ようやく冬季五輪終了。評価はこれから明らかになる。
まだパラリンピックがあるが、これはあまり話題になるまい。
なるとすれば韓国が歴史的醜態をさらした時か。
五輪中継も視なかった。関心がある人が視れば好いことだ。
メディアの祭典、商業主義、政治利用、スポーツ利権腐敗
"五輪傭兵"という言葉も生まれた。国籍変更の問題だ。
そもそも冬の無い国では行えない競技ばかり。
これで"世界の祭典"と気取るところにウソがあるような。
スポーツマン精神の前提はウソが無い所だと思う。
負けて悔しいから相手を罵ったり言い訳したりするのはどうか?
自分をさらけ出すという意味でウソはないが誰も感動しない。
これは"夢をかなえる"と"欲望を満たす"の違いだろう。
正々堂々と自己実現するところに感動が生まれる。
プロ・アマ関係無し。野球でもサッカーでも種目は無関係。
メディアのごり押しに乗せられて熱狂するのも悪くはない。
ただ感動がホンモノかどうかは後の幻滅の有無で決まる。
情報化に加え、情報の独占も崩れつつある時代だ。
五輪という世界の関心事で主催国の現実の姿が赤裸々になる。
知名度も上がる一方で悪評も広く深く浸透する。
ウソが通じなくなる世界。とにかく今はウソが多過ぎる。