答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

イケダハヤトの『武器としての書く技術』を読む

2015年06月14日 | 読む(たまに)観る

武器としての書く技術 (中経出版)

イケダハヤト

KADOKAWA / 中経出版

 

わたしがイケダハヤトさんのことを知ったのは、そんな古いことではない。

さようなら東京、高知県に引っ越します』と彼が高知に移住したのが話題になった約一年前、「どれどれどんなやつなんだい?」と彼のブログ『まだ東京で消耗してるの?』を読んだのが最初である。

以来、何度そのブログを読んだか。たぶん4~5回だと思う。1年経ってそれだけなのだから、ほとんど読んでないと言ってさしつかえないはずだが、悪い印象は持ってない。なんといっても、花のお江戸から高知くんだりまで移り住んだそのうえに、当地の良さをことあるごとに発信してくれている若者だ。さしあたってはそんな人を悪かろう思うはずがない。

では、なぜほとんど読んでないのか。単純にそのブログがわたし好みではないというそれだけのことでしかない。

ではなぜ、そんなイケダさんが書いた本を、しかも「30万人に届けて月50万円稼ぐ!」などという、いかにもなサブタイトルがついた本を読んだのか。これも単純に、ブログを「書く技術」というやつがどんなもんぞやと興味をそそられただけでしかない。

 

ところがどっこい、なのである。わたしにとってはこの書籍、ほとんど感動的ですらあるのだ。

確かに中身には、たぶん著者本人も自覚しているように「あざとい」部分がかなりある。だが、そんなところはさておいて、わたしは、彼のブログに取り組む真摯な姿勢と心持ちに、我と我が身の7年に及ぶ「ブログを書く日々」を顧みて、反省し同意し、かつ感激してしまったのだ。

 

あらゆる体験はネタになります。が、それをネタとして抽出できるかどうかは、あなたの目の「解像度」の高さにかかっています。解像度の高い目を持つ人たちは、ひとつの体験から、他人より多くのものごとを認識します。(位置No.1014)

 

書き続けることのできる人は、容易にものごとを割り切ろうとしません。

一方で、書くことがなくなってしまう人は、ほとんど無思考に、さまざまなことを断定して満足してしまいます。そこには血がにじむような戦いはなく、ほとんど思い込みで断定します。(同1062)

 

世の中はそう簡単に割り切れません。けれども、文章を書くということは、ある程度世の中を割り切ってしまうことです。その行為の乱暴さに気づき、自省しつづけ、考えつづけられる人は、自然と文章を書きつづけることになるでしょう。答えのない問いに向き合いつづける、といってもよいでしょう。(位置No.1071)


読了したあと、久しぶりに彼のブログを訪問し、『東京を捨てて高知に移住して一年、想定外によかったこと』という記事を読んでみる。(あいかわらず「高知」以外の記事を読む気にはならないんですねコレが)

その結び。


都会もいいですが、どこかのタイミングで「卒業」するものだと、ぼくは考えています。地方にはまた違うフィールドがあり、そこで活躍するのもまた楽しいのです。優秀な人が東京にとどまりつづけるのは、社会にとって大きな損失です。面白いのでさっさと地方に出るべきですよ。


これからも、この若者を見ていきたいと、そしてブログもたまに覗かせてもらおうと、オジさんはそう思うのである。

 

 

武器としての書く技術 (中経出版)

イケダハヤト

KADOKAWA / 中経出版

 

 

 

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