クリンの広場

たまっこくりんのおもいのたけ

高知土産のおすすめ「銘菓・土佐日記」~クリン家ドライブ四国旅行・37

2017-03-29 | 旅行記

 高知県をさいごに、クリン一家は たま(東京都多摩市)に

かえりました

 四国旅のおわりに、クリンたちが買ったおみやげ、

それは、めいか(銘菓)「土佐日記」です 

 

 「土佐日記」というと、平安時代の歌人・きのつらゆき(紀貫之)が、

女性のふりを

して書いた、

日本で初めての、かな文字日記  

 その内容は、国司(地方官)として おとずれていた

土佐から、

京にもどるまでの

55日間の旅のきろく(記録)であり、

土佐のことを紹介した

さいしょの文けん(献)

として、

 文学史的にも、高知県的にも、スペシャルないみ(意味)をもつ、

古典・・

だそうです

 

昭和29年から売り出された

めいか(銘菓)「土佐日記」は、

 わとじ(和綴じ)の日記ちょう(帳)をもした・はこが、

まず、ステキ

そして、

その うら表紙には、

 土佐の地で、かえらぬ人となってしまった・娘への、つらく、

かなしい、

つらゆき(紀貫之)の心が、

さくらの花の中に 

よまれていて、

とんでもなく・ゆうび(優美)です


 「みやこへと 思ふをもののかなしきは かえらぬ人の あればなりけり 」

(泣ける・・)

 

 おかし(菓子)そのものは、ぎゅうひ(求肥)で

こしあんを包み、

つぶつぶの

「寒梅粉」をまぶした

一口もちがし(餅菓子)で、

 やわらかく、いにしえの 京のみやび(雅)

つうじる、

上品な 甘さ・・


「芋けんぴだと、ちょっと~・・」

という

 目上の方への おみやげに ぴったりな、「おもたせレベル」の

高知めいか(銘菓)です





(いちおう、これで 四国旅日記は、おわりにします クリンより)




 

 

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高知土産のおすすめ・塩けんぴと文旦~クリン家ドライブ四国旅行・36

2017-03-28 | 旅行記

 高知県・「ひろめ市場」の 一角に、

高々とつみあげられてた、芋けんぴ 

 それはクリンたちも大好きな、昔ながらの茶がし(菓子)です。

 

 本場のメーカー「南国製菓」の、しお(塩)けんぴは、

イモと、

さとう(砂糖)と、

油で作られる、

いつもの芋けんぴに、

しお(塩)が 

まぶされているだけなのに・・

 クリンたちの芋けんぴかん(観)を くつがえすほどの

甘辛美味で、

家ぞく全員、

手が 

とまりませんでした


 1月にお父さんが亡くなって、ショックでやせた

チットの体じゅう(重)を、

一気に

もとにもどしたのは

この、

しお(塩)けんぴ でした


 「よかったねチットちゃん。」「・・よかったんだろうか



また、

何かと

おひさまのめぐみが

ほうふ(豊富)な、高知県。

 春先でしたら、ブンタン(文旦)とかも、買いです

 東京で、1つ・500円とかで売られている・ブンタンが、

ひとつ100円

だったりすると、

くやしまぎれに

買い占めないでは いられない。。


 四国は、やっぱり・かんきつ(柑橘)のほうこ(宝庫)でした





(その37、「高知土産のおすすめ『土佐日記』」に、つづく)




 

 

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ひろめ市場でかつおのたたき~クリン家ドライブ四国旅行・35

2017-03-28 | 旅行記

 高知じょう(城)のすぐ近くに、「ひろめ市場」という、地元料理が食べられる、

くだけたフードコートが あります 

 かん(観)光客は、ここに行けば まちがいない

きいたので、

クリンたち、行きました

 いろいろ・おいしそうです

 が ここで、たのむのは、カツオのたたき

「これを食べんと、かえれんきね」  気合入ります

 クリンたちは、市場内の「明神丸」っていうお店で、

おにいさんが、わら(藁)で やいてくれた

 作りたてのたたきを 食べました

(・・・

 つ・つくりたて・・

 (うまい~!!

