GetUpEnglish

日常よく使われる英語表現を毎日紹介します。毎日日本時間の午前9時までに更新します。英文執筆・翻訳・構成・管理:上杉隼人

『桐生タイムス』連載「永遠の英語学習者の仕事録」【34】(2024/1/27)

2024-01-28 00:58:56 | 桐生タイムス
天皇皇后両陛下と愛子さまの歌を英訳する

 令和6年1月19日、皇居で新年恒例の「歌会始の儀」が行われた。今年のお題は「和」。
 今月の「永遠の英語学習者の仕事録」は、天皇皇后両陛下とご長女愛子さまが詠まれた和歌を英語にしてみたい。
 最初にお断りしておく。「歌会始の儀」で詠まれた和歌にはすべて宮内庁による英訳が付いている。よって、わたしの英訳は正解ではないし、そもそも英詩になっていない。だが、「和」をテーマに天皇皇后両陛下とご長女愛子さまが詠まれた歌の魅力を読者の皆さんと英語を通して分かちあいたく、おそれながらわたしの英訳を示し、訳出にあたって工夫したことをお話ししようと思う。[今回も訳出した英語は信頼厚き英語便(www.eigobin.com)に念入りに見てもらったし、貴重なアドバイスも賜った]
★    ★    ★
「をちこちの旅路に会へる人びとの笑顔を見れば心和みぬ」

 天皇陛下は47都道府県すべて、皇后さまはオンライン2県を含めて45都道府県と、天皇皇后両陛下は全国ほぼすべての都道府県を訪ねられた。天皇陛下は訪問先で温かく迎えられたことをうれしく思い、この歌を詠まれたという。
宮内庁の英訳は以下の通り。

Seeing the smiles of the people 
 I meet during my many journeys 
 Throughout the country 
 Fills my heart with peace

 非常にコンパクトでわかりやすく訳されているし、英詩として見事に機能している。
 その上で、英詩の体系を崩して、「あちらこちら」を意味する古語「をちこち」の響きを印象的に表現したい、「心和みぬ」の天皇陛下のやさしい笑顔が思い浮かぶ「まろやかな感じ」を出してみたいと考えれば、次のような英語にできるだろうか。 

Seeing beautiful smiles during my journeys here and there comforts and warms my heart.

「をちこち」の「ち」の繰り返しはhere and thereでうまく再現できる。以下、赤字は太字。
 天皇陛下が感じられた温かなお気持ちは、動詞comfort(~を慰める、元気づける、楽にする)あるいはwarm(~を暖める、暖かくする)を使って、それぞれcomfort my heartwarm my heartと表現できる。だが、「心和みぬ」のまろやかさは英語のcomfortとwarmのどちらのニュアンスも併せ持っているように思える。ひとつ問題は、英語のcomfortとwarmはよく似た表現であり、たとえばcomforts warmlyなどとどちらかを副詞にして一緒に使うと何か不自然になってしまうことだ。それでもできればcomfortもwarmも使ってみたい。さてどうしたものか。
 いろいろ考えて、comforts and warms my heartとどちらも動詞として使うことにした。これによってはからずも詩的な響きをもたらすことができた。
★    ★    ★
 皇后さまは以下の歌を詠まれた。

「広島をはじめて訪(と)ひて平和への深き念(おも)ひを吾子(あこ)は綴れり」

 発表された英訳は以下の通り。

How moved I was to read
 My daughter's deep feelings for peace
 After her first visit
 To Hiroshima

 この歌の背景には、ご長女の愛子さまが中学3年生の修学旅行で初めて広島を訪ねられ、原爆ドームや広島平和記念資料館の展示などをご覧になって平和の大切さを肌で感じられ、その時のご経験と思いを中学校(学習院女子中等科)の卒業文集の作文につづられたこと、そして両陛下が愛子さまのその文章を感慨深くご覧になったことがある。皇后さまはその時のお気持ちを込めてこの歌を詠まれたという。
上の英訳がすばらしく、わたしの英訳を出すのは気が引けるのだが、平和を願う愛子さまのお気持ちを大切に受け止め、愛子さまのご成長を頼もしく感じつつも、ご自身も同じように平和への願いを強められている皇后さまのお気持ちをさりげなく出すとすれば、こんな英語にできるだろうか。

In the wake of her first visit to Hiroshima, my daughter emphatically pens her profound yearning for peace.

 In the wake of... は「~に引き続いて」であるが、「~の結果として」という意味も表現できるので、「初めて広島に訪れたことで」→「平和を願うお気持ちを強くされた」の流れが自然に表現できる。
 penは「~をペン(筆)で書く」の意味。「羽」(feather)を意味のラテン語から来ている歴史を感じさせる言い方だから、古語のニュアンスが再現できる。
 emphaticallyは「力強く、強調して」。この副詞で愛子さまの「平和を願うお気持ちの強さ」を(離れたところから)頼もしく感じられている皇后さまのお気持ちが「客観的に」表現できると思う。宮内庁訳のHow moved I was to read(心を動かされて読んだ)の感じがどうにか示せるのではないだろうか。
★    ★    ★
 愛子さまは学業を優先され、宮殿・松の間にはお越しにならなかったが、今年のお題である「和」にそって寄せられたお歌が詠みあげられた。

「幾年(いくとせ)の難き時代を乗り越えて和歌のことばは我に響きぬ」

 発表された英訳は、以下のとおり。

Surviving centuries of hardship
 The words of Waka poems
 Touch my heart today

 これも見事な英詩になっている。
 もし「幾年の難き時代」をもう少し古い言い方に、「響きぬ」を詩的な言い方に、「和歌」を英語ではっきりわかるようにするとすれば、次のように表現できると思う。

Through a millennium of trials and tribulations, the verses of ancient Japanese poetry finally find their echo within my heart.

 trials and tribulationsは「苦難、辛苦」の意味で使われる。“t”の頭韻(alliteration)によって詩的な言い方になる。
 キャッチフレーズ的な言い方find echo within my heartがここではしっくりする。echoは普通は「数えられる名詞」として使われ、ここでは主語versesが複数であるからechoも複数を示す言い方にしなければならない。もちろんechoesとすることはできるが、their echoとすることで「長くきびしい時代を乗り越えて、愛子さまの耳についに届いた、和歌の持つ、『ひとつの共通した』力強い響き」が表現にできるのではないだろうか。
 言うまでもないことだが、愛子さまの「幾年の難き時代を乗り越えて和歌のことばは我に響きぬ」のほうがずっと美しいし、「皆さんで苦難を乗り越えましょう」というお気持ちが強く感じられる。

上杉隼人(うえすぎはやと)
編集者、翻訳者(英日、日英)、英文ライター・インタビュアー、英語・翻訳講師。桐生高校卒業、早稲田大学教育学部英語英文学科卒業、同専攻科(現在の大学院の前身)修了。訳書にマーク・トウェーン『ハックルベリー・フィンの冒険』(上・下、講談社)、ジョリー・フレミング『「普通」ってなんなのかな 自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方』(文芸春秋)など多数(日英翻訳をあわせて90冊以上)。2023年後半最大の話題書の1冊を訳了し、次の大作を鋭意翻訳中。

Comment    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« A VEIIL OF... | TOP | VALIDITY »
最新の画像もっと見る

post a comment

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

Recent Entries | 桐生タイムス