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理研の常識とは? 川合理事の発言に疑問が

2014-05-14 01:42:57 | ブログ

理研は小保方さんの再審査を拒否しました。

その記者会見で、理研の川合理事は「定められた規定に従って判断しているので、誰が委員であっても同じ判断です」とのニュアンスのコメントがありました。

私はコメントの「誰が委員であっても同じ判断です」に疑問が浮かびました。裁判官は定められた規定に従って判決を出しています。裁判官によって、判決が異なります。公正選挙の違憲/合憲は多くの地方裁判所で裁判が行われましたが、裁判所によって判断が異なりました。

誰が委員になるかによって判断結果が異なるので、委員会に誰を入れるかを争うこともよくあることです。原発の再開の公聴会に一般住民を装って電力会社の社員が参加して原発再開の意見を言ったことが大きな問題になりました。有識者懇談会も、最初から政府の意図した方向で報告書をまとめてくれる”有識者”を選んでいるように思います。

大津の虐めを調査する第三者委員会に、遺族側から尾木ママなど何人かを加えて欲しいと要望があったのも、委員によって結果が変わるとの思いからだったと思います。

川合理事の発言は、「定められた規定に従って判断しているので、(理研の)誰が委員であっても同じ判断です」と言いたかったのかもしれません。

いろいろな人がいる、いろいろな意見がある社会が良いのだと思います。異論を受け容れない社会は逆に恐ろしいように思います。

米国に2年いて帰国しました。帰国後、子供が学校に行き驚いて言いました。「クラス皆の髪の毛が黒い」。日本の学校にはまだまだ海外の子供は少ないです。子供にとっては、米国のクラスの子供の髪の毛の色が様々が当たり前だと思っていたようです。即ち、同じ色が当たり前でないと写ったようでした。

国際交流では異文化を理解する、異なった考え方を受け容れることが重要とよく言われます。出発点が違うように思います。異文化を受け容れるのではなく異文化が前提になるのではないでしょうか。異文化の中、どのようにお互いが協力して行けるかを考えて行くことなのだと思います。

同じ組織の中だけだと、どうしても組織を守ることを優先します。小保方さんの再審査して、万が一違う結果が出ると理研の最初の審査自体を問題視される可能性があります。そのために第三者が入り、客観性を保つことが重要になるのだと思います。

理研は小保方さんだけでなく、他の研究者の研究報告に不正があったのではないかとの外部の指摘に対して、不正がなかったと報告しました。内部だけの調査であるだけに本当だろうかとの疑問がわきました。小保方さんが悪い、他は理研も含めて悪くないとのシナリオに沿った結果のように感じてしまうのは私だけでしょうか?今後、どうなるのかわかりませんが、理研の処分が小保方さんだけでなく、共著の責任者には責任者としての処分、並びに管理責任としての理研自身の処分が同じレベルであって欲しいと願います。トカゲのしっぽきりで終わらないで欲しいと思います。

大切なことは、過去は今に生かすためにあります。そして、今をどうより良くしていくか。理研も小保方さんも良い方向が見いだせるとよいのですが。