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すれ違いのダイアリーズ

2016年06月08日 | 洋画(16年)
 『すれ違いのダイアリーズ』を新宿シネマカリテで見ました。

(1)久しぶりのタイ映画ということで映画館に行ってみました。

 本作(注1)の初めの方では、ある小学校の校庭で、青年ソーン(注2)が子どもと鉄棒をしていると、校長が「それは子どもの道具。上がって来なさい」と言います。
 そして、校長は、ソーンの履歴書に添えられている写真(ソーンがレスリングをしています)を見ながら、「体育教師の空きはない。しかし、…」と告げます。

 次の場面では、若い女性教師のエーイ(注3)が、校長に、「私のタトゥーを見ただけで、私を悪い教師だと決めつけている」と文句を言います。
 校長は、「タトゥーを消さないのなら、水上学校に転任だ」とエーイに告げます。

 更に場面が変わって、ソーンはバスに乗っていますし、エーイは車で悪路を進んでいます。
 どうやら、ソーンとエーイは、別の時期(ソーンは2012年、エーイは2011年)に同じ水上学校に向かっているようです。

 ソーンは、ダム湖に到着したバスの運転手から「ここが終点。ここからはボートだ」と言われ、ボートに乗ります。
 また、エーイは、もう一人の若い女性のジージーと一緒にボートに乗っていますが、船頭に「携帯は繋がる?」と尋ねると、船頭は「晴れた日は繋がる。でも年に数日しか晴れない」と答えます。

 水上学校に着いたソーンは、誰もいない教室で授業の練習をしますが、黒板の上部枠の上に置かれていた日記を見つけます。



 これは、ソーンの前任者のエーイが1年前の5月16日から書いていた日記で、どうやら彼女はそこに置き忘れていってしまったようです。
 次の場面では、エーイが、日記の第1ページに「追放の第1日 こんなド田舎…」と書き込んでいます。



 ソーンがこの日記を読んで、書き手のエーイに想いを寄せて、ということで物語は展開していきますが、さあどうなることでしょう、………?

 本作は、『ブンミおじさんの森』(2011年)以来のタイ映画ですが、同作がファンタジー性の濃い作品なのに対して、ラブストーリー物です。山奥の湖に浮かぶ水上学校を巡って、前任の女性教師と後任の男性教師とが日記を通じて気持ちが通じあって、…というよくありそうな感じのお話。2つの実話が元になっているとされますが、二人の俳優のみずみずしい演技によって、なかなか清々しい作品に仕上がっているなと思いました。

(2)本作は、2012年のソーンの物語と2011年のエーイの物語が同時進行的に交互に描き出されていて、初めのうちは見ていて混乱しましたが、慣れてくるとこうした描き方もありだなと思えてきて、一体どこらあたりで2つが合体するのか興味が湧いてきます。
 こうした描き方になるのは、ソーンがまったくの新人教師で、赴任先の学校も水上学校ということで特殊なために、前任者の経験を知ることが酷く大切なことになってくるからでしょう。
 そんなことが、本作のように2つの時点の出来事を交互に描くことによって、スムースに観客に伝わってきます。
 それに、ソーンが、会ったことのないエーンに次第に想いを寄せるようになるという次第も、エーンの姿を具体的に画面に映し出すことで、観客には説得力を増すように思われます。

 それにしても、スポーツだけが取り柄のソーンの学力の貧しさは相当なものです。
 なにしろ、前任のエーンが生徒のチョーンに出した算数の問題(注4)を解こうとしたら間違ってしまうのですから!
 いくら山奥の水上学校の先生だからといって、これではどうしようもありません。

 でも、台風に襲われた日の頑張り具合や、算数の問題文に登場する汽車を知らない子供達に対して彼のしたこと(注5)などを見れば、観客の方ではそんな彼を許してしまいます。 
 それに、ソーンは、もう一度学校に戻って教職課程を勉強し直した上で戻ってこようとしてもいるのですから!
 なによりも、そんなソーンでなかったら、前任者の書いた日記を熱心に読んだりしなかったでしょう!

 そして、エーイの婚約者のヌイもそれほど悪い男とは思えないとはいえ(注6)、見ているうちに、やっぱりソーンを応援してしまい、うまくエーイと一緒になればと願ってしまうようになります。

 本作にように、書いたものを通して想いを寄せ合うというストーリーの映画はこれまでにも作られていますが、最近のもので思い浮かぶものとしては、『親愛なるきみへ』でしょうか。
 ただ、同作は、アメリカ軍の軍人であるジョンチャニング・テイタム)と、資産家の娘であるサヴァナアマンダ・サイフリッド)が手紙のやり取りを通じて遠距離恋愛を展開するというものですが、本作と違って、ジョンとサヴァナとは初めから顔見知りなのです。
 本作のように、全く会ったこともない者同士が思いを寄せ合うという展開の作品はそれほど見かけないような気がします(注7)。

