「言えない」あるいは「書けない」ことはゴマンとある。あたりまえだ。世の中そうそう単純ではない。

だが、「言えない」でも「言いたい」やっぱり「言えない」、という葛藤のなかから物語を紡ぎだすそのプロセスこそがたいせつなのであって、そのめんどくささを経るからこそ、自分の現場への想いが、受け手に伝わるのだとわたしは思う。

そしてその発表の終わり間際、彼が引用したのは、ナント、宮本常一。

(し、しぶい・・・しぶすぎる)(※)。

 

いい仕事をしてひとに褒められた時くらい嬉しいものはない。しかし、褒められなくても自分の気のすむような仕事はしたいものだ。

 

その言葉を聴きながら、「お若いの、なかなかやるやないの」と独りごち、ふむふむとうなずく私なのだった。

 

 

 

 

その事例発表からさかのぼること数時間前、わたしが発表者の控え席に着くやいなや、うしろから「どうも!」と声をかけてくれた人がいた。


「Iです」

(ん・・・どこのどなたの関係だ?)

(とりあえず愛想笑いしながら)

「あ、どうも」

と答えるわたし。

間髪入れず、

「頭でわかりました」

と笑顔の彼。

(ほ、ほっといてんか!)

いぶかしげな気持ちを抑えつつ名刺を見ると、その姓名には見覚えがある。

 

「ああ・・・・」

思わず万感胸に迫るわたし。

 

わたしがブログを書き始める前からその人のブログを読み、ブログを書き始めてからも読み、こんなふうに仕事と関われたら素敵だなとひそかに憧憬の念を抱いていた人である。

どこでこの人のことを知ったのか、しかとは覚えてない。だが、どういうツテなのかは、わたしのなかで確かだ。浅草の桃知さんを中心とするつながり、いわゆる「薄くて広い紐帯(ウィークタイ)」である。

念願の、そして思いもかけぬ出会いに、やたらとテンションが上ってしまったわたしはしかし、ドウドウと自分自身を落ち着かせながら、その夜は当然のように、「仕事」やその他もろもろについて熱く語り、かつグイグイと呑んだ。

途中、そういえば・・・と気づいて質問。

 

「彼に宮本常一を教えたのはひょっとして・・・」

「そうです。私が読んでみたら、ってすすめたんですよ」

(ははあ、な~るほどね、とうなずきまた焼酎をグビリ)

 

4番めの事例発表者たる若者の上司こそ彼であり、そして彼は、今回のプログラムにわたしの名前を見つけ、わたしと会うのを楽しみに福岡にいらっしゃったという。なんとも涙がちょちょ切れそうなありがたい話ではないか。


いやあ~、これだから、渡る世間はやめられんのだわ。

 

 

庶民の発見 (講談社学術文庫)

宮本常一

講談社

 

 

宮本常一『庶民の発見』より

石工たちは川の中で仕事をしていたが、立って見ていると、仕事をやめて一やすみするために上ってきた。私はそこで石のつみ方やかせぎにあるく範囲などきいてみた。はなしてくれる石工の言葉には、いくつも私の心をうつようなものがあった。

 「金をほしうてやる仕事だが決していい仕事ではない。・・・泣くにも泣けぬつらいことがある。子供は石工にしたくない。しかし自分は生涯それでくらしたい。田舎をあるいていて何でもない見事な石のつみ方をしてあるのを見ると、心をうたれることがある。こんなところにこの石垣をついた石工は、どんなつもりでこんなに心をこめた仕事をしたのだろうと思って見る。村の人以外には見てくれる人もいないのに・・・」と。(P.24~25)

 

 「しかし石垣つみは仕事をやっていると、やはりいい仕事がしたくなる。二度とくずれないような・・・・・。そしてそのことだけ考える。つきあげてしまえばそれきりその土地とも縁はきれる。が、いい仕事をしておくとたのしい。あとから来たものが他の家の田の石垣をつくとき、やっぱり粗末なことはできないものである。まえに仕事に来たものがザツな仕事をしておくと、こちらもついザツな仕事をする。また親方どりの請負仕事なら経費の関係で手をぬくこともあるが、そんな工事をすると大雨の降ったときはくずれはせぬかと夜もねむれぬことがある。やっぱりいい仕事をしておくのがいい。おれのやった仕事が少々の水でくずれるものかという自信が、雨のふるときにはわいてくるものだ。結局いい仕事をしておけば、それは自分ばかりでなく、あとから来るものもその気持ちをうけついでくれるものだ」。(P.25)

 

 

(※)宮本常一(Wikipediaより)

山口県周防大島生まれ。大阪府立天王寺師範学校(現大阪教育大学)専攻科卒業。 学生時代に柳田國男の研究に関心を示し、その後渋沢敬三に見込まれて本格的に民俗学の研究を行うようになった。 1930年代から1981年に亡くなるまで、生涯に渡り日本各地をフィールドワークし続け(1200軒以上の民家に宿泊したと言われる)、膨大な記録を残した。 宮本の民俗学は非常に幅が広く、中でも生活用具や技術に関心を寄せ、民具学という新たな領域を築いた。

