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甘き人生

2017年08月02日 | 洋画(17年)
 イタリア映画『甘き人生』を渋谷のユーロスペースで見ました。

(1)予告編で見て良さそうだと思って映画館に行ってきました。

 本作(注1)の冒頭では、字幕で「実話から生まれた物語」。
 舞台は1969年のイタリアのトリノ。

 幼いマッシモ(注2:ニコロ・カブラス)が本を読んでいると、若くて魅力的な母親(バルバラ・ロンキ)が現れ、マッシモの手を取って一緒にツイストを踊り始めます。



 それから、部屋を暗くして、2人でTVのスリラー映画を見ます。

 次いで、幼いマッシモと母親はトラムに乗っています。
 マッシモがキスをしている恋人同士をまじまじと見ていると、母親が「見てはダメよ」と注意します。マッシモが「恋人なの?」と訊くと、母親は「さあ」と曖昧に答えます。
 トラムが駅に着いて皆が降り、マッシモも「降りなきゃ」と注意しますが、母親は席に座ったまま。マッシモが「もう一回りするの?」と尋ねると、母親は、心ここにあらずといった感じで「そうね」と答えます。

 夜中、外は雪。
 母親が、マッシモの部屋に入りベッドに腰を下ろして、眠っているマッシモの顔をジッと見つめます。父親(注3:グイド・カプリーノ)も顔を出しますが、何も言わず引っ込みます。
 母親は、「楽しい夢を見てね(注4)」と言いながらマッシモを抱きしめ、それからドアを締めて出ていきます。

 翌朝、ドアの向こうでものすごい大きな声がしたので、マッシモは目を覚まし、起き出してドアを開けます。父親が数人の男たちと出ていくのをマッシモは見ます。
 マッシモは、そばにいた叔母さん(アリアンナ・スコメグナ)に「ママはどこ?」と訊くと、叔母さんは「病気なの」としか答えません。

 場面は変わって、1999年のトリノ。
 大人になったマッシモ(ヴァレリオ・マスタンドレア)が、幼いころに住んでいたアパートの部屋に入ってきます。
 どの家具の上にも白い布がかけられていて、誰も使ってはいないようです(注5)。

 また場面は変わって、マッシモは、父親や叔母さんと食事をしています。
 マッシモが「ママに会いたい」と言うと、父親は「ママは病院にいる。パパがついている」と答えます。それで、マッシモが「病院に行きたい」と頼むと、父親は「明日だ」と答えをはぐらかします。

 こんなところが本作に初めの方ですが、さあ、これからどのような物語が展開するのでしょうか、………?

 本作は、イタリアで大ベストセラーになった自伝小説を映画化した作品です。主人公は、幼い時に亡くなった母親のことがいつまでも忘れられず、今やジャーナリストとして地位を築いているにもかかわらず、いまいちしっくりしていないところ、ある女性と出会って、云々という物語。
 いわゆるマザコン男の半生記とも言えないわけではありませんが、1960年代後半以降のイタリアの社会的な変化が背景として取り入れられる中に、主人公の個人的な事情が巧みに描き出されていて、なかなか良くできた作品ではないかと思いました。

(2)本作で中心的に描かれるのは、主人公マッシモの母親に対する思いです(注6)。
 幼いころ突然亡くなった母親の死を上手く受け入れることが出来ないマッシモの姿が、本作では繰り返し描かれます(注7)。
 それも、マッシモが父親から聞いたのは「ママは、心臓麻痺で死んだ」という話(注8)。
 さらに、少年となったマッシモ(ダリオ・ダル・ベロ)は、母親はニューヨークに住んでいると周囲に言っています(注9)。

 そんなマッシモですから、大人になっても、潜在的に問題を抱え込んだままであり(注10)、挙句、叔母さんから送られてきたマッチ(注11)を見てパニック障害に襲われます。
それで出会ったのが医師のエリーザ(注12:ベレニス・ベジョ)。
 マッシモはエリーザに、父親から聞いた母親の死因のことなどを話しますが、エリーザは「ただのお話ね」と突き放し、再度発作に襲われたときの対処法を話します(注13)。
 これを機会に、マッシモは、一方で、母親の死因について自分から積極的に調べてみようとし(注14)、他方で、エリーザに恋心を抱くようになります(注15)。

 本作では、こうしたマッシモの半生が綴られていきますが、それは社会的な様々の動きの中で捉えられています(注16)。
 例えば、記者になったマッシモは、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争に派遣されて、1993年にはサラエボにいます(注17)。
 また、1995年にマッシモは20年ぶりに父親にトリノで会いますが、それは、「スペルガの悲劇」で亡くなった選手を顕彰する式典においてでした(注18)。