「いつも食べてるのと、ぜんぜんちがうよ

 ←こっちは、もうひとつの・高知のでんとう(伝統)食文化、

くじらのさしみ

 

地元の人たちも たくさんいて、

 老若男女が、せいだい(盛大)に おさしみを 食べまくっていました

 

 

(お宿に かえってから・・)


 「いや~、焼きたてが あんなに美味しいなんてね余韻だけで

お酒がのめるわ」(チット)

「そ、そんなのいつ買ったのよ 「昼間の道の駅

 「クリンも食べればいいじゃん。道の駅で買ってた『にんじん芋の干し芋』

とかいうやつ。」(チット)


 (た・たしかに、ホシイモですら、タタキのよいん(余韻)でおいしく食べれる・・



現地のタタキは、

すばらしかったです




(その36、「高知土産のおすすめ・塩けんぴ」に つづく)


 

 

 

 

 

 

 


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ぼうしパンのリンベル~クリン家ドライブ四国旅行・33

2017-03-27 | 旅行記

 アイスクリンとならぶ、高知県の 二大おやつ

 それは、「ぼうしパン」とよばれる、かし(菓子)パンです

 

1955年、

高知のベーカリー「永野旭堂」が

ドーム型パンに

カステラ生地をかけて

 このパンを つくりました

県民は、

これを「ぼうしパン」とよんで

あいしている

らしい。

 高知では、どのベーカリーにもおいてあるそうですが、

クリンたちが今

食べているのは、

はっしょう(発祥)メーカーの直営店、

「リンベル」のものです(1個130円)


 ステキなイートインスペースで、アイスカフェオレとともに

いただく

甘いぼうし(帽子)は かわいくて

 ついつい・あたまに のせてみたくなります



おにいちゃんも、

 それ、かぶってみようかな~


「ぜったいやめてっ 「なんで~?」





(その35、「ひろめ市場のカツオのたたき」に、つづく)




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高知銘菓「かんざし」と、はりまやばし~クリン家ドライブ四国旅行・33

2017-03-26 | 旅行記

  南国土佐を~ あ~とに~し~て~

高知市内に入ってから、

おにいちゃんが

 ペギーはやま(葉山)っていう人の歌を、口ずさみはじめました


 この歌の中には、「よさこい節」という、

ご当地みんよう(民謡)が

ふくまれていて、

そのいっせつ(一節)、

 「土佐の高知の はりまやばしで~、坊さん、かんざし買うを見た~

で、

全国に

その名を知られる

はりまやばし(播磨屋橋)に、

 クリンたちも、行ってみることにしました


(・・・あれかな?) 


 高知市でもっとも・交通りょう(量)の多い、交差点に、

はりまやばしは、ありました 

 平成になってから、オリジナルをふくげん(復元)した、

という

赤い、小さなはし(橋)は、

 いくつかのモニュメントと、人口水ろ(路)で川をさいげん(再現)した、

「はりまや橋公園」として、

かん(観)光客向けに、せいび(整備)されていました

 「あっ、あったよ よさこいぶし


きいたところ、

この歌には、

ばく(幕)に 高知でおきた、

「男女の恋愛秘話

かくされているという・・。


 それは、こんなお話です


江戸時代

おしまいのころのこと、、


この土佐の

竹林寺、っていうお寺に、

「慶全」という 

若いお坊さんがいたそうです


 彼は、寺に出入りしていた、17さいの美少女・お馬に ひとめぼれ


彼女の気をひくため、

 はりまやばしの小間物屋で、プレゼント用のかんざしを こっそり買いました

 

 しかし 美少女・お馬は、「純信」という、

別のお坊さんと

仲良くなってしまった

ことから、

「慶全」は しつれん(失恋)・・

 しっと(嫉妬)のあまり、「純信のやつが、女にかんざしを買ってた

あいつは、破戒僧だ!

いやらしいやつめ。」


うそを

言いふらしてしまったのです


 町中に知れわたったスキャンダルは、人々の好奇の的

となり、

「純信」と「お馬」は

思いあまって

かけおち・・

 でも、すぐに見つかって、二人そろって 引き出され、

じょう(城)下

3ヶ所で

さらしものに されてしまう・・。


 という、昼ドラ系の、ざんこく(残酷)ストーリー

でした。


 仏道に生きてきた・37さい(歳)のお坊さんに とっても、


たかん(多感)な17さい(歳)

にとっても、

これは

身のおきどころのない、おしおき(仕置き)

