白石勇一の囲碁日記

囲碁棋士白石勇一です。
ブログ移転しました→https://note.com/shiraishi_igo

高尾挑戦者、名人奪取!

2016年11月03日 21時58分53秒 | 囲碁界ニュース等
皆様こんばんは。
本日、第41期名人戦第7局、2日目が行われました。
結果は、高尾紳路挑戦者井山裕太名人に白番2目半勝ちを収め、名人位を奪取しました!
それでは、早速振り返っていきましょう。



1図(封じ手・白88)
封じ手は、白1の押さえでした!
この手は、アマの皆さんにとっても大本命だったようで、幽玄の間封じ手予想クイズでも、281名もの正解者が出ていました。
抽選が最大の難関でしたね。

1日目の終了時点で、棋士の間では白がリードしているという声が支配的だったようです。
それが1、2目の差と見ていた棋士もいたでしょうし、5目以上違うと見ていた棋士もいたでしょう。
しかし、共通しているのは、黒が頑張りを要する形勢だという事です。
となれば、次に黒Aと切って仕掛ける手なども、思い付きますが・・・。





2図(変化図)
黒1の切りには白2と引かれ、黒1と黒△、両方助ける事ができません。
いくら形勢が悪いといっても、明らかに無理な手を打っては、叩き潰されて終わりです。
決め手を与えず、チャンスを待たなければいけません。
ここから終盤まで続く井山名人の打ち方は、皆さんのお手本にもなるでしょう。





3図(実戦黒89~93)
焦らず、下辺を囲ってじっと辛抱しました。
自分からは無理をせず、相手の乱れを待つ構えです。
つながっていない黒△が気になるかもしれませんが・・・。





4図(変化図)
もし白1から取りに来れば、喜んで捨ててしまいます。
下辺が目一杯にまとまり、中央の白地はあまり増えていません。
黒△は白△にお付き合いして貰っているので、もう用済みなのです。
「利かした石は捨てよ」と言いますね。





5図(実戦白94~白96)
もちろん、そんな甘い手を打つ高尾挑戦者ではありません。
白1、3が鋭い踏み込みです!
高尾挑戦者なら当然の手であり、井山名人も覚悟していたでしょう。
ここで黒Aと打つようでは、前図とは雲泥の差ですし・・・。





6図(変化図)
黒1、3なら中央の石は無事ですが、下辺が大幅にへこんだ事は変わりません。
白4に回られ、とても勝負になりません。





7図(実戦黒97~白100)
という事で黒1と反撃、白も2、4と切って対抗しました!
白が危なく見えるかもしれませんが・・・。





8図(変化図)
黒1と打てば、確かに白を取れます。
しかし白2から下辺に侵入されるので、黒地はほとんど増えません。
白14に回られては大損で、碁は終わりです。





9図(実戦黒101~黒105)
という訳で、黒1と押さえる一手です。
中央の黒が切り離されますが、右上に黒の厚みがあるので、なんとかなります。

差し当たっては、白が右辺をどう守るかが問題です。
白Aと頑張って地を作りたくなりますが、黒Bに来られて薄気味悪い形です。
何かの拍子に白△が抜ける可能性もあり、そうなると黒Cの切りが実現するかもしれません。
こうやって、相手が悩むように打つのが逆転のコツですね。
こういう場面で、白が乱れて悪手を打ってしまうというのは、よくあるパターンですが・・・。





10図(実戦白106~白108)
実戦は白1と飛び、黒2の嫌がらせに対しても、目もくれず白3!
なんという手厚い打ち回しでしょうか。
直接地が増える手には見えませんが、がっちり打っておけば、後で必ず良い事があるという、強い信念を感じます。
高尾挑戦者、名人位がちらつきそうな状況でも、全くぶれません。





11図(実戦黒109~黒113)
ここで、井山名人の黒1も凄い手でした。
白2が来ると、後に白Aあたりから分断する手を狙われます。
しかし、黒Bあたりからの眼取りを強調して、白にプレッシャーをかけているのです。
井山名人の、防衛への執念を感じる一手でした。





12図(実戦白114~白116)
しかし、井山名人の執念を見せられても、高尾挑戦者は全く動じません。
白1、3が手厚い好手です!
守りとしては、白△の1眼を確実にした手です。
しかしそれだけではなく、白Aの先手切りからの白B、また白Cからの切断も狙っています。
ただしっかり守るだけではなく、後に狙いを持ってこそ、真の手厚い手と言えるでしょう。





13図(実戦黒117~白124)
黒1、3と黒は一杯に頑張りますが、白4がぴったりの進出で、白は優位を保っています。
そして黒5~白8までは、白△の1眼を巡った攻防です。
この後、黒Aとつながっていれば無事ですが、地にならない手です。
それでは黒の負けが確定してしまうので・・・。





14図(実戦黒125~白128)
黒1と中央に踏み込んで行きましたが、ここで高尾挑戦者は白2、4!
これまで手厚く打って来た事を生かし、勝負を決めに行きました!
黒Aには白B、黒Cの交換から、白Dで丸取りにしてしまいます。





15図(実戦129~黒133)
黒が困った形ですが、井山名人は諦めません。
黒1で上辺にプレッシャーをかけ、白4の守りを待って黒5!
左辺に深々と踏み込んで行きました。
白は左辺の地が気になる一方、中央も黒Aからの救出を狙われていて、迷ってしまいそうです。





16図(実戦白134~白140)
しかし、ここでも高尾挑戦者は、ぶれませんでした。
白1、3でがっちり中央を取り切り、黒6の左辺侵入を許しました。
白7も大きく、よく見ると白は損をしていないのです。
恐らく高尾挑戦者は、白126と中央を割り込んだ時点で、中央の黒を取れば勝ちと見切っていたのでしょう。





17図(実戦黒141~白146)
黒1からの揺さぶりにも、白6まで隙無く対応しています。





18図(実戦黒147~白158)
黒1と中央を先手でつながり、黒3に回る事ができましたが、白8、10も大きい所です。
黒11には白12と打ち、次に白Aで中央の黒が死んでしまいます。
ここでも白△が役に立っています。





19図(実戦黒159~白160)
黒1と中央を補強したのは止むを得ず、白4の大きな押さえに回っては、もう白の勝ちは動きません。
高尾挑戦者、10期ぶりの名人獲得となりました。


最強の名人に最強の挑戦者が挑み、シリーズは物凄い戦いとなりました。
最初の3局は高尾挑戦者が素晴らしい内容を見せましたが、調子を取り戻した井山名人もまた、素晴らしい内容で3勝を返しました。

最終第7局も、高尾挑戦者がリードしている時間が長かったでしょうが、勝ち切るという事は簡単ではありません。
井山名人の粘りも素晴らしく、並の棋士なら簡単に逆転されていたでしょう。
高尾挑戦者の、芯の強い打ち回しを称えるべきでしょう。

さて、7冠達成から197日目、ついに独占が崩れました。
井山六冠の1強状態には変わらないとはいえ、井山六冠も無敵ではない事が分かりました。
後を追う棋士にとっては、追い風になるでしょう。
進行中の王座戦天元戦の結果によっては、今後の碁界の流れも大きく変わって来るでしょう。
注意深く見守っていきたいと思います。

最後になりますが、今回の名人戦は最高のシリーズでした。
一観戦者としては、両対局者に拍手を送りたいですね。
感動しました!