京都北山細野の神主

日々感じることを想いのままに書き綴っています。神主として品位に欠ける表現も時々有るのはお許しください。

京都市にも積雪1メートルの所がある・寒波襲来で停電・電話・携帯の不通・インターネットが繋がらない

2017年01月18日 | もう一つの京都・京都北山

14日からの寒波襲来で海抜450メートルにある京都北山の我が家のある10軒あまりの集落は”陸の孤島”(古い言葉?)状態になっていました。(こんな山の中でも一応は先の町村合併から京都市になりました。僻地扱いですが)

国道から3キロの道の両側ギリギリまで植えられた北山杉がこの雪でボキボキ折れて道路脇の電線や電話ケーブルを切断して停電や電話の不通、その上携帯まで不通になってしまいました。

街中ではこんな事態になってしまっても復旧は早いのですが何しろ住民の数が少ないせいか、僻地なので復旧工事は後回し(ヒガミ?)かやっと今夜7時ごろ電話が通じました。

携帯電話は無線なのでこんな場合でも通じると思っていましたがアンテナから元は有線なのですね?

今日も午前中に携帯の通じる京北町の中心の10キロほど離れた周山まで携帯をかけに出かけました。

電気は回復が早かったのですが電話が通じないのでパソコンを開いてもインターネットに繋がりません。

停電になれば今の生活は弱いですね、オール電化など関電に騙されてやらなくて良かったと思っている人もいます。オール電化などやったらこの辺りでは完全に凍死ですね。

石油ストーブもほとんどはファンヒーターですからいくら石油を備蓄していても電気がこなくては動きません。

幸い我が家はマキストーブ、プロパンガス、マッチ(ライター)で点火できる石油ストーブ、七輪などの他にキャンプ用のカセットコンロ、ランタン、ローソクなどアウトドア用の炊事用品なども沢山あるのでこの時とばかりに活躍させています。

今年になってまたブログ書きに精を出すぞと思った途端にマタマタ出鼻をくじかれました。

今朝もこの冬一番の寒さでした。朝の6時がマイナス8度、8時がマイナス9度でした。

日の出前の方が温度が高い変な現象でしたが?

今年は通常の年では無いように思いますね。

何かがある。 何かが有って欲しい年になりそうです。

 

明日は旧京都市内まで出かける予定ですが国道162号線(周山街道)も京都方面は倒木と土砂くずれなどで不通です。細野ー神吉線も周山ー神吉線も不通です。

通常の162号線では京都市の中心部まで約1時間ですがこれが不通では日吉まわり、花背、鞍馬周りでは2時間ほどかかります。

最近は災害復旧工事は特に周辺地域では遅くなりました。

「コンクリートから人に」で全国の土建屋を潰してしまった後遺症です。

自然災害大国の日本にとって民主党政権に国政を委ねたことが間違いだったのですが、補助金をバラまくだけの今の政権も地方活性化はできません。

どちらにしてもバラマキで票を買う政治家を無くさない限り良くなりませんが。

過疎地ほど金(補助金と言う名目)で票を売る人も多いのは確かです。

どちらにしろ今のままでは地方の活性化は夢のまた夢です。

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忘却は罪である(宝島社2面広告) ふたたびウソ言え 2

2017年01月11日 | 歴史問題

1月5日の全国紙の2面両開きの広告、「忘却は罪である」の実物をあらためて見てふたたび向かっ腹がたちました。

左1面に1941、12、8 真珠湾攻撃の写真

右面1面に1945、8、6 広島原爆投下の写真

       忘却は罪である

人間は過ちを犯す。しかし学ぶことができる。世界平和は、人間の宿題である。

誰が犯した過ちか? (恐らく宝島社は両方とも日本人だけの犯した過ちと言いたいのだろう)

真珠湾攻撃をされた、広島に原爆を投下したアメリカは何を学んだのだろうか?

「世界平和は、人間の宿題である」

人類発生以来この宿題は解決できた時があったのだろうか?