であり、

まさに

生きはじ(恥)・・・



 二人は、その後 別れて、のち、それぞれ 

別の人と結ばれた 

そうです。。


 じゅんしん(純信)は、だいぶあとまで お馬を忘れられなかった

みたいですが、

お馬のほうは・・

昔の恋人を 

かえりみることは

なかったらしい。。


 それでも 彼と彼女の若い日の、苦い恋のきおく(記憶)

は、

人々のあわれを 

さそい、

「よさこい節」に歌われ

今では、めいか(銘菓)にも、なってます 

 浜幸ってお店が出している、「かんざし」っていう おかし(菓子)で

有名です

 

それは、

 ゆずの風味が香る、しろあん(白餡)の入った ホイルやき

表面には

「かんざし模様」・・

やさしくて、なつかしい、むし(蒸し)ケーキ 

 しかも お馬の「かんざし」をイメージした、

かんざし型の、すももあめが ついてきて、


 若い・お馬の、かれん(可憐)さ をも伝える

実に

すてきな

おかし(菓子)なのです





(その34、「ぼうしパンのリンベル」に、つづく)



















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高知城で見つけた、いごっそうたち~クリン家ドライブ四国旅行・32

2017-03-25 | 旅行記

 高知のまちの、いちばん目立つところにたっている、

高知じょう(城)

 

こちらは、

 本丸のたてものが、ほとんど・げんそん(現存)する、

全国でもゆいいつのおしろ(城)


ってことで、

もちろん、

中は見どころまんさい(満載)

わけですが・・


 おしろの正門(追手門)のよこ、おほりの手前には、

もっと 必見の、

 高知名物があるそうなので、クリンたち 行ってみました

 机といすを出して、なにやら あつまっている、

おじさんたち (ねっしんに何か見てます


しょうぎだ


 これが、この場所で 半世紀以上つづいているという、

高知の風物し(詩)・「青空将棋」

って

やつだそうです

 

(たのしそう~




(その33、「高知銘菓・かんざしと、はりまや橋」に、つづく)




 

 

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土佐のいごっそう・板垣退助~クリン家ドライブ四国旅行・31

2017-03-25 | 旅行記

 がんこ・いってつ(頑固一徹)で、我がつよく、でも!

すじ(筋)は通す

土佐の男たち

 それは、「いごっそう」と呼ばれ、坂本りょうま(龍馬)

浜口おさち(雄幸)、吉田茂 などなど・・

 郷土のいじん(偉人)に、代表されています

 そんな、「いごっそう」たちの気しつ(質)が 時代のニーズとマッチして、

思いっきり・花開いたのが、明治初期

 「自由民権運動」の時代です

 (←高知市立・自由民権記念館にて

 

「自由民権運動」

とは、

明治政府のやり方が 

キライな人たちが はじめた、

反政府うんどう(運動)で、

 武力にうったえたりは しないけど、マスメディアの力をくし(駆使)して、

政府のダメさかげんを

国民に宣伝する

気長にして、

せんりゃく(戦略)的な、

「組織的・言論活動」

ことだそうです


(※れきしにくわしいチットにききました)


 政府にとっては、あばれてくれないぶん、いちもうだじん(一網打尽)に

しにくいから

やっかいで

「自由」とか「民権」とかを

唱えながら、

明治政府のわる(悪)口を言いまくる

「民権派」に、

だいぶ、キリキリさせられた

らしい・・


 そんな、自由民けん(権)うんどうを 引っぱっていたリーダーが、

土佐のいごっそう、

いたがきたいすけ(板垣退助)

