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義弘、不利な戦況に挑む (木崎原合戦)2

2009年02月01日 | 歴史
のんびり気軽にさんぽがてら。
戦国時代、九州地方にて目覚ましい活躍をした島津一族。
本日も、その島津氏が大いに躍進する切っ掛けとなった劇的な一戦「木崎原合戦」についてお送り致します。


静岡県伊東市から下向した歴史を持つ、日向伊東氏。
戦国時代にて活躍した「伊東義祐」は紆余曲折の末に当主となった苦労人でしたが、日向国内に”伊東四十八城”と呼ばれる支城を備えるなど、大いに繁栄させていたのでした。

天文十五年(1546)には後の名乗り「三位入道(さんみ・にゅうどう)」のもととなる従三位に叙せられるなど、かなりの勢いがあったようなのです。
(※室町時代、”従三位”は歴代足利将軍ほか数名しか叙せられていない、かなり高位な位です)

さて、日向国は南方「真幸院(まさきいん)」を守備していた北原氏は、色々あって現在は伊東氏の一族でした。
しかし、真幸院にて、豊かな穀倉地帯として知られていた飯野地区を治めていたのは逆に島津氏だったのです。
この飯野地区の奪回を目指し、まず「伊東義祐」が仕掛けたのでした。

元亀三年(1572)
義祐は総大将を一門の武将「伊東加賀守(新次郎)」に任せ、三千という兵力を与えて出陣させました。
なお、この頃の島津氏は版図拡大に成功していた当主「島津貴久」が元亀二年(1571)に没した直後であり、嫡男「島津義久」が継いだばかりでした。
義祐としては、「お手並み拝見」というところだったのでしょう。

またまた余談ですが、実はこの義祐も永禄三年(1560)に家督を次男「伊東義益」に譲っており、一時は隠居の身でした。
しかし、義益は永禄十二年(1569)に病没しており、こちらも再び義祐が当主に復帰したばかりだったのです。
…お互い、色々あったんですね。

小林城を夜半に出陣した伊東勢。
義久の弟「島津義弘(※写真)」が守る「飯野城」をぐるりと迂回して、彼の正室らが住んでいた「加久藤城(※宮崎県えびの市加久藤)」へと向かいました。
この際の守備兵はわずか五十ほどであったと言われております。
伊東勢が率いる三千という兵力は、この地域で相当な数だったと分かるでしょう。

城下を焼き払って攻撃を開始した伊東勢。
緒戦は兵力に勝る伊東勢が優勢に運び、城内へと突入するのでした。
しかし、守備する「川上忠智(かわかみ・ただとも:後に義弘の老中となってます)」らの奮戦もあり、城は容易に落ちなかったのです。

一方、各村々に情報提供者を配置していた「島津義弘」は、実は早くからその進軍を察知しておりました。
「加久藤城」の危機に急遽兵を召集しましたが、集まった兵力は二百程度。
十倍以上の兵力差では、どうしようもありません。

しかし、”数は勝敗に関係ない”と訴えた義弘によって集合した兵たちの心は一つとなり、すぐさま救援に駆けつけるのです

こうして、小勢ながらも果敢に「飯野城」を出陣した島津勢。
ここで義弘は少ない兵をまたさらに三分割とし、
「遠矢(とおや)下総守」は飯野川北岸を先発して「加久藤城」の救援に。
「五代友喜」は白鳥山付近の野間門へ。
そして、義弘率いる主力勢は白鳥山の二八坂を本陣と定めました。

城内へ突入していた伊東勢。
狭い隘路へ誘いこまれたところに激しい抵抗を受け、多大な損害を出していました。
一説によると、地理に疎い伊東勢は間違えて「樺山浄慶」の屋敷を襲撃するなどの失敗もあり、結局は落城させることのできないまま時間を浪費。
結局、朝を迎えております。

⇒ つづく。
  次回は「炸裂、島津得意の釣り野伏せ」(3/3)


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