宿題とは、解決できる、答えが出るものである。

答えの出せないものは宿題とは言わないのでは?

誰が、こんな広告を宝島社に出させたのだろうか?

上から目線のこんな宿題を出すのなら宝島社がまず率先して回答を出すべきでは?

マスゴミの思い上がりも昨年までにして欲しいと思ったこの紙面でした。

おめでたい年の初めに嫌なものを見せられて、出鼻をくじかれた思いです。


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有識者会議と言うバカらしさ=議会制民主主義を蔑ろにする愚策

2017年01月11日 | 良き日本を蘇らせよう

我が日本国は選挙で民意の代表者を選び、自らの権力の行使を任す、議会制度ではなかったのか?

近年、あまりにも「有識者会議」というものが国の行く末を決定する国会でノサバリ出しているのが気にかかります。

国民は国の運営を国会議員に任せているのです。そのために選挙をして衆参両議院議員を選びお願いしているのです。

国民の劣化に合わせたのか?議員の劣化が進みすぎて国の将来を決定することが出来なくなってしまいました。

そうしたら、どうするか? 優秀と定評のある官僚(公務員)に丸投げしているのです。

公務員という人種は言われたことは真面目にできますが(やらない人もいますが)絶対に責任を取らない職種でもあります。

なら、どうするか? その方面の知識のある有識者と言う人たちを政府の意向に沿って作ってくれそうな学者を中心にした委員会を作って丸投げしているのです。

すべてにわたって国会議員の不勉強が原因と思います。

新大臣に任命された人たちの最初のコメントに現れています。

「初めてのことで、これから勉強します」

ズブの素人でも有力派閥に属して、何期か議員を続けていれば大臣になれるのです。

そんな大臣が大切な法案や方針が立てられますか?

国会議員にふさわしい経験や勉強をしていなくても成れるのが議員や大臣、などと思いたくはないのですが、これが現実なのです。

・・・・・チルドレンなどと言われるブームに乗ったど素人など以ての外ですが現実なのです。

大臣は国民から選挙で選ばれません。天皇陛下から任命されているのです。

その官庁の長として「国の行く末に責任を持って任務にあたれ」と、自覚を持った大臣がどれだけいるのか?

本来は国会議員の中に有識者が存在していたのです。

「良識の府」と言われていた参議院の議員たちです。

今、参議院を本当に「良識の府」と認める国民はどれだけいるのでしょうか?

参議院議員の存在は今や「盲腸」のような存在になってしまって、参議院不要論まで出ています。

デモや買収されたマスゴミに頼るのは本来の民主主義ではありません。

聖徳太子の頃から確立された世界最古の民主主義国家を蘇らせるのは国民の勉強と総意しかありません。

もう一度「十七条憲法」や「五箇条の御誓文」を読み直して見たいと思います。

 

 

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初めて夜明け前のお伊勢さんにお詣りする

2017年01月08日 | 神主(信仰)

昨日(2017年1月7日)午後から病気平癒の祈願をしたお宅へお札と神宮大麻、お守りなどを持って行き、そのまま名神から伊勢自動車道に入って安濃サービスエリアで早い夕食にトンカツ定食を食べて明日の朝食用にオニギリ3個と天ぷらセット(650円)を買って最後の多気パーキングエレアで車中泊をしました。

夕方6時台(暗くなっていましたが)、あまり広くない多気パーキングエレアですがほとんど車はないのでトイレ位に近いところに止めて寝袋(最高級の羽毛シュラフですがスリーシーズン用)を出して潜り込む。

まだ7時、明日の夜明けまで何時間あるか考えないで寝てしまいました。

12時前にやたら車のドアの開け閉めの音がうるさくて目をさます。(ここで初めてトイレの側に止めたことを後悔する)