です


 板垣たいすけは、はじめ、軍人で、しかも明治政府の人間でしたが、

方針のちがいから

政府をやめ、

 故郷にかえるやいなや 大々的に「反政府攻撃」を、はじめました


はげしく だんあつ(弾圧)されたり

時に

かいじゅう(懐柔)されたり

しながらも、

 「政府は独走しちゃダメだ 国民の声を聞け

つよく 言いつづけ、

1881年、

「わかった、、じゃあ国会開くよ。。」

政府に 約束させるにおよび

 その人気は、ぜっちょう(絶頂)を むかえます

 「板垣死すとも、自由は死せず」と言ったとして、拍手かっさい(喝采)されたのも、

このころ


 しかし・・、そんな板垣の人生も、このあと・逆風に

さらされます


 国会が開かれるまでに、10年もまたされたため

その間、

「民権運動」は 

世代交代がおこり

彼がつくった自由党も、

若い人が 言うことをきかなくなったり

事件をおこしたり

 内部ほうかい(崩壊)をきたして、手に負えなくなったのです・・


さらに、

明治政府が しかけてきた工作に

まんまとひっかかるなど、

板垣は いくつかの「判断ミス」を

おかすとともに、

 その、人を容れない「いごっそう」的性格が わざわいし

一気に求心力を

低下させてしまった

らしい・・。


 もはや、大臣などのようしょく(要職)についても、

「・・・

 あの人、もう、カリスマ性ないよね。」

みんなから

かげ口を たたかれる始末。。


やがて、

 自由党が、てき(敵)方の「伊藤博文」の手におちるに および、

政界から

いんたい(引退)しました。。


 そんな、「民権運動」に いろいろ失敗しちゃった

板垣たいすけですが、

 政界からしりぞいた後は、かえって、かつて「民権の闘士」と

たたえられていたころの

ような、

いさぎよい・生きざまであったらしいです 

 「維新の精神に反する」といって、しゃくい(爵位)を返上し

それを

かぞく(華族)たちにも呼びかけて、

本当の「四民平等」や

社会改良をめざして、

地道な活どう(動)に

その身と ざいさん(財産)を

投じていたようなのです


 83さいで、亡くなったとき、小さなそうしき(葬式)しか出せない

「資産状況」だったことで、

かつての仲間をおどろかせた

という

話をきいて、、


 「細面だから、イメージは違うけど・・

やっぱり板垣退助も

『いごっそう』なんだなあ~」


と、


うちのチットが なっとくしていました





(その32、「高知城で見つけた、いごっそうたち」に、つづく)



























 

 

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野中婉という女~クリン家ドライブ四国旅行・30

2017-03-23 | 旅行記

 「山内一豊の妻」とならんで、高知女性を もうひとり。

 

のなかえん(かんじ:野中婉)

という人について

ちょっとふれておきたい、

と 思います。。


 (大原富枝「婉という女」より

 

野中えん(婉)

江戸初期に 実在した 

高知女性で、


 そのお父さんは、土佐はん(藩)のじゅうちん(重鎮)だった、

野中けんざん(兼山)

という、有名人

 

 はん(藩)主の血を引き、学者としても、政治家としても

ゆうしゅう(優秀)な

けんざん(兼山)は、

当時、

はん(藩)の先頭に立って、

「改革」を

バリバリ・こなしていました


 ところが・・ これがまた、「いごっそう」そのものと 言っていい、

がんこな性格で

周りのいけん(意見)をきかず

強引に

改革をすすめてしまった 

結果、、

 みんなから にくまれて、けんざん(兼山)は

しまいに「幽閉」されて

しまいま


 野中えん(婉)は、この時、家ぞくといっしょに

「幽閉」された、

けんざん(兼山)の

四女です

 えん(婉)は、この時4才でしたが、

父が失きゃく(脚)してから、

以後 40年以上

外に出ることを、

ゆるされませんでした・・ 

 

 父・けんざん(兼山)は、「幽閉」後、すぐに

死んでしまいましたが

土佐はん(藩)は 

いぞく(遺族)をゆるさず、

 「兼山の血を引く男子が 全員死に絶えるまで、

野中一家は 全員外に出るな

命じたのです


 とじこめられた・野中一家は、存在をタブーし(視)され

不自由な生活を 

しいられ、

世間とかくぜつ(隔絶)すること

数十年・・


 その間、「幽閉」された家の中では、けんざん(兼山)の 長男が病死 

次男が狂死 

三男が病死 

四男は自殺

五男は?で、

六男が自殺

さらに、

とついでいた・長女も送られきて、死亡・・

 

という、

 世にもおそろしい・生きじごく(地獄)が くり広げられました

 さいごまで生きていた・けんざん(兼山)の四男が

1703年に自殺して、

女だけになったところで、

野中一家は 

やっと

かいほう(解放)されます。。


が、

 生きて出られたのは、3人の娘たち、80代の母、

そして、

60代の乳母だけ。。


 えん(婉)はそのとき、44さい(歳)に なっていました・・


 「大罪人の娘」として、ふつうに生きることを

きん(禁)じられ、

外界にふれずに 育ち、

けっこん(結婚)も ゆるされず、、


 せまい家の中で 兄弟たちが「非業の死」をとげる・・

そんなさまを

見つづけてきた・えんは、

 弱りきった・母をささえて、ざしき(座敷)牢から 出てきた時、

いったい、

何を 思ったろう・・?


