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とうたすかかか

2019-03-09 10:53:00 | 日記
公立福生病院(東京都福生市)で有った 腎臓病 患者の女性の死。

このニュースを聞いた時、胸の詰まる思いがしました。



入院中の妻から夫へのラインです。

15日に
「何時来るの?」と11時と13時に。
その後に夫は病院を訪れた。

妻は末期の腎臓病で、皆で話し合って人工透析はしない方針でした。
これは死を待つ事になります。

ところが、、、
「(透析中止を)撤回したいな」と

夫は
「私から医者に頼んでみる」と

その後に夫は帰宅しようとしたのですが、、、
急に腹が痛みだした。
胃に穴が開いたのです。

急遽、同じ病院で手術を受ける事になった。
医者には妻の透析をしてくださいと頼み胃潰瘍の手術を、、、

その翌日、、、16日の朝
妻からのラインの最後の文言が
「とうたすかかか」

とう→父さん(常にこう呼ぶ)
たすかかか→助けて

こう読み取れるんです。
「か」を三回押すと「け」になります

妻からの最後のラインが届いた時は、夫も術後の翌朝。
夫が気が付いた時には、もう妻は亡くなっていた。

これを悲しい運命だったでは片付けられない。

現在の医学では助からない病気は色々とあります。
そう言う患者に対して、最後まで治療を続ける事には色々な意見があります。

また、患者にもそれぞれの考えがあり、何れが正しいのかなんて誰にも言えません。

病気でなくても高齢者の多くは
「何も解らんと生き続けるくらいなら死んだ方がましだ。」
こんな事を言います。

しかし、、、年齢を重ね、その時が近づくと、考えに変化が見られます。
それはごく自然なことで、決して責められることでは有りません。

また、何かの重い病気の最中でも、当然変化はあります。

その変化を正しく考えることが出来なくなった結果だと、医者や家族が判断する場合が有るんです。

私は助からないのだから、もう治療は受けずに静かに死を待つ。
そう言っても、痛みや恐怖で「助けて‼」と叫ぶ、、、。

それをどう捉えるか・・・・

病院や医者によっては、その判断の傾向がハッキリしている場合があります。

病院や医者の判断傾向と自分の考えが一致していれば良いが、逆の場合は患者や家族にとり納得出来ない。

今回問題になっている公立福生病院は、どうも治療を続けない傾向が強い。

それが夫の依頼(頼み)を無視した原因なら、かなり犯罪に近い。

遺言等の場合は後の方が、本人の意思となら有効となります。 しかし、亡くなる直前に優しく介護をしてくれた人に全財産を譲ると、以前に言っていた事と違う場合があり裁判沙汰になったりします。

これは亡くなった人のお金の問題で、納得できなければ裁判と言う解決方法が残されています。

でも、患者の場合は死の問題で。後で裁判なんて方法ではどうにもなりません。

これは絶対に患者の意思が最優先です。
例え、それが正常な判断が出来ないと時だったとしても。
それにより、患者に余分な苦しみを与える事と成っても、患者の意思に従うべきです。

そうすれば、、、少なくとも残された家族の後悔や悲しみは無くなります。

治療をせずに運命を受け入れるのは、最後までその意思を貫く場合に限ります。

1分、1秒でも長く生きようとするのは尊い事です。
周りの人は、それに無条件で協力するべきです。


「とうたすかかか」と
これが最後の叫びです。


その時の気持ちを思うと、、、

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