その後もドンドン車が増えて空きスペースもないぐらい、その上に寒いのかエンジンをかけっ放しの車が多くうるさくて夜明けまで寝てられないので4時に寝袋を畳んでお茶を沸かして昨夜買ったオニギリセットを食べてしまいました。

考えてみたら、7時から4時ですからあの寒い車の中で9時間も寝ていたことになります。(自宅で暖かい布団の中でも6時間ぐらいしか寝ないのに何故こんな永く眠ったのか? 何時もですが)

5時ごろ多気パーキングエレアを出て一路内宮へ、幸い6時ごろで一番近くの駐車場に置くことが出来て暗い中をおかげ横丁を通って宇治橋を渡り暗い中にも多くの参拝者がお参りされていました。

何十回とお伊勢さんにはお参りしていますが日の出前にお参りしたのは生まれて初めてです。

絶対お伊勢参りは「夜明け前」に限ります。お参りして駐車場に戻ったのが7時でヨガ明け始めていました。

その頃はもう近くの駐車場も満杯で並んでいました。タイミングが良かった!

今年は付いていると思ったがその後が悪かった(大したことではないが)

夜明け前のお伊勢さんは最高です。一度は経験される事をお勧めします。

連休のせいか家族(子供達やじいちゃん、ばあちゃんなど一族全員のようなグループや親子)の参拝が多かったよに思います。

この後、故久保憲一宮司の飯高町赤桶の水屋神社にお参りして櫛田川沿いに高見トンネルを通って榛原から杣の川へ雨の中を走る。

どうも体調が悪い! 寒い中で長い間寝たので風邪でも引いたのかと、急いで帰ることにして妻にもメールをしておきました。

ちょうど昼前になったので青葉仁会の経営するハーブクラブによってピザとコーヒーを腹に入れたら体調が戻ったようだ。

朝、4時に握り飯を食ってから飲まず食わずだったのです。単に腹が減っていただけでした。

昨日の午後に家を出てから480キロ、久しぶりでよく走りました。

 

 

 

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「忘却は罪である(宝島)」ウソ言え! 世界が平和であるためには「終わったことは水に流す」

2017年01月06日 | 歴史問題

昨年秋からあまり年寄りがブログで自己主張するのもミットモナイと控えてきました。

もう、我々年寄りの出る幕でもないと自嘲気味になっていました。

残り少ない人生をこの京都北山の山中でゆっくり楽しむのも悪くないと思っていました。

平成28年は世界でも、日本でも大きな変化の兆しの出始めた歳でした。

そして、今年平成29年は変化の始まる年と期待してきました。

昨年の選挙から十八歳まで投票ができるようになり今の若者たちは団塊の世代より日本人としてシッカリしているのを確かめられて安心していました。

これで時間をかければ日本は良い方向に進んでいくのではないかと期待していました。

もう、我々ロートルがとやかく叫ぶ必要はないと安心していましたが

あの「宝島」が「忘却は罪である」というアホな広告を出したと聞いてカチンと来ました。

戦後の一番の罪悪は「悲しみ」や「嘘で固められた日本人の罪悪」をこれでもか、これでもかと毎年繰り返し全国民に無理やり押し付けていることです。

戦後生まれの団塊の世代の孫の時代になってもです。

「忘却は罪である」という考えは支那人や朝鮮人が我が国を攻撃する手段として敗戦時に連合軍の取ってきた手段を真似ているのです。

本当の日本人なら「嫌なことは水に流す」はずです。

「最大の癒しは忘却である」「時が悲しみを癒す」のです。

戦後75年、今生きているほとんどの日本人が関わっていない、それもデッチ上げられた嘘の事柄について反省と謝罪をやらされているのです。

ウソの南京大虐殺、朝鮮人の戦時売春婦、真珠湾攻撃の闇討ち、A級戦犯のデッチ上げ、8月15日の敗戦記念日の大騒ぎ、などなどまだまだあるがいつまで続けるのや!

やらしているのは日本人の心を失った日本のマスゴミなのです。

今年こそ、歴史の事実を掘り起こして、いい加減に自虐史観から抜け出しましょう。

一人でも多くの若い日本人に本当のことを知ってもらいたい。

日本人自身が信じていないものを世界の人々に信じてくれというのは無理なのです。

平成29年こそ本当のことが言える新しい年のスタートにして行きましょう。

そのためにも、もう一度老体に鞭打って(まだ元気ですが)ブログを書き始めます。

ナント!数え歳八十才まで生きてしまいました。

アラタメテ、「明けましておめでとうございます」今年も良い年でありますように。

 

 

 

 

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また1年が終わります。

2016年12月27日 | 健康

もう今年も残り4日だけになりました。

過去を振り返ることは好きではありませんが、今年ほど実り少なかった年はありませんでした。

私の取り柄は日頃の節制の賜物で病気をしないことでした。(ここ20年あまり風邪をひいたことはありません。30年?覚えがありません。風邪気味の時に家庭サウナに入って風邪を飛ばしてしまっているせいかもしれませんが?)

病院嫌い、注射嫌いの言い訳に「病院に行くと病気がうつる」と言って健康診断や予防注射もしていません。(そのおかげで健康に過ごしてきました?)

ところが今年は新年早々、昨年暮れから逃げていた左目の翼状片手術を、秋からは虫歯の治療で毎週歯医者通い(早めに行っておけば治療箇所も少なかったのですが)

やっと先週に入れ歯(1本だけです)を入れてもらい、後の悪い歯は年明け6日からまた通うことになりました。

今年は首から上の病院には通いましたが足腰や内臓はまだ大丈夫と安心していた先週に縁側から下に降りた途端に左のフクラハギに激痛が走りました。

肉離れ、でした。早速、ネットで調べてみました。症状は軽度でしたから3日間安静にして痛みは取れました。歩くときはサポーターをして静かにリハビリを始めてもう今はサポーターも着けていません。

肉離れと肋骨の骨折は医者でも治せませんから適当に自身の治癒力に頼るしかありません。

自身では体力が大幅に衰えたとは自覚していないのですが各部位は劣化して行っているのですね。

年が明けるともう数え歳で次の大台に乗ります。昔では生きていることも不思議な歳になっていたのです。

来年は何を始めようか?など考えるのはこの年でおこがましいが、出来れば春からの草野球、渓流釣り、海釣り、畑つくり、庭造り、車中泊での放浪の旅、など、寒い季節に入った京都北山山中でゆっくり考えます。

 

 

 

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初猟・大鹿が日曜日(11月27日)に檻に入る

2016年12月02日 | 狩猟

11月15日に狩りが解禁になり、冷たい北山時雨の降る日曜日の朝(27日)大きなオスの鹿が奥の畑を囲った檻に入りました。

こんな天気の日には「入って欲しくない」と思っていたのですが、獲物が大きので運ぶのも一人では無理なので早速大阪の助っ人M氏に電話するが「今日は絶対にダメ」とのつれない返事。

仕方がないので明日28日の午後3時からということで助っ人を頼みました。

28日は大阪鶴橋へ行く用事があり3時までに急いで帰り、M氏と1キロほど奥の檻に2輪車のキャリーをひいて行く、囲いの中を走り回る獲物を2発撃って仕留める。

重くって(60キロ以上はあると思う)二人でキャリーにのせるのも一苦労、1キロの帰り道も息がきれる。後期高齢者には辛い仕事です。(最近、やけに弱気になってきました)

何時ものように家の前にぶら下げて解体を始めるがすぐに日が暮れてライトをつけて続けるが雨も降り出しキツイ作業だった。

お互いにしばらくは檻に入らないで欲しい心境です。

しかし、なぜか?忙しい時に限って入るので戦々恐々です。

今の時期の鹿肉は餌を十分に食っているので美味いはずです。

今年も猟期に入ったらイノシシの気配は無くなっています。何とか今年中に1頭は檻に入って欲しいのですが。

近いうちに罠を仕掛けてイノシシを狙ってみます。(足跡も今のところは見つかっていませんが)

獲った獲物を正確に測るために100キロぐらいまで測れる量りを買いたいと思っています。

 

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今日11月15日から狩猟解禁・今期目標は10頭

2016年11月15日 | 狩猟

長らく(9月から)ブログを書くのをサボっていました。

歳のせいか行動すれば机の前に座ることが億劫になり、もともとアウトドア志向ですから天気になれば表に出てウロウロしてしまいいます。

パソコンの前に座ることが少なくなったお陰で今年の秋は日本海(小浜湾)に出かけて海のルアー釣りやワタリガニ釣りを何度も体験できました。

ここ京都北山の住まいから最短距離の海は若狭の小浜か高浜です。距離は80キロほどですが国道162号線(周山街道)は終日ガラガラで夜など自宅に帰るまで10台ほどの車とすれ違うぐらいですから1時間半ぐらいで帰り着きます。

海釣りにチャレンジし始めたキッカケは、私も妻も魚が好きなのですが最近のスーパーの魚の不味いことに閉口しています。

折角料理してくれた煮魚も刺身も昔の味とは程遠く魚嫌いになってしまいそう。

趣味も兼ねて旨い魚を食べたいという願望から冬の間でも海の釣りにチャレンジし始めました。

手近に体験できる海釣りをとサビキ釣りを試み、アジなど釣りましたがエサや単調さにギブアップ。

昔ブラックバスで使っていたルアー釣りの道具で海のルアー釣り、それも岸からの簡単な釣りから始めました。

ルアーもワームを岸壁から落とすだけでアイナメやマゴチが釣れて楽しい時間を過ごすことができます。

当分、ワームを主に岸からの釣りにチャレンジします。釣りは釣れなくてもチャレンジするだけでも楽しめます。釣れたらスーパーに並ばない魚ですが味だけは満足できます。

2人で食べるだけ釣れたら良いので30センチぐらいのものなら1匹で十分です。往復3時間かけて出かけて2〜3時間かけて1匹釣って帰ります。

時々、坊主の時もありますが我が家から若狭湾までの道のドライブも楽しめるのでこれからも楽しみたいと思っています。

そろそろ京都北山も寒くなってきました。今月から薪ストーブも朝夕焚き始めました。

これからは北山時雨も多くなるので家の中にこもる時間が多くなりそうです。

ブログ書きも復活しますので時々見に来てください。

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渓流釣りも終わり、海のルアー釣りにチャレンジ

2016年10月05日 | 釣り

9月末で保津川のアマゴも禁漁になり、最後に二日間釣りに入り、25センチ、20センチと形の良いのをゲットできて満足に竿を収めることができました。

以前からまた始めたいと思っていた海のルアー釣りを始めました。

我が家から最短の海は福井県小浜湾です。162号線を80キロ、約1時間半で着きます。

小浜新港でワームで始めました。30センチのマゴチと25センチのアイナメが釣れました。

今のところは釣れそうな場所探しを中心に釣り場を探っています。

台風18号が通り過ぎたら早速出かけます、夜釣りにもチャレンジしたいと思っています。

この歳になれば誘えば一緒に行ってくれる相棒もいませんから気楽な単独行です。

もともと山登りも一人歩きが好きなので慣れています。一人遊びできる習慣をつけておいて良かったと思っています。好きなときに好きなことをできるということは高齢者の特権だと思うようになりました。

雨の日には30年前のシーバスロッドを引っ張り出して手入れをしたり、リールのラインを引っ張ってみたりして楽しんでいます。

さすがにラインは30年も経つと弱くなっていますね、近い内に釣具屋に新しいラインを買いに行きます。

ついでにフライロッドやリールも出して来春の渓流釣りを楽しみにしています。

先月から新しいパソコンの設定が上手くいかずにメールやブログが送信できませんでしたが今日直してくれましたのこれからは書き込めると思います。(やってみなければわかりませんが?)

 

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パソコンを買い換える マック最大27インチから最小11インチへ

2016年09月07日 | 喜寿からのチャレンジ

ここ数ヶ月パソコンが言う事を聞かず。苦労しました。

最近では4〜5分で画面が真っ黒になってしまい、スイッチを入れ直してはダマシダマシ メールだけでも読んできましたがブログを書く気が起こらなくなってきたので「これはヤバイ」このまま行ったらボケが始まると思い昨日市内の電気屋に行き同じマックでも最小のMacBook Air の最小11インチ版を購入しました。

今まで7年ほど使っていたデスクトップ型のiMacは27インチの大型画面の見やすいパソコンでしたが移動するのに大変でした。

何事もこれからはダウンサイジングの時代になると思うのでこの際パソコンも最大画面から最小画面に切り替えました。

これまでの経験で新しいパソコンになったらまた一からセッテイングしなければならず、以前と同じように使えるようになるまで1週間はかかると覚悟していました。

電気屋ではただ小さくすれば良いと思って買ってきたのですが 今までのものとは全然違ってCDドライブもない(付いてない)ので外付けドライブも買ってきました。

電話線を差し込むところもなくてWi Hi という無線で繋がるシステムになっていてシドロモドロ。

幸い、昨年に娘が来た時に自分が使うためか? Wi-Hi はセットされていました。

ただ使い方がわかりません、ノートに書き込んであったパスワードなどを見ながらパソコンの指示に従ってなんとか繋がりました。(Wi-Hi 器具のある部屋で)

今日になって私の部屋に持ち込むと全く繋がりません。IDやパスワードが間違っているのか?

結局、距離が離れているので届かなかったようで、中間の場所でパソコンを広げる羽目になってしまいました。

私のような後期高齢者はワープロの延長でパソコンを使っている人が多いのでは?

パソコンの原理を理解せずにその都度教えてもらいながら使ってきた者にはちょっと変わったものにぶつかると先へ進めなくなってしまいます。

それでも最近のパソコンは使いやすくなったものです。

何とか使える状態になったので早速今朝の朝野球で撮ってきたデジカメの写真でもと思ったらこのパソコンにはSDカードを入れるところがありません。

市内まで買いに出るのも億劫なのでアマゾンで注文しました。明後日に配達されるということです。

その上最近のパソコンは取扱説明書が付いていないのです。

それに最近は販売している電気屋では修理やメンテナンスができないのですね。

特にマックは全く電気屋では触りもしないで販売しています。全てメーカー任せです。

メーカーも購入して1年は保証してくれますがその後の修理に関しては保証の延長料を価格の2割ほど支払わなければなりません。3年ほどの延長で、故障するのはその後なのですからユーザーにとっては踏んだり蹴ったりです。

メーカーに電話すれば懇切丁寧に長時間でも説明してくれるのですが肝心な電話がつながりにくくて尋ねる気力が無くなってしまいます。

つながれば出来るまで付き合ってくれるのですがボケ老人に近い私のためにこんなに時間を取らせて申し訳ないと思ってしまいます。

行政なども老人対策の一環か?パソコン教室なども良くやっていますがマックの教室は見たことがありません。

シンプルなソフトのマックこそ高齢者には打って付けだと思います。

ここしばらく新しいパソコンとの格闘が続くことと思います。

喜寿を通り越して78歳からのチャレンジが始まります。

新しいパソコンは薄くて、軽くて。申し分ありません。

当分退屈することはないでしょう。せっせとブログを書きます。(パソコンの愚痴ばかりになるかもしれませんが)

この夏は暑くて行動する意欲もなくしましたがこれからはしばらくアウトドアのベストシーズンに入ります。

鉄砲も1丁増やしましたので楽しみです。やりたいことは一杯なのですが体力と資金が続かないのが高齢者の悲しいところです。

 

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