 たぶん、「うれしい」ってかんじでは なかったんじゃないかな・・?


そうぞう(想像)なんて

できないけど、


 クリンは そう 思います。


 えん(婉)はその後、がんばって医者になり、残り少ない後半生を

人のために

つくしたそうです(えらすぎ



小説では、

このえん(婉)

「幽閉」中、

ゆいいつ・交流をもっていた

谷じんざん(秦山)

という男性に、

恋心をよせるさまが 描かれます


 えん(婉)たちは、外出も、外界との交流も、

きん(禁)じられて

いましたが、


けんざん(兼山)の弟子として

野中一家を 気にかけつづけた

谷じんざん(秦山)

とだけ、

 年に一度、学問上のしつもん(質問)と、詩のやりとりにかぎり

手紙を送りあうことを

ゆるされました。


 会ったことはないけれど、自分たちに同じょう(情)をよせ、

長く見捨てずに

つきあってくれる、

きょうよう(教養)のある

青年武士


それだけで

えん(婉)があこがれて

むねを こがすのは

とうぜん(当然)のこと


作者の大原さんは、

そう思って

このお話を 書いたのでしょう。


 谷じんざん(秦山)は、まさに えん(婉)のきぼう(希望)で、

生きる支え

だったにちがいない


クリンだって

そう思います。


でも・・

 小説でも じっさいでも、えん(婉)は・・

 

じんざんとも、

だれとも、

むすばれることは ありませんでした。。



・・・・・


なんて、むくわれなくて、


なんて、かなしい女の人生なのでしょう「アンギャ~!!







(その31、「土佐のいごっそう・板垣退助」に、つづく)




















 

 

 

 

 

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山内一豊の妻と高知女性~クリン家ドライブ四国旅行・29

2017-03-23 | 旅行記

 司馬さん(かんじ:司馬遼太郎)により 生み出された、

ばく(幕)末のヒーロー・坂本りょうま(龍馬) 

 同じく、司馬さんが書いた・小説「功名が辻」により、

あらためて

広く

にんしき(認識)されたのが、

 やまうち・かつとよ(山内一豊)のつま(妻)です(昔は「やまのうちかずとよ」って言ってました)


 「山内一豊の妻」の夫、である、「山内一豊」とは、

 「 織田家の家中にあって、数にもならぬ貧乏くさい者」

でしたが、

 「 日本史の代表的賢婦人といわれるようになる」

千代と

けっこん(結婚)してから

みるみる出世し

「高知城の主となった、戦国ぶしょう(武将)


しかし

「内助の功」をした・つま(妻)のほうが 有名になってしまい

かつとよの人生は

だいたい、

「妻のついで」に 語られます・・


 (さらに、前土佐国主・長宗我部元親の人気の影にかくれています


さて・・

 夫より有名な、つま(妻)・千代は、何をして

そんなに有名になったのか

というと、

 夫を目立たせるために、へそくりをはたいて、名馬を買わせたり

 関が原で、いえやす(徳川家康)しょうり(勝利)の糸口をつけるのに

一役かったり、

 夫に手柄を立てさせるため あれこれ・おぜんだて(お膳立て)した、

頭がよくて

こうどう(行動)力のある

女性だった。


とのこと


 そんな千代の「内助の功」は、

高知めいか(銘菓)「開運小判」

となって

県民にうけつがれ・・

 さらに、そのきしつ(気質)は、高知女性のきしつ(気質)として

みゃくみゃくと

今に 

うけつがれているらしい。。


 げんざい、「高知の女性」といえば、

気風がよくて

はたらきもの

 「いごっそう」(頑固な高知男性)たちの たづな(手綱)をしめる、

ゆうのう(有能)さをも

もちあわせている

と 

言われます


 「内閣府」のしらべでは、「就業率管理職率起業率」、

どれをとっても、

高知女性は

全国ナンバーワン (テレビでやってました)

 実に たのもしい、しょうさん(賞賛)されるべき・女たち


なのに・・、

 「・・・私、高知に生まれなくてよかった~。

頑固な夫を手なずけながら

バリバリ働く、なんて

できないわ。。

なにしろ私、

専業主婦になるのが 夢だから


うちのチットは 言いました。



・・・・・



ク・・・

クリンも、いかどうぶん(以下同文)ですが 





(その30、「野中婉という女」に、つづく)















