悠歩の管理人室

歩くことは、道具を使わずにできるので好きだ。ゆったりと、迷いながら、心ときめかせ、私の前に広がる道を歩いていきたい

わが人生は不毛なり

2021-09-29 19:45:58 | 雑記

山崎豊子の『不毛地帯』文庫版第1巻の中ほど、主人公が25年の刑に処せられた。
作中人物の行動とはいえ、その身の処し方は、自分にはたぶんダメであろうことばかり。
あんな風に生きるべきとは思うが、恐怖が先に立ち、右へなれすると思うと恥ずかしい。
この後読み進めるのが辛くなった。

   


紫蘇畑

2021-09-28 18:14:51 | 食べ物

わが家の庭は雑草だらけであるが今は青じそがはびこっている。
この夏、紫蘇ジュースを3回作った。叔母にも届けた。
叔母からは、しその実をもらいたいと言われていたが、最近入院してしまった。
コロナの影響で面会もできない。昨日、しその実の佃煮を作ったが届けられない。
もし面会できるとすれば、危篤になったときだろう。残念な時代になってしまった。
母も昨年5月、前日まで面会不可のまま死んでしまった。
医療の最先端(一角)はとんでもなく進んでいるが、近親者の死に目にも会えない。
こんな医療は、どこか歪んでいると思う。

   


残飯整理

2021-09-25 17:51:45 | 食べ物

ご飯を中途半端に残すと面倒なことになる。内心では捨ててしまえばよいと思いながら、
「もったいない」という意思も無視できず、何とか工夫して対応しなければならない。
「冷たいご飯のレシピ」と入力し、検索した結果を参考にして、夕飯を作ることにした。
最近筋力の低下を実感している。筋肉量は1年に1%ずつ減少するという。
何とかしなければと思いながら、だらだらと過ごしている。
スポーツジムに通う決心がつかないのは、金の使い方を知らないからだろうと思う。


   


アメリカ

2021-09-23 18:13:38 | 雑記

録画しておいた「タワーリング・インフェルノ」を見た。
アメリカは傲慢に民主主義の大看板を掲げて他国を屈従させようとするが、
自浄能力もあることを時に垣間見せてくれる変な国であると感じている。
健康的というには、ちょっと留保をつけておきたい気持ちもある。
ちょっとした場面であるが、ろうの家族が描かれ、子が母親の手話を通訳していた。
ごく自然な場面であった。
ろう者に限らず、障害者がごく自然に登場する場面を見ることができる。
国際障害者年であったかと思ったが、数年前の制作である。

   


あくび指南のようで

2021-09-20 20:37:44 | ウォーキング

昨日も歩けたのに、今日も「億劫で、億劫で・・・」あくびがでそう!
コロナの禍だ。
私だけではない。
コロナを恐れ、「不要不急」で脅かされ、家に閉じこもる生活が続く。
動かない生活が「新日常だって!」へん!ちゃんちゃらおかしい!
国は、もっとまともなメッセージが出せないものか!

気力を振り絞って歩いた。

   


紙とWeb

2021-09-18 20:20:04 | ウォーキング

ウォーキングライフ誌を見ると、地の文はかなり「ウォ」で統一されるようになった。
Web上では、JWA、JVAともに不徹底の感が否めない。
やはり、校正に対する思い入れは紙媒体の方が優れているように感じる。
朝日新聞、NHKともに、2014年にウオーキングをウォーキングに変えたようだ。
朝日新聞はこの記事
NHKはこの記事
約7年前に両者とも、社会的慣例に押される形で表記を改めている。

日本歩け歩け協会は、2000年6月に「日本ウオーキング協会」と改称した。
現畑会長に変わってから、固有名詞以外の部分が「ウォーキング」に変わった。
ウオーキングが肌に合わなかったのだろう。おぉっ、いいなと思って見ていたが、
表記の変更にはいまだ触れられてないのが残念だ。

JWAは、朝日新聞と深いかかわりがあった。会名変更の際、朝日新聞はウオであった。
固有名詞は変更が面倒だ。法人格を持ったことも関係する。
全国の県協会に送った旗も「ウオーキング」となっている。変更には金がかかる。
それは良いのだが、表記変更の意思表示だけは早くしてほしい。
全国の関係者がたぶん困っていると思う。

   


なつかしい声

2021-09-15 18:11:51 | ウォーキング

先月喜寿になったという、私は「先月71歳になりました」と伝えた。
各地の大会で何度も顔を合わせた「オッパーさん」、古河にも何度も来てくれた。
知人の広島の女性、若くして土砂崩れで亡くなった。ニュースで聞き、携帯につなげ
ると呼び出していたという。2014年8月20日、もう7年もたった。
私は、同年の指宿で彼女に会い、親しく言葉を交わしたことが思い出されると伝えた。
その映像は、写真には撮らなかったが、はっきりと記憶にとどめている。
コロナの終息に期待を持ちたいこの時期、早くおさまってどこかで会いたいですねと
伝えた。