忘備録の泉

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世界の三大宗教からみた「生きる」とは③

2020-08-27 08:23:48 | Library

キリスト教

 

「生きる意味は何ですか」という質問は大切な問いです。
しかし、この問いを考えるためには、まずもって、その前に言わねばならない事があります。
それは「生きることに意味がある」という事実です。
「生きる意味は何か」という問いは「第二の言葉」に過ぎません。
「生きることに意味がある」という第一の言葉がない限り、その意味を問うことはできませんし、問うてはいけないとさえ思います。
なぜならば「生きる意味」を問い、それに答えることができれば生きることができますが、もし答えることができなければ「生きる意味はない」ことになり、ついには「意味がないなら死んだ方がいい」となるからです。
だから、まず「生きることに意味がある」ときちんと言って、その上で、「じゃあその意味は」、「何のために生きるのか」と問うのです。

この順番は極めて不可逆的な事柄でなければなりません。

キリスト教は復活の宗教です。
それは人は永遠のいのちを生きるということであり、生きることが前提となっています。

死をも超えて人は生き続ける。

キリスト教はそれほど強烈に「生きること」を前提としています。
その中で、人は問い、惑い、時に安心するに過ぎません。
イエスは言いました。
「わたしはよみがえりであり、命である。
わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。
 
また、生きていて、わたしを信じる者は、いつまでも死なない」(ヨハネ福音書十一章)。

「生きることに意味がある」。
すべての問いは、この言葉を追い越すことはできません。

このようにキリスト教では「生き続ける」ことが教義の中心です。

(キリスト教牧師の言葉より)

(つづく)


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