 こうして重層的に語られる本作ですが、最後の方でマッシモは、一方で、エリーゼから「もう、(お母さんに天国に)行かせてあげたら」と言われるものの、他方で、エリーゼがプールの高飛込台から飛び込む姿をジッと見ていますし(注19)、さらに言えば、本作のラストは、母親と2人で“隠れん坊”をして、最後に母親が隠れていた箱に2人で入って、母親が「このままここにいる?」とマッシモに言う回想の場面です。



 本作で描かれるマッシモは、エリーザに従っていくら断ち切ろうとしても、やはり母親の姿を追い求め、2人で一緒に過ごした頃がどうしても忘れられないのでしょう。

 もしかしたら、いつまでも娘のことを心配する父親の姿が描かれている『ありがとう、トニ・エルドマン』とは対照的に、本作は、いつまでも母親のことを思い続ける息子の姿を描く作品と言えるかもしれません。
 日本の親子関係について、いつまでも親離れ子離れができないとされ、他方で、西欧では自立した親子関係が確立しているとされてきましたが(注20)、それはそうであるにしても、本作とか『ありがとう、トニ・エルドマン』といった映画もまた制作されて評判を呼んでいるのも西欧だということは、大層興味深いなと思います。

(3)中条省平氏は、「素晴らしいのは、映像である。イタリア家屋の室内の構図とそこをみたす陰翳。窓外の雪、寺院の影、川の流れといった自然の風景。2度登場するダンス場面の強烈な迫力。単に美しいだけでない、ぴんと張りつめた緊張感に息を呑まされる。これぞ名匠の業である」として★5つ(「今年有数の傑作」)を付けています。
 佐藤忠男氏は、「母物なら日本が本場だと思っている日本人は少なくないと思うが、こんなに批評性に富んで、そのうえで母の追憶も美しく描けている映画はちょっとない」と述べています。
 毎日新聞の高橋諭治氏は、「多様なエピソードをひと目ですべてのみ込むのは容易でない。しかし撮影監督ダニエーレ・チプリの陰影豊かな映像美が圧巻。母親の死に際のイメージなどに異様な迫力をみなぎらせ、ミステリー仕立てのドラマを厳かに見せきる演出力はさすが」と述べています。



(注1)監督は、『愛の勝利を ムッソリーニを愛した女』のマルコ・ベロッキオ(脚本にも参加)。
 脚本はヴァリア・サンテッラ他。
 原作はマッシモ・グラメッリーニ著『Fai bei sogni』(英訳版「Sweet Dreams」)。
 原題は「Fai bei sogni」。
(邦題は、原題を英訳した「sweet dreams」の“sweet”に依っているのでしょうが、それが“人生”と結び付けられて「甘き人生」となると、本作の内容とは全くかけ離れたものになってしまいます!)

 出演者の内、最近では、ヴァレリオ・マスタンドレアは『おとなの事情』、ベレニス・ベジョは『あの日の声を探して』で、それぞれ見ました。

(注2)公式サイトの「STORY」では、9歳とされています。

(注3)劇場用パンフレット掲載の監督インタビューによれば、原作者の父親は「公務員」だったとのこと。

(注4)原題の「Fai bei sogni」が使われています。

(注5)父親が亡くなって、その住まいを処分するためにマッシモがやって来ました。
 おそらく、マッシモは40歳くらいだと思われます。

(注6)何しろ、原作者のマッシモ・グラメッリーニは、原作を母親に捧げているのですから(英訳版の冒頭には「To my mother, Giuseppina Pastore」と書かれています)。

(注7)自宅での葬儀に際し、棺を見てマッシモは、「ママはこの中に入っていない。開けてみればわかるんだ」と言ったり、「ママ、目を覚まして。運ばれちゃうよ!」「ママ、外に出て!」と叫んだりします(劇場用パンフレット掲載のエッセイ「変貌するイタリア社会の鏡として」において、伊藤武氏は、「当時「自殺」は社会的・宗教的にタブーで教会での葬儀が認められないことも珍しくありません」と述べています)。
 また、教会で、「ママは天使になった」「それはママの願いだ」と言う神父に対し、マッシモは、「なぜ、ママの願いを神父さんが知ってるの?そんなの嘘だ」「ママは、僕に黙って行ってしまうはずはない」と反論し、「ママ、独りで行かないで。僕を独りにしないで」と祈るほどです。



 さらに、少年になったマッシモは、天井に映る無数の星を見ながら宇宙について教える理科の教師(ロベルト・ヘルリッカ)に対し、「宇宙の始まりの前には何があったんですか?」と質問するだけでなく、夜、学校に付属する教会の蝋燭の明かりをすべて点けてしまいます。そこに現れた理科の教師(神父でもあります)が「なぜそんなことをするのか?」と尋ねると、マッシモは「神は光です。天国に近づくために明かりを点けました」と答えます。すると神父は、「ママに会いたいのだね。どうしてママは生きていると思うのだね?」と尋ねます。それに対して、マッシモが「霊魂は不滅です」と答えますが、神父は「ママの肉体は死んだのだ。そこからやり直しなさい」「勇気を出しなさい」と言います。

