【映画がはねたら、都バスに乗って】

映画が終わったら都バスにゆられ、2人で交わすたわいのないお喋り。それがささやかな贅沢ってもんです。(文責:ジョー)

「闇の子供たち」:石原一丁目バス停付近の会話

2008-08-13 | ★門33系統(豊海水産埠頭~亀戸駅)

ここの花は、戦災に遭った多くの人たちにたむけるためにあるそうよ。
いまは平和な日本だけど、昔は子どもたちもたくさん犠牲になったんだよな。
いまだって世界には、戦争じゃなくても愚かなおとなたちの犠牲になる子どもたちがたくさんいるわ。
たとえば、タイの子どもたちとか?
そう。おとなの買春の犠牲になったり、臓器移植の犠牲になったり・・・。目をそむけたくなるような無残な一生をおくっている。
それを、ジャーナリスティックな視線から捕らえた劇映画が、阪本順治監督の「闇の子供たち」。
大げさじゃなく、後頭部をガツンとなぐられたような衝撃作よね。
発展途上国の子どもたちの悲惨な事実を描いた外国映画というのは、ときどき出てくるけど、こういう問題を真正面から捕らえた日本映画が現われるとは予想もしなかった。
硬派の阪本順治だから、情緒に流れることなく、事実をそのままゴロンと投げ出し、しかも劇映画としても一級品として破綻することなく成立している。
タイの幼い子どもたちが、演技とは思えないような痛々しい姿で現われるとそれだけで身震いせざるを得ない。
貧しい農村で生まれ、人身売買で都会に売られ、おとなの相手をさせられ、あげくの果て、ゴミのように捨てられる。
文字通り、生きたまま、ゴミ収集車に投げこまれるんだもんなあ。信じられないよ。
子役たちの大きな黒い瞳が、憂いに満ちた不安気な目つきで、私たちに何かを切々と訴えてくるのよね。この現実を見よ、この現実を見よ、と。まるで、彼ら彼女たち自身が実際、そういう目に遭ったことがあるんじゃないか、と思えるような、漆黒の目つきで・・・。
彼ら彼女たちを救うために奔走するのが、江口洋介扮する新聞記者と宮崎あおい扮するNGO団体の日本人なんだけど、じゃあ、タイ人が悪者で日本人が正義の味方かというと、そんな単純なことではない。
タイの子どもたちの臓器が生きたまま、移植に利用されるんだけど、その移植される相手が日本人の子どもなのよね。
もちろん、日本人の親は自分の子どもを救いたい一心なんだから、その事実を無神経に非難することはできない。
でも、宮崎あおいは単純に非難しちゃう。
だから、NGOは世間知らずなんだよなあ、って、ついつい思っちゃった。
そうかしら。ああいう彼女の青っぽい正義感が、一方では世の中を変えていくんだっていうエピソードもあって、一概に責められない気がしたけど。
でも、思いこんだら周囲が見えないっていう正義感は、日本でいえばかつての連合赤軍につながるよううな危険性もはらんでいる。
そうね。頭でっかちにならず、世界の大きさにもっと目を凝らせ、ってことね。
いや、ほんと、この映画自体、世界の大きさに目を凝らさざるを得ないような、厳粛な気持ちにさせられる。
問題を一方的に告発するというより、もっとこういう現実の本質を考えてほしいっていう、冷静なメッセージが感じとれるもんね。
これは、他国で起きているできごとではなく、日本にも大いに関係があるできごとなんだってこと。
そして、世界は、もはや単純に善と悪に色分けできないってこと。
映画の中では、その象徴が実は江口洋介だったという、身が引き裂かれるような展開。
あの驚愕の展開も胸にグサリときたけど、実際、ああいうことが起こり得る複雑怪奇な世界に生きているのよね、私たちは。
あれで、一気に映画の密度が濃くなる。「どついたるねん」から始まった阪本順治のフィルモグラフィもついに頂点に達した。
同時に、日本映画もとうとう、ここまで世界の在りようを捕らえることができるような高みに達したかという、いままでに感じたことがないような感慨に襲われちゃった。
ついでにいえば、ラストに流れる歌声。こんなところで、あの大物歌手を起用するか、っていうこれまた予想外の展開。阪本順治の映画感性、ここに極まれり!
犠牲者になった子どもたちには花をたむけつつ、これがまだ現在進行中の事件だってことを私たちは銘記すべきよね。
お、お前もずいぶんまともなこと、言うようになったなあ。
こういうまともな映画を観るとね。



この記事、まあまあかなと思ったら、クリックをお願いします。



ふたりが乗ったのは、都バス<門33系統>
豊海水産埠頭⇒月島警察署前⇒新島橋⇒勝どき三丁目⇒勝どき駅前⇒月島三丁目⇒月島駅前⇒越中島⇒門前仲町⇒深川一丁目⇒深川二丁目⇒平野一丁目⇒清澄庭園前⇒清澄白河駅前⇒高橋⇒森下駅前⇒千歳三丁目⇒緑一丁目⇒都営両国駅前⇒石原一丁目⇒本所一丁目⇒東駒形一丁目⇒吾妻橋一丁目⇒本所吾妻橋⇒業平橋⇒押上⇒十間橋⇒柳島⇒福神橋⇒亀戸四丁目⇒亀戸駅前