 

 

 

  ↑↑ クリックすると現場情報ブログにジャンプします

 

           

            有限会社礒部組が現場情報を発信中です

 

     

   発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う。

 

 高知県情報ブログランキング参加用リンク一覧  

にほんブログ村

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

三方良しの公共事業推進カンファレンス in 福岡「見聞記」(その2)

2015年06月22日 | 三方良しの公共事業

 

北の大地からやって来たこの若者とは一度だけ会っている。

そして彼の会社のボスは、「建設業におけるCCPM」という、この国ではまだ指折り数えられるぐらいしかなかった取り組みにわたしが足を踏み入れたとき、北の彼方で燦然と輝く先達だった。

若者との出会いは3年前の奈良。懇親会の席上、その前段たる会でプレゼンターのひとりだったわたしに、真っ先に近寄ってきた二人のうちの片割れが彼だった。

彼と彼の先輩(だと思う、たぶん)の熱心な問いかけに、たぶんそれ以上の熱で応えていたわたしは、ふと思い、こんな質問をした。

 

「ひょっとして君ら、ボスがオレのところへ行けって言ったの?」

 

そうではない、という。誰にどう言われたわけでもなく、来たという。

瞬時、わたしはおのれの不明を恥じたが、そう思ったとしてもしかたがない。実際に、そのひと足を踏み出せる人たちはめったにいるもんではないからだ。「ほ~、やるやんか」と思いつつ、しばし楽しい話をさせてもらったことを覚えている。

 

前置きが長くなった。本論へ行きたい。

(そのわりに本論が短いんですネ、いつものことです、ゴメンナサイ)

 

「ほ~、そうきたか」

と思わずうなってしまったのが、子どもさんを対象にした「みんなのための” コウジ目的 ” シート」。

 

 

おじさんたちはこんな思いで” しごと ” をしています

みんなのための”コウジもくてき” シート

 

こうじのもくてき

1 みずたまりのできない、安全で走りやすいどうろ

2 歩きやすいほどうをつくる

3 みんなにとって、きおくにのこるようなこうじ

 

こうじのとりくみ

1 やさしいおじさんの、ゆうどうやきりんさんのバリケードをおく

2 こうじきかんちゅう”みまもりたい”でみんなをまもる

3 ポストをおいて、みんなの意見をきく

 

とりくみのけっか

1 あたらしいきれいな三角点通りたんじょう

2 みんなの元気なあいさつと、さいこうの笑顔

3 みんなから、しんらいされる工事げんば

 

この基となったと思われる大人版、「地域のための工事目的シート」なるものはこうだ。

 

工事の目的

・路面の排水を向上し、安全に走行できる車道を整備する

・人に優しく安全なバリアフリー化された歩道に整備する

・地域住民にとって記憶に残るような”道路整備(生活空間)”

・安全・安心な道路空間に整備し、地域住民の生活環境を向上させる

 

工事の取組

・工事期間中、安全に通行できるように充実された安全施設と交通規制を行う

・工事期間中”みまもり隊”を結成し、子供たちを交通事故や犯罪から守る

・地域住民への工事アンケートBOXを設置して、情報を得る

・作業者全員が、地域の方々と明るく元気な挨拶をする

 

取組の結果

・快適なみんなが通りたくなる、リニューアル三角点通り!

・子供達の元気なあいさつと満面な笑顔

・地域住民から”信頼”される工事現場

・工事完成後、地域住民から感謝される

 

う~ん、こちらも素晴らしい!

だがわたしは、「子ども向け」のほうに軍配を上げたい。

それは何も、漢字が少ないからだの平仮名が多いからだのということでは、もちろんない。

よりわかりやすくするためにはどのようにすればいいか、より伝わるようにするにはどうしたらいいかを考えた結果として、ポイントがしぼられ、簡潔な表現になり、ストレートに思いが伝わる「工事目的シート」になっていると、わたしは思うからである。

(ちなみに「やさしいおじさん」はダメだね。そんなこと自分で言うのは「正しいオジさん」的にはNGです)

「自分が伝えようとすることをわかってもらおうとするには、相手はバカかもしれない、というぐらいの姿勢で臨まないとダメ」

折にふれ、わたしはこう言う人だ。だが、言うは易く行うは難し。どこらあたりで折り合いをつければいいのかにいつも頭を悩ました結果、ついつい中途半端なところに落ち着いてしまったりするのが常である。 

そんなわたしからすれば、「おじさんたちはこんな思いで”しごと”をしています」の後につづく「みんなのための”コウジもくてき”シート」は、お見事としかいいようがない。

「子ども用」だから、とか言うことではない。そこには、大の大人に伝えようとするときの要諦があると私は思うのだ。

 

建設業はただ「モノづくり」をしているわけじゃない。

工事完成の強い想いを地域住民にわかりやすく伝える。

 

北の大地からやって来たプレゼンターの力強い言葉にうなずきながら、同時に、そのボスたる彼の人の顔を思い浮かべ、「いやいやさすが、やるもんだわい」と感服してしまったわたし。

 

勉強になりました!

