孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラク政治をかく乱するポピュリスト・サドル師の「グリーンゾーン」突入

2016-05-01 21:46:45 | 中東情勢

【5月1日 AFP】

遅滞するアバディ首相の内閣改造 腐敗した政治家への民衆不満を背景に政府への抗議活動を活発化
イスラム国(IS)が一部地域を実効支配し続けるシリア・イラクですが、シリアについては、各勢力・関係国入り乱れての内戦状態ということで、断片的ながらも多くの情報がメディアにも取り上げられているのに対し、イラクの方は、政権内部あるいはモスル奪還作戦などがどうなっているのかあまり情報は多くありません。

そんな中で飛び込んできたのが、マリキ首相当時の2008年に政府軍・駐留米軍相手に、反米及び宗派的権力闘争の思惑からシーア派民兵組織マフディー軍を率いて武力衝突を引き起こしていたサドル師の動向です。
(2008年4月4日ブログ「イラク マフディ軍掃討作戦のもたらしたもの」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20080404

サドル師支持者が政府機関・各国大使館が集中する権力中枢「グリーンゾーン」に突入したとか。

****シーア派デモ隊、グリーンゾーンの議会に侵入し大混乱 イラク****
イラクの首都バグダッドで4月30日、同国議会が新閣僚承認をしなかったことに怒った数千人のデモ隊が、同市中心部にあり厳重な警備が敷かれている旧米軍管轄区域「グリーンゾーン」になだれ込み、議会に侵入する事態になった。

歓声を挙げながら国会に侵入した人々の多くは、イスラム教シーア派指導者のムクタダ・サドル師の支持者で、サドル師を称賛するスローガンを叫びつつ、自分たちが(議会の)腐敗を正したと主張していたという。

バグダッド近郊で30日にシーア派の巡礼者を狙った自爆攻撃で23人が死亡する事件があり、辺りは緊張感に満ちていた。デモ隊がグリーンゾーンになだれ込んだ後は更に厳重な警備強化が行われたという。
 
一般の立ち入りが制限されているグリーンゾーンには議会の他にも大統領府や首相官邸、米国、英国など数か国の大使館が位置している。現場のAFP記者によると、デモ隊はグリーンゾーンに侵入するためコンクリートの壁を倒したり、フェンスをよじ登ったりしたという。
 
AFPの記者によると、デモ隊はグリーンゾーン侵入後に議会へ向かい、一部の人々は建物内で暴れたり事務室に乱入したりしたが、他の人々は「平和的に、平和的に」と叫びながら、破壊行為をやめさせようとしていた。現場にいた治安部隊はデモ隊に対処しなかった。
 
デモ隊はその後、議会近くに位置する首相府の事務局長室に移動したという。デモ隊がグリーンゾーンに侵入して約6時間後、ハイダル・アバディ首相は声明を発表し、バグダッド市内の状況は「治安部隊の制御下にある」と述べ、デモ隊に対し「指定されたデモ開催地」へ戻るよう促した。
 
デモ隊に対しては催涙弾が使用されたが、双方が友好的に振る舞ったためそれ以上の暴力に発展することはなかったという。

■イラク議会は大混乱
現場のAFPカメラマンは、その後夜になるとサドル師を支持する武装組織「サラヤ・アルサラム」のメンバーらが議会から去るようデモ隊に指示する姿が見られた。
 
デモ隊はそれ以前に、グリーンゾーン出口に続く道路を有刺鉄線で塞ぎ、議員が騒ぎから逃げることを妨げていたという。またデモ隊は、議員が所有すると思われる乗用車数台を攻撃して損傷を与えていた。
 
グリーンゾーンにおける騒動は、サドル師がイラク国内のシーア派聖地ナジャフで記者会見を行い、政治の行き詰まりを非難した後に開始された。

サドル師は先月、支持者をグリーンゾーンに送り込むと警告していたが、30日の記者会見では支持者にグリーンゾーンへの侵入を指示してはいなかった。【5月1日 AFP】
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今回のサドル師の行動が何を目的としたものか、批判の相手は誰なのか・・・メディア報道ではよくわかりませんが、一応、腐敗した現在のイラク政治改革断行を求めた動きのようではあります。

****<イラク>議会にデモ隊乱入・・・・内閣改造を要求****
イラクの首都バグダッドで4月30日夜、イスラム教シーア派指導者サドル師が主導するデモ隊数千人が、内閣改造を求めて首都中枢の通称「グリーンゾーン(GZ)」に突入、座り込みを始めた。