 

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坂本龍馬生誕地~クリン家ドライブ四国旅行・28

2017-03-22 | 旅行記

 よそう(予想)より、はるかに「龍馬おし」でなかった、

桂浜。

 それに、わ(輪)をかけて、高知市内は 

りょうま・りょうま

していません。。

 「坂本龍馬生誕地」も、

 個人びょういん(上町病院)のとなりに ひっそり

あったりして、

 うっかりすると、見おとしかねない、地味さかげん・・。

 そこは大通りに面しているから まだいいのですが、

「坂本龍馬記念館」などは、その一本うらの道で、

 しずかに うんえい(運営)されていたので、クリンたち、

いがいでした。

 「地元の人たちって、私と同じくらい 龍馬に興味ないんじゃ・・?」(←といいながら、くわしいチット)



それにくらべると・・


 高知じょう(城)は、大きな

けんい(権威)が ありそうです





(その29、「高知城と、山内一豊の妻」に、つづく)

 

 

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海津見神社で良縁祈願♪~クリン家ドライブ四国旅行・27

2017-03-21 | 旅行記

 あの、赤い建物は 何だろう?」

 桂浜で、太平洋の波と たわむれていた クリンたちは、

ふと

 「竜王岬」のとったん(突端)に、お堂のようなものを

見つけました。

 「行ってみよう

 お堂方面から歩いてきた人に、きいてみると、

 この「竜宮橋」をわたった・向こうは、「竜王宮」という、

 海の神さまをまつった、神いき(域)らしい

海上安全とともに、「良縁祈願」もうたっている、

ということです

 

「うおおお~~りょうえん・きがんーー(ダダダ・・

 

 ごりやく(利益)をこの手につかむため、かけあがった

かいだん(階段)の

上には、

 わたつみ(海津見)神社、と記された、小さな

ほこらが

ありました

 

 「ゆづ~」  (ガランガラン・・

 

 桂浜の海辺で見つけた、五色石と思われる、

キレイな石が

はめこまれた・台の上に

立つ、

 えんぎ(縁起)も何も わからない、小さなほこら・・

 しかしながら ここには、さんさんと注ぐ・たいよう(太陽)があり、

ビュウビュウ吹きつける・海風があり

 

 みなぎる・パワー みたいなやつが、かんじられます(けっこう・まんぞく)

 

「走ったら、あつくなっちゃったね~」

 下におりて、何か冷たいものでも買おうか と

話していた

クリンたちの目の前に、、

 とびこんできたのは、「アイスクリン」の文字

「愛すクリンってこと さっそく・きっちょう(吉兆)です

 (わたつみ神社の、予言か何かかも・・

 

高知名物・アイスクリン。

それは、

アイスクリームというより、

ミルクセーキのシャーベット

ってかんじの

「氷菓」で、


ほんのり・ゆず風味・・

 まるで、あいするゆづ(かんじ:羽生結弦選手)の

スケートぐつが

けずる

リンクの氷のような

さわやかな味が、しました


 ってなかんじで、恋する乙女・クリンが そこ知れぬ・幸せ

に 

ひたっていた

その時・・

 目の前にある、おみやげ屋さんの 2かい(階)に、

 「とさいぬ(土佐犬)パーク」という アミューズメントしせつ(施設)を 

発見した

ミニクリンが、

 うれしそうに、こう、告げてきました


「あの土佐犬の鼻、

 クリンちゃんの鼻に そっくりだね


 (←恋する乙女の鼻・接写




          





 


(その28、「坂本竜馬生誕地」につづく)











 

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桂浜・坂本龍馬撮影スポット~クリン家ドライブ四国旅行・26

2017-03-20 | 旅行記

 高知県きってのけいしょう(景勝)地といえば、

「坂本龍馬」ぞう(像)が立つ、桂浜です 

 まずは、クリンたちも、りょうまに会いに、

ぞう(像)のあるところまで

行きます


      (・・・あれか。) 

    (え・・・

  (・・・ええっ


 「ええええーーーー


(お、おもってたより、 ぜんぜん、デカい

 (かおなんて、下からじゃ、見えません。

 「竜馬像って、桂浜の砂地に立っているのかと思ってた。」 「クリンも・・」

「じっさい来てみないと、わからないね~。」

 古くは、月の名所として、名をはせた かつら(桂)浜

 りょうま・うんぬんを はぶいても、十分おとずれる

かち(価値)のある、

すばらしい、けいかん(景観)です 

 みさき(岬)とみさき(岬)の間に広がる、浜と松林・・

そして、太平洋・・ 

 そこには、五色石 と呼ばれる石が、波に洗われて、

キラキラ・きらめいています 

 赤・白・くろ・みどり・グレー (拾うといいことがあるらしい。)