 

 

  ↑↑ クリックすると現場情報ブログにジャンプします

 

           

            有限会社礒部組が現場情報を発信中です

 

     

   発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う。

 

 高知県情報ブログランキング参加用リンク一覧  

にほんブログ村

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

三方良しの公共事業推進カンファレンス in 福岡「見聞記」(その1)

2015年06月21日 | 三方良しの公共事業

 

近くのコンビニがつぶれたときと

うちがつぶれたときと

どっちが、悲しんでくれる人が

多いだろうか?

 

衝撃だった。胸がえぐられるような言葉だった。

わたしはこんな発想をしたことがあっただろうか。瞬時、我と我が身をふり返ってみるが、もちろんあるはずもない。

 

 

つづいて紡がれた言葉は、

 

まず、自分らが襟をただして

地元の友人からほめられる会社にしたい

業界にしたい

 

そうか。そんな想いをもってやってきたのか彼は・・・


彼とわたしとの間には浅からぬ因縁がある。因縁・・・物事が生じる直接の力である「因」と、それを助ける間接の条件である「縁」。仏教では、すべての物ごとはこの2つの働きによって起こるとされている。

「因」は彼自身の行動から産み出された。

5年前、わざわざ熊本から会いに来てくれた彼と、会社で意見交換(というか一方的なわたしのレクチャー)したあと、お城下へ河岸を変えての「ひろめ市場」。その模様をわたしは、翌日のブログでこう書いている。



「どこの馬の骨だかわからん私に?」、

という私の二次会(夜の部)での問いかけに、Sさん(30代後半)はしかしこう応えてくれたのだ。

「ブログを1年間読み続けてきました。会って話をすれば必ず何か得るものがあると確信していました」

私が、そんな風に言っていただけるに値する人間かどうかは別にして、今回を含めて、彼の一連の行動には「決意」と「覚悟」を感じ取ることが出来た。

「様々な障害があって悩んでいる」とのことだったが、私は、彼の、「決意」と「覚悟」をバックボーンとした行動力とオープンマインドなその姿勢がある限り、未来はそうそう暗いもんではないような気がするのだ。

 

 

そこから「縁」ができた。次に動いたのも彼である。2012年11月、わたしは招かれて人吉へ行き、1つの現場の工程引きを手伝い、4つの現場におじゃましてああだこうだと勝手なことを言い、社員さんや協力会社の皆さんが一同に会した前で、自説を披瀝させてもらった。またまた翌日のブログから引用してみる。

 

 

桃知さんが言うように、プレゼンテーションというやつが、送り手と受け手の協働作業だとしたら、そして受け手がその半分以上を受け持っているとしたら(もちろん、同意してますよ私は)、だとしたら間違いなく、まともなプレゼン(と当人は思っている)たり得たのは、真摯に聴いてくれていた彼女や彼、アナタや君、皆さんたちのお陰であり、なんといっても、まず最初に私の話しの方向性や位置づけをキチンと示してくださった主催者さんのお陰なのだと、私は思う。

「工事の目的はなんですか?」

「私たちのお客さんは住民です」

私の話しが、考えることや行動することのキッカケになってくれれば、いやもっと平たくいうと、日々の商売のネタに(少しでも)なってくれれば、行った甲斐があったというものだし、私は私で、彼の地で得たことを、私と私の環境にフィードバックさせていただく。



今回のカンファレンス、事例発表社を募りたいという事務局に、彼を推薦したのはわたしだ。どんなプレゼンテーションになるのか、もちろんわたしには知る由もなく、ただただ楽しみにして福岡まで赴いたのだが、期待にたがわぬいい発表だった。

じつは、なんの示し合わせもなく、もう一人、彼を推薦してくれたかたがいたらしい。そのかたも同じつながりの中にある人だ。偶然か必然か。わたしにはよくわからない。

ジリ貧から脱出して大躍進中の現在を、「わたしたちのおかげ」だと衆目の前で彼は言う。

だがそれは、賢明なかたならすぐおわかりのとおり、わたしたち(少なくともわたし)のおかげでも何でもない。

彼の「決意」と「覚悟」と、それをバックボーンとした行動力と、オープンマインドなその姿勢がその原動力になったのだとわたしは思う。



プレゼンテーションの締めくくり。彼は、これからの「三方良し」のテーマは、「高齢化」と「地方消滅」だといい、いつまでも自分たちが悪者のままでは地域は活性化しないといい、我々は地域のリーディングカンパニーになるべきだと言う。


うん、その志(こころざし)やよし。


「こちらこそ、ありがとうございます」と、ボウズ頭を深々と下げるオジさんなのだった。



  ↑↑ クリックすると現場情報ブログにジャンプします

 

           

            有限会社礒部組が現場情報を発信中です

 

     

   発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う。

 

 高知県情報ブログランキング参加用リンク一覧  

にほんブログ村


コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする