現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

ポール・ベルナ「首なし馬」

2024-03-06 17:02:13 | 参考文献

 1955年発行のフランスの児童文学の古典です。
 戦後しばらくして(おそらく1950年前後)のフランスの下町を舞台に、首なし馬(馬の形をした大型三輪車だが、首も取れてガラクタ扱いだった物)で、坂を猛スピードで下る遊びを中心にして団結している10人の少年少女のお話です。
 ひょんなことから、列車強盗団の1億フランの隠し場所を知ることになった彼らは、犯人逮捕に大きく貢献します。
 この作品の一番すぐれている点は、列車強盗団の逮捕というミステリーの部分(エンターテインメント)と、子どもたちの遊びを中心にした生活(自分たちでお金を稼いで、時には煙草を吸ったりもします)をいきいきと描いた部分(リアリズム)が、無理なく有機的につながっていることです(遊びの中で犯人逮捕のきっかけをつかみます)。
 ご存じのように、フランスは第二次世界大戦中はナチスに侵略されて悲惨な状況でした。
 そこからの復興期には、貧しく荒廃しているところも残っていますが、みんなが生き生きとエネルギッシュに生きていました。
 大人たちは生活するのに精いっぱいで、子どもたちに干渉する暇はありません。
 子どもたちは、戦争後のベビーブームで、町にはたくさん溢れていました。
 このような状況では、子どもたちだけの社会が、今では全く想像できないほど大きなものでした。
 もちろん、当時からいじめもありましたが、子どもたちの社会が、今のような水平構造(同学年で輪切りにされています)ではなく、垂直構造(小学一年から六年、時には中学生も一緒に遊んでいました)であったために、自然と年長の子たちは年少の子たちを面倒を見るようになり、そこには自治と呼んでも差し支えないような世界があって、その中でいじめなどの問題も、多くは大人の手を借りることなく解決していました。
 このような作品を、今リアリズムの手法で描いても、全くリアリティを持たないでしょう(ファンタジーの手法を用いれば、ハリー・ポッターの魔法学校ような独自の世界を描けますが)。
 現在では、子どもたちの世界は、家庭、学校、塾、スポーツクラブなどの習い事など、大人たちによって支配され、搾取され、細分化されているからです。
 こうした子どもたちだけの世界が崩壊したのは、決して最近の事ではありません。
 私はこの本が出版される前年の1954年生まれですが、私が幼少のころ(小学校低学年ぐらい)まではこうした子どもたちだけの世界はありましたが、私が年長(小学校高学年)になるころ(ちょうど東京オリンピックが終わった後です)には、私の育った東京の下町ではすでに崩壊していました。
 子ども数の減少や、塾や習い事などの教育ブームなどがその背景にはあります。
 日本が高度成長期に差し掛かって、大人たちにゆとりができて、子どもたち(それまでは少なくとも四、五人いた子どもたちが、各家庭に二、三人になっていて、一人っ子も珍しくなくなっていました)に干渉するようになったからです。
 おそらく、地域によっては、もう少し長い間、子どもたちだけの世界はあったかもしれません。
 しかし、農村や漁村では、長い間、子どもたちは労働力としてみなされていましたから、東京の下町のような自由に遊ぶ時間はずっと少なかっただろうと思われます。
 ところで、私はこの作品を小学校低学年のころに初めて読んだのですが、その本は講談社版少年少女世界文学全集の第29巻で1961年2月の発行です。
 わずか5、6年前にフランスで出版された話題作がすぐに日本でも読めたわけですから、日本の児童書の出版状況は今よりもはるかに健全だったのでしょう。
 そこに載っていたのは紙数の関係(一巻に複数の作品を掲載するため)で抄訳でしたので、犯人逮捕の部分はややあっけなかったように記憶しています(今回全訳で読んで、初めてその部分はすっきり納得できました)が、子どもたちの遊びや生活の部分はほとんどカットがなく、私が子どもの時に魅了されたのはこちらの方でした。
 特に、日本と違って男の子も女の子も一緒に遊び、主人公のフェルナンに、仲良しのマリオン(犯人逮捕の時に大活躍する犬使い(町中の犬たちと友だちで、口笛一つで何十匹も呼び集めることができます)の少女)が別れ際にほっぺにキスをするのを、ドキドキしながら読んだ記憶があります。
 ちなみに、この作品は、1963年にディズニーで実写映画化されて日本でも封切られたので、私も見た記憶があります。


首なし馬 (偕成社文庫)
クリエーター情報なし
偕成社



 




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