治安当局は非常事態として警備を強化。過激派組織「イスラム国」(IS)の大規模侵攻を受け、「挙国一致」の名の下に発足したアバディ政権だが、政局の混迷ぶりが改めて浮き彫りになった。(中略)

デモの背景にあるのは、2003年のイラク戦争後、統治を担ってきた守旧派の政治家への不信感だ。イラクではシーア派(人口の約6割)▽スンニ派(同2割)▽クルド人(同2割)がそれぞれ有力政党を組織、各政党に閣僚ポストを割り振る慣例が続いてきた。
 
だが国民の間では、親族の省庁への縁故採用や業者との癒着など、腐敗した政治家の悪評が頻繁に立っていた。14年9月に発足したアバディ内閣も、有力政党や宗派の有力者にポストを配分したに過ぎず、経済の低迷や対IS戦の長期化もあって、国民の不満は高まっていた。
 
サドル師派はこうした不満に乗じ、政府への抗議活動を活発化。議事堂では30日、アバディ首相が改造内閣の名簿を発表し、承認の是非を問う投票が行われる予定だった。だが大半の国会議員は内閣の改造に反対で、議員定数(328)の2割程度しか出席せず、流会となった。
 
IS掃討を目指す米国はアバディ政権を支持しているが、サドル師派は反米。政局混迷が長期化すれば、対IS戦略への悪影響が懸念される。【5月1日 毎日】
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上記記事にもあるように、アバディ首相は内閣改造を意図しており、議会の反対にあっています。

“議会に対してはアバディ首相が、従来は各党派に割り当てられてきた一部の閣僚ポストに実務家を任命するなどとする改革案を提示しているが、議員らの根強い抵抗を受けて審議が難航している。
これに対しサドル師は、特定の党派が大臣ポストを握って省庁を牛耳る現行のシステムは汚職の温床になる-などとして、改革に反対する勢力への批判を強めていた。”【5月1日 産経】

とうことは、サドル師がアバディ首相の改革を支持しているのか・・・という話にもなりますが、そうでもないようです。

“サドル師はこの日、中部ナジャフでの演説で政治改革を進めようとしないアバディ氏らを非難。デモ隊はその直後にグリーンゾーンの壁を乗り越え、一部を破壊した。グリーンゾーンは二〇〇三年のフセイン政権崩壊後に米軍が設置した。”【5月1日 東京】

【“政治的嗅覚”が鋭いポピュリスト

政府の腐敗撲滅を訴えバグダッドの主要機関の集まるグリーンゾーンの外に張られたテントで生活をするムクタダ・アルサドル師(3月27日)【4月1日 WSJ】

もともとサドル師は名門の家柄ではありますが、イラク政治にあってポピュリスト的な攪乱要因となってきました。

****サドル師 「反米」旗印、ポピュリストの才能発揮 米軍撤退後にらむ****
バスラなどイラクの中・南部地域を約1週間にわたり大混乱に陥れたイスラム教シーア派反米強硬派指導者、ムクタダ・サドル師派の民兵組織マフディー軍とイラク軍の戦闘は、少なくとも460人の死者を出し、いったん終息した。

マリキ首相は1日、作戦の「成功」を宣言したが、マフディー軍は温存され、依然、米軍の支援なしに政府軍が独り立ちするにはほど遠い現状を浮き彫りにした。政府軍と互角に戦った強力な民兵を動かすサドル師とは何者なのか。(中略)
                  ◇
サドル師は、イラクのシーア派聖地ナジャフの有力なイスラム法学者の家系に生まれた。父親は、大アヤトラ(シーア派法学者の最高権威)で、多くの信徒に敬愛されたムハンマド・サドル師(1999年に何者かにより殺害)。

イラクのシーア派原理主義運動の創設者の一人だった大アヤトラ、ムハンマド・バーキル・サドル師(80年にフセイン政権下で処刑)はおじにあたる。
 
しかし、サドル師はまだ30歳代前半で、本来、多数の信徒を率いる指導者が備えるべき法学知識も宗教的権威も持ち合わせていない。

ナジャフの宗教学校時代はテレビゲームに興じ“落ちこぼれ”だったとの悪口も聞かれるが、それでも有力な家系を背景にサドル家の信徒に担ぎ上げられ、2003年のフセイン政権崩壊後、一気にシーア派社会の有力者の一角に躍り出た。
 
フセイン政権時代にイランに亡命し、イラク戦争後に帰還したイラク・イスラム革命最高評議会(07年にイラク・イスラム最高評議会=SIIC=と改称)のハキーム師や、一時は米国からテロ組織の指定も受けたマリキ首相所属のダアワ党など、亡命シーア派反体制勢力がイラク戦後の空白を埋めようとする中、サドル師はサドル家支持者が結束する“旗印”となったわけだ。
 
イランにより訓練されたSIICのバドル軍団とは異なり、マフディー(救世主)軍は戦後に数千人規模で組織されたが、現在は推計6万人の兵力を擁するとされる。親米姿勢に転じ、政府治安部隊への浸透を通じて影響力拡大と米軍撤退後の主導権を狙うバドル軍団とは対照的に、サドル師派は「反米」「反占領」を旗印として民兵を維持し、低所得者層への大衆的な支持を広げる。
 
06年春に発足した本格政府では当初、マリキ首相を支えたが、米軍の撤退期限を設けることを拒否する首相とたもとを分かった。

米軍がマフディー軍を「イラク最大の脅威」とみて標的とする気配をみせると、速やかに「停戦」を宣言し、同軍を潜伏させるなど政治的嗅覚(きゅうかく)は鋭い。

欠落する宗教的権威を身につけるため、サドル師はいま、ファトワ(宗教裁定)を下せる立場を目指してナジャフで猛勉強中だと、側近は明らかにしている。
 
まだ若いサドル師にとって、狙いはあくまでも米軍撤退後のイラクの主導権を握ることだ。そのためには軍事力の裏付けは欠かせない。今回、「民兵解体」を目標としたマリキ首相にとって、戦いはまだ「第一幕」が終わったに過ぎない。【2008年4月3日 産経】
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“政治的嗅覚”なのか何なのか、動きの激しい人物です。
その後もイラク議会で大きな勢力を率いながら、2014年には政治活動中止を発表したこともあります。

****サドル師が政治活動中止 イラクのシーア派指導者 ****
イラクのイスラム教シーア派の反米指導者ムクタダ・サドル師が16日、自身のホームページに掲載した声明で、政治活動をやめると発表した。一時的な措置か、政治からの完全引退を意味するかは不明。
 
声明は「私はあらゆる政治的問題に介入しないことを発表する。今後、政府や議会の内外にわれわれの代表はいない」としている。サドル師派は連邦議会(定数325)で40議席を占め、6人の閣僚を送り込んでいる有力な政治勢力。
 
サドル師はシーア派宗教指導者を輩出してきた家系に属し、2003年のイラク戦争後、反米を掲げて熱狂的な支持者を獲得。民兵組織を率いて駐留米軍と一時激戦を展開した。最近、宗教研究により傾倒しているとされる。【2014年2月17日 日経】
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シーア派最大の民兵組織を率いるサドル師が前面に出ることで、一層困難になる挙国一致
今回の「グリーンゾーン」突入も、突発的な話ではなく、イラク国内にあっては「今は誰もがサドル師のデモ隊がグリーンゾーンに突入するのかどうか息を凝らして見守っている」という状況だったようです。

****ISより恐い?イラク政界揺るがすサドル師****
誰もがISではなくサドル師のデモ隊を息を凝らして見守っている

2003年に米軍がイラクに進攻して以降ずっと、2つのバグダッドが存在してきた。1つは、交通渋滞と爆弾テロに悩まされる混乱の都市であり、もう1つはがらんとした通りと緑に覆われた、普通のイラク人は立ち入り禁止となっている平穏なグリーンゾーンと呼ばれる区域だ。
 
検問所を通過してグリーンゾーンに入ると、政府庁舎や議会、外国大使館、さらにはイラク政府の要人の住宅が立ち並んでいる。

イラクは、世界で最も腐敗した国の1つで、経済は原油価格の急落を受けて崩壊に向かっており、グリーンゾーン内の住民に対する国民の怒りは募っている。それが、過激派「イスラム国(IS)」に対する反転攻勢に乗り出したイラク政府の潜在的な不安定要因となっている。
 
グリーンゾーンの入り口で政治腐敗に抗議するためテント生活を続けているシェイク・カセム・アルマヤヒ氏は、フセイン政権が打倒された2003年以降、「イラク国民の生活はまったく改善されていない」と不満をぶちまけ、グリーンゾーンが腐敗の中心となっていると非難する。マヤヒ氏は、バクダッド郊外に住む部族の指導者だ。
 
マヤヒ氏のような腐敗撲滅を唱える人々は、アバディ首相に対し政府機構を空洞化する利権政治家のネットワークを解体し、イラクの石油資源を浪費している政府高官を処罰するよう求めている。
 