(注8)父親は、「ママが何故死んだのか知ってるの?」と訊くマッシモに、「あの晩、ママはお前の部屋に行った。そこで、ガウンを脱いだ」「気分が悪くなったが、誰も呼ばなかった」「ママは廊下に倒れていた」「心筋梗塞だった」「手術や治療で体が弱っていたんだ」と話します。

(注9)通っている私立学校で親しくなったエンリコの家(ものすごく豪奢な邸宅です)に行った時、エンリコの母親(エマニュエル・ドゥヴォス)から「いつママのところへ行くの?ニューヨークとはずいぶん遠いわね」と言われ、マッシモは「クリスマスに」と答えます。

(注10)マッシモは、新聞の読者からの投稿に対する回答を書いて掲載し、大評判になりますが、その回答の中で、「私は、9歳の頃母をなくした。母を失った私は、人を愛することを止めた」と書いています。

(注11)留守電に、叔母さんからの伝言「ママのマッチよ」が入っていて、マッチを封筒から取り出したマッシモは、母親の葬儀のことを思い出します。そして、突然、パニック障害に襲われます。

(注12)マッシモは、病院の医師に電話で、「死にそうだ。気分がものすごく悪い」「息ができない」「心臓が痛い」「頻脈だ」と訴えます。すると医師は、「鏡に向かって呼吸をしなさい」「鏡が曇るまで近づいて」とアドバイスします。

(注13)マッシモは、「僕を孤独や恐怖から守ってくれたのはベルファゴールだ」「ベルファゴールの命令にはなんでも従った」等と話します。これに対し、エリーザは、「発作が起きた時は慌てないで。ベルファゴールは不要だし、薬もいらない」「親しい人に電話して」と言います。

(注14)マッシモは、叔母さんを昔の家に呼び出して、「本当の死因は?」と尋ね、叔母は、父親が本の間に挟み込んでおいた新聞を取り出します。そこには、「5階から母親が投身自殺」「重病を苦にして、自宅の窓から身を投げた」と書かれています。マッシモが「なぜ黙っていた?」と訊くと、叔母は「知っているものと思ってた」と答えますが、マッシモは「僕に教えてくれる人はいなかった」「父は、死に際でも心筋梗塞だったと言っていた」「でも、僕が悪い。臆病で知ろうとしなかったのだから」「ママは僕のことなんかどうでも良かったんだ」「無駄な涙を流した」などと言います。これで、マッシモは吹っ切れることになるのでしょうか、…?

(注15)母親の影響で人を愛せなくなったと公言していたマッシモですが、エリーザの祖父母のダイアモンド婚のパーティーに招待されたマッシモは、エリーゼと抱き合います(精神分析でいう「転移」なのかもしれません)。

(注16)と言っても、イタリア事情に疎いクマネズミにはなかなか捉えがたいのですが。

(注17)大人になったマッシモは、ローマに移って、新聞の記者となります〔劇場用パンフレット掲載の廣瀬純氏のエッセイ「我々にはまだ、空虚に飛び込む勇気が欠けている。マルコ・ベロッキオ監督作品『甘き人生』について」によれば、原作者マッシモ・グラメッリーニは、著名な全国紙「La Stampa」(今年2月に他紙に移籍)のジャーナリストとのこと〕。
 そして、マッシモは、特派員として派遣された先で、撃たれて死んだ母親の遺体のそばで電子ゲームに夢中の子供という構図を、同行のカメラマンとともに撮影します。

(注18)マッシモが幼いころに住んでいたアパートの窓を開けると、すぐそばにサッカースタジアムが見えるのです。そして、母親の死後、マッシモは父親に連れられて、そのスタジアムでトリノFCの試合を見ます。「スペルガの悲劇」は、トリノFCにまつわる事件です(ここらあたりのことは、荻野洋一氏の本作に関する映画評論で触れられています)。

(注19)上記「注17」で触れている廣瀬純氏のエッセイにおいては、マッシモの母親の死因とこのエリーザの飛び込みとが、「垂直落下運動」という点で関連付けられています。

(注20)例えばこの記事。そこでは日本とアメリカが比較されていますが、「親子の自立関係」について、日本に関しては、「親は子供をいつまでも保護しようとし、子供はいつまでも親に保護を期待するという観念が一般的であり、年齢に関係なく、いつまでも親に対しては、精神的に自立していない子供が多い」などと述べられているのに対し、アメリカに関しては、「親の子供に対する責任は、できるだけ早く子供を自立させ、社会に貢献するよりよい社会人を育てることであり」、「子供も早くから自立したいと考え、それは早く大人になりたいという気持ちを子供の間に抱かせる」などと記載されています。
 なお、『ありがとう、トニ・エルドマン』についての拙エントリの「注14」もご覧ください。



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