 浜辺からは、りょうま(龍馬像)も、見えないし

「龍馬記念館」も、丘の上にひっそりあって、目立ちません・・

 思ったよりも、「龍馬・龍馬」してない・桂浜に、

クリンたちは

こころ・洗われました


・・・・・


まっこと、


 海は、ひろいのう~~ 


 しかし 「龍馬に会いたくて、桂浜に来たのに、

これじゃ、満足できない

おっしゃる方には、

いいところがあるので、おしえます 

 「桂浜駐車場」うらにある、「龍馬の店」に

行ってみてください

 店とう(頭)に、ちょうどいいサイズの、りょうまが

います


こういうかんじで、シャシンをとると・・

 とっても、まんぞくできると思います




(その27、「海津見神社で良縁祈願」につづく)














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松山から高知へ下道で車移動~クリン家ドライブ四国旅行・25

2017-03-19 | 旅行記

 (さようなら、松山。。いい思い出を ありがとうね

 四国3県をめぐった クリンたちは、さいごのひとつ、

高知県へと 車を走らせました 

「高知」といえば、「四万十川」「坂本龍馬」「カツオと太平洋」

ですが、

 東京から車で走りつづけてきた おにいちゃんのかぜが

ぶり返してきたので、

 四万十川と、あしずり(足摺)岬をふくむ、左下のエリアは、

今回 

カットすることに

しました (だんちょうの思い

 「冬の川べりと岬は、寒すぎるよ・・。また今度、夏に来よう。」

 そう話し合って、高知市内を めざしたのでした

 さて、松山~高知市内へは、高速と下道の時間さ(差)

そんなにないというので、

 せつやく(節約)ファミリー・クリン家は、まよわず

下道をえらびます

 (途中、けっこういい道の駅があったりしますし

 けんさく(検索)すると、「国道33号で行け」と出てきますが、

これが なかなかの山道らしく、

2月早朝だと

ろめん(路面)が凍っているおそれが

あるので、

 そんなに山道を 通らなくていい、地元民おすすめの

コースを行くことにしました

それは、

 まず、国道11号で、いったん高松方面に向かい

西条から194号を南下

伊野で、33号にのる

というものです。

 この道は、ず~っと、川沿いに車をすべらせるから

わかりやすく、

 キラキラした・けいこく(渓谷)を横目に いどう(移動)する

ドライブルートは、

たいへん、たのしいものでした 

 きれいな川だなあ~。」

 菜の花も、ところどころに咲いていて、

クリンたち、ほのぼのしたものです 


 うちのゲンサイのじょうほう(情報)によると、「仁淀川の水質は日本一

で、

 夏は、カヌーやラフティングなど、川くだりしたい人が、

全国から あつまるらしい



みやおとみこ(宮尾登美子)作品の 

ファンである

うちのチットは、

 とみこ先生の自伝に出てくる によどがわ(仁淀川)の流れを

はじめて 目の前にして、

いたく

かんどう(感動)していました





(その26、「桂浜・坂本龍馬像撮影スポット」に、つづく)







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労研饅頭と醤油餅~クリン家ドライブ四国旅行・24

2017-03-18 | 旅行記

 (明日は、高知へ・・) 

 クリン一行が 松山を去る日、松山市中心部の「大街道」という

商店がい(街)で、

 インパクトある、オレンジ色のかん(看)板を 

目にしました


『労研饅頭』だって~」「なんだろうね?」


 気になりながらも、定休日でシャッターが おりていたため、

なんとなく

そのまま 通りすぎてしまいました


しかし

 旅行からかえってきてから しらべたら、それは、昭和初めからある

れきし(歴史)ある

「蒸しパン」で、

 夜学生たちの、安価なエネルギーげん(源)、および「学資確保」目的で

つくられた、

社会改良せいしん(精神)あふれる

マントウである

わかりました


 (←今治名物「焼豚玉子飯」)

 (玉子の裏は、肉ぎっしり)