驚くべきは、現在この政界浄化運動を牛耳っているのが、シーア派の反米運動指導者の1人で政界の中枢にいるムクタダ・アルサドル師(42)であることだ。

サドル師は2003年以降イラクを混乱に陥れた人物の1人で、議会で大勢力を誇り、幾つかの省に大臣を送り込んでいる主要政党連合を統括するとともに、シーア派最大の民兵組織を率いている。
 
10年前には、イラク駐留米軍に対する反対運動を先導する一方で、スンニ派との宗派対立を煽(あお)っていた。スンニ派の政治指導者であるサレ・アルムトラク元副首相は、「サドル師の配下の大臣たちは、おそらく最も腐敗している。彼は宗派対立の解消と腐敗防止を唱えているが、彼自身がその元凶なのだ」と語る。
 
サドル師の支持者らはグリーンゾーンの入り口でテントを張って、政治腐敗への抗議運動を展開し、アバディ首相に圧力を掛けている。

現在のところ抗議行動は平和的に行われているが、サドル師は行動をエスカレートさせる用意があると繰り返しほのめかしている。

サドル師の当面の主要な目標は、内閣を改造させ同師の息のかかった人物を閣僚として押し込むことだ。アバディ首相は、内閣改造を約束したが、他の政党が改造を容認するかどうかは分からない。
 
反サドル派は、この抗議運動がISとの戦いから人々の目をそらせてしまっており、タイミングが悪いと批判している。ISはシーア派支配地域で爆弾テロを強化する一方で、イラク第2の都市モスルを支配している。

にもかかわらず、イラク政府はグリーンゾーンの防衛のため、前線に配置した精鋭部隊を引き揚げさせざるをえなくなっている。

有力議員であるモワファック・アルルベイエ氏は、「ISをイラクから追い出すためにあらゆる資源を動員する必要があるのに、今は誰もがサドル師のデモ隊がグリーンゾーンに突入するのかどうか息を凝らして見守っている」と指摘し、「非常に危険なゲームとなっている」と懸念を示す。
 
しかしサドル師の支持者らは、そうした批判を一蹴し、ISが2014年に電撃戦で政府軍に勝利しモスルを陥落したのは、イラク軍の上層部が無能で腐敗まみれだったからだと主張する。

サドル師率いる政党連合の最高幹部は、「ISが台頭したのは、イラク政治が腐敗し、政府が過激派を押さえ込めなかったからだ」と論じ、「ISとの戦いのためには政治改革が必要だ」と訴える。【4月1日 WSJ】
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もとよりグリーンゾーンの警備は厳重ですが、“グリーンゾーンの防衛のため、前線に配置した精鋭部隊を引き揚げさせざるをえなくなっている”ほど更に強化された状態で、特段の抵抗にもあわずにデモ隊が突入できたのはなぜか?・・・・よくわかりません。

“サドル師の当面の主要な目標は、内閣を改造させ同師の息のかかった人物を閣僚として押し込むことだ。”ということで、結局は自派勢力の拡大が目的のようにも見えます。

もちろん、サドル師が主張する「ISが台頭したのは、イラク政治が腐敗し、政府が過激派を押さえ込めなかったからだ」「ISとの戦いのためには政治改革が必要だ」というのは間違ってはいません。

ただ、もう一点あるのは、IS台頭の背景にシーア派偏重の政治へのスンニ派住民の不満が背景にあるということです。

シーア派民兵を率いるサドル師が前面に出てくると、今でさえ不十分な多数派シーア派と少数派スンニ派の協調が更に困難となり、IS対策も一層困難になります。

なお、シーア派民兵(サドル師の勢力ではありませんが)とクルド人勢力の衝突も報じられています。

****クルド人とシーア派衝突、9人死亡=対IS作戦に懸念―イラク****
AFP通信によると、イラク北部サラハディン州のトゥズフルマトゥで24日、クルド人治安部隊「ペシュメルガ」とイスラム教シーア派民兵組織の一翼を担うトルクメン人勢力が衝突した。関係者は、双方のメンバーを含む9人が死亡したと明らかにした。
 
ペシュメルガとシーア派民兵組織は、共に過激派組織「イスラム国」(IS)掃討を目指すイラク政府に協力する立場にある。

政府が米軍主導の有志連合と共にISが拠点とする北部モスルの奪還作戦を進める中、足並みの乱れで作戦に悪影響を及ぼしかねない状況だ。【4月24日 時事】 

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