 なお、本作のような山奥の水上学校を描くとなると、常識的には、喧騒の都会にある大きな学校に通う生徒が送る非人間的な生活と、こうした学校に行く生徒の人間性溢れる生活とが対比されがちですが、確かに本作では、この水上学校の生徒たちの生き生きとした様子が描かれているとしても、都会の学校の酷い有様といったものは殆ど描かれていないために(注8)、ありがちな社会派的な視点からは脱しているように思われます(注9)。



(3)藤原帰一氏は、「この「すれ違いのダイアリーズ」は、ロマンティックコメディーの王道を行く作品です。男優は失敗を繰り返すけど飛び切りのハンサム、女優は美しいけれど自然なメークで美しすぎないなんてところには女性観客が集まることを期待した跡も見えますね。最後は二人がめぐりあうに決まっているわけですが(笑)、お定まりの結末に向けた映画の展開が巧みなので見ていて飽きません」と述べています。
 金原由佳氏は、「監督の力点は教育より恋のすれ違いに置かれ、先輩教師のエーンが抗っている学校の効率主義の描写が薄いのが残念。とはいえ、物語の甘さは水上小学校の幻想的なランドスケープが収拾する。鮮明なラストシーンは見る人全ての心に心地よい風を吹かせるだろう」と述べています。



(注1)監督・脚本は、ニティワット・タラトーン
 原題はタイ語で「キトゥン・ウィッタヤー」(劇場用パンフレットによれば、「恋しい学校」または「懐かしい学校」の意味)。英題は「The Teacher’s Diary」。

(注2)スクリット・ウィセートケーオ。ニックネームがビー。

(注3)チャーマーン・ブンヤサック。ニックネームがブローイ。

(注4)チョーンは、エーンが教えているときは小学5年生位だと思われますが、エーンは、日本とは違って1次方程式を使ってチョーンに問題を説明しています。

(注5)ボートを汽車に、湖面に浮かぶ水上学校を客車に、船着場を駅に見立て、湖の上をボートで水上学校を引っ張って、問題文を生徒に実感させようとします(実際に汽車を見たことがない子供達は、このようにしても何を意味しているのかよくわからないでしょうが、少なくともソーンの熱意は伝わることでしょう)。

(注6)エーイとヌイは結婚寸前のところまで行きますが、そこにヌイの子を宿した女が現れたため、エーイはヌイの元を去り、再び水上学校に戻ります(2013年)。ですがヌイは、春休みに水上学校に現れ、エーイに心から謝罪するのです。さて、どうなるのでしょうか、………?

(注7)本文の(3)で触れた藤原帰一氏は、『桃色の店』(1940年)とか『めぐり逢えたら』(1993年)、『ユー・ガット・メール』(1998年)を挙げています。
 なお、公式サイトの「作品情報」には、「これは2つの実話から生まれた物語。実在する水上学校の話と日記を読んで恋をした男性の話が元になっている」と述べられています。
 そして後者については、更に監督が、「プロデューサーの友人のある男性が職場を変わった時、自分に新しく充てがわれた机の中に、知らない女性の日記を見つけた、そしてその日記を読んでしまった、そうしたらとても感動してしまい、彼女を探し出して連絡を取った、そして最終的にその2人は結婚をしたという話」とインタビューで述べています。

(注8)とはいえ、ヌイが副校長をしている都会の学校で浮力を教える際に、エーイは、生徒を実際にプールに入れて体が軽くなることを実感させます。これを見た校長は、「プールで事故があったらどうするのか、普通の方法で子どもは理解する」と言い、ヌイを使ってエーイの授業のやり方を禁じます。こんなことが積み重なって、エーイはヌイと理解し得ないと思うようになります。

(注9)日本でも、一時、受験戦争に明け暮れる全日制の生徒の暗い目つきに対して、勉強することの熱意にあふれた夜間校の生徒の目の輝き、といったいかにも的な構図を持ったドラマが流行ったことがあったのではないでしょうか?



★★★★☆☆



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2 コメント

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Unknown (atts1964)
2016-10-19 09:41:59
タイ映画で、こんなに爽やかなラブコメが作れるのには驚きでした。水上学校というタイならではのシチュエーションの活かし方と、1年という時間差をうまく活かし、画面の切り替えをしてあたかも同じ時間軸にいるように撮っている。
それをダイアリーという事でつないでいる。
ラストは、会えることが読めるんですが、最後の最後まで焦らされましたね(^^)
こちらからもTBお願いします。
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Unknown (クマネズミ)
2016-10-19 20:42:10
「atts1964」さん、TB&コメントをありがとうございます。
おっしゃるように、「こんなに爽やかなラブコメが作れる」のであれば、タイ映画では、日本に紹介されないだけで、こうした映画が他にもかなり制作されているのではないか、と思えてしまいます。
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