労研って、『労働科学研究所』の略ね。

 大原孫三郎の肝いりだって

 ああ~、買いたかった~~労研饅頭。。」

 「大原美術館」をあいする、チットが くやしがりました。


ろうけんまんとうは

冷凍宅配してもらえるけれど、

食べるときに

むしなおさないといけない・・

クリンたち、

 オリジナルを食べたことがないから、「蒸し加減」が

わかりません。。


 昔ながらのせい(製)法に もとづいた、

日もちのしない

現地の名物、「労研饅頭」・・ 

 (・・これは、もう一度、松山に買いに行かなければ

ならないのだろうか


クリンは、松山出身のお友だちに、

きいてみました


すると・・・


労研饅頭は蒸しパン風のそぼくでなつかしい味がするんだよ。

松山のお菓子もいろいろあるけど、

松山のひとたちのソウルフードなら

醤油餅かな~。」


という、

へんか(変化)球が

かえってきたのです


・・・・・


   (しょうゆもち・・) 


 それは昔、松山の町の横丁ごとにあった、小さなお店でつくられていた

地元に根づく 庶民のおかし(菓子)・・。 

 たづなコンニャクみたいな形をした、じょうちょ(情緒)いっぱいの

郷土がし(菓子)で

あるらしい・・。


  (・・・し、知らなかった。。)



・・・

 観光客の私たちって、結局メジャーどころしか

 見えてないんだよね~

 ローカル情報も、おさえるべきだね。

 労研饅頭といい、醤油餅といい・・」(チット)


あれっ

 これ、坊ちゃん団子の大きいのかと思ったら、「しょうゆ餅」って書いてない

『梅ヶしょうゆ餅』だって~。

『梅ヶ枝餅』と間違えてた

なになに・・、

『愛媛の特産しょうゆ餅を、坊ちゃん団子風にアレンジしました』

だって。


まぎらわしーー


クリン

一番下のその茶色は しょうゆ餅では」(チット)

 「えっ

「ぜんぜん、いしきしないで 食べちゃった


・・・・・


これはやはり、、


 2つのおかしを買いに、松山を さいほう(再訪)しなければ

ならないのでは

 




(その25「松山から高知へ車移動」につづく)
















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銘菓「坂の上の雲」と、晩年の秋山真之~クリン家ドライブ四国旅行・23

2017-03-17 | 旅行記

 松山が生んだ、俳人・正岡しき(子規)

彼と、中学時代交流があった、秋山さねゆき(真之)は、

 その兄・秋山よしふる(好古)とならび、軍人として、郷土がほこる、

えいゆう(英雄)

だそうです

 れきし(歴史)小説家の、司馬りょうたろう(遼太郎)が、

 この兄弟と、しき(子規)を通じて、

明治日本の

いちそくめん(一側面)を

描いたという

『坂の上の雲』

 それは、NHKドラマで 多くのファンを かくとく(獲得)し

松山の町に、

あらたな・歴史ロマンと、 ついでに、「銘菓」もつくり出しました


その「銘菓」とは、

 その名も、ズバリ 「坂の上の雲」で

 

 さねゆき(真之)や、しき(子規)が かけあがった

という、

しろやま(城山)へとつづく坂。 

 その上にうかぶ・くも(雲)は、明治日本という

青年国家が、

つかもうとして

手をのばした

「近代的理想像」を さしている・・。


 司馬さんのタイトルのいみ(意味)は、そんなところだそうです。

 そのくも(雲)を かたどったという、いよかん入りの

洋風まんじゅうは、

中身も白あん(餡)と、

 白さにこだわった、にゅうか(乳菓)でした


 (←松山市中心部の、秋山兄弟生誕地にて)

秋山真之って、日露戦争での活躍から一転、晩年は宗教に

のめりこんだことで、

評価がガタ落ち

して

しばらく、忘れられた人になって

いたんだけどね・・

『そうなったのは、戦争の惨禍を見すぎたせいなんじゃないか?』

って

真之の息子が書いたエッセー、読んだわ。」


 と、れきし(歴史)にくわしい・チットが言いました。


・・・・・


けっきょく、

 明治の青年は、追い求めた「坂の上の雲」を つかむことができなかった・・

いうことらしい。。


 しかし そのくも(雲)は今、おかし(菓子)となって、

平成のクリンたちの手に、

しっかり

つかまれています




(その24、「労研饅頭としょうゆ餅」につづく)






 

 

 

 

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