孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

オバマ大統領の広島訪問を受けて、今後の日本外交は? 歴史に名を残す意欲が安倍首相にあるか?

2016-05-27 23:43:46 | 東アジア

(所感を述べた後、被爆者の森重昭さん(中央)を抱きしめるオバマ米大統領。【5月27日 毎日】)

【「あるべき世界」と「あるがままの世界」のはざまで
伊勢志摩サミット、そして注目されたオバマ大統領の広島訪問も無事に終了したようで安堵しています。

****オバマ大統領が所感 核なき世界への決意を表明****
25日に来日したオバマ大統領は27日、伊勢志摩サミットを終えたあと、現職のアメリカ大統領として初めて被爆地・広島を訪れました。

オバマ大統領は、平和公園で安倍総理大臣や岸田外務大臣の出迎えを受け、はじめに被爆者の遺品や写真などが展示されている原爆資料館を訪れました。
そして、広島と長崎の両市長や被爆者たちが見守るなか、原爆慰霊碑に献花し、所感を述べました。

この中でオバマ大統領は「われわれは、広島に来て、決して遠くはない過去に、恐るべき爆発があったことを思い起こし、10万人を超える日本の男性、女性、そして子ども達、数千人の朝鮮半島出身者、数十人のアメリカ人などの犠牲者の死を悼む。1945年8月6日の記憶を風化させてはならない」と述べました。

そして、「空に上がったキノコ雲のイメージの中に、私たちは人類の矛盾を感じる」としたうえで、「広島、長崎で、第2次世界大戦は極めて残忍な形で終わった。広島、そして長崎を、人類の道義的な目覚めとすべきだ」と述べて、原爆の惨禍を繰り返してはならないという考えを示しました。

また、「われわれは命を奪われた、罪のない人々がいたことを忘れてはならない。その苦しみはことばで表現できないほどだ。そして、歴史をきちんと直視する責任を共有しなければならない」と述べました。

そしてオバマ大統領は「広島で亡くなった人たちは私たちと同じ普通の市民だ。彼らはもう戦争は望まない」と述べて、原爆で犠牲になった人たちの多くが一般市民であったことを強調しました。

さらに、「科学で人間の命を奪うのではなく、人生をよりよくするために利用するべきだ。国家や、指導者達によってそうした選択がなされた場合、広島の教訓が生かされたことになる」と述べて、核兵器のない世界を目指すべきだと訴えました。

このあと、オバマ大統領は日本被団協=日本原水爆被害者団体協議会の代表委員の坪井直さんなど、立ち会っていた被爆者の人たちに歩み寄り、握手を交わしながら話をしました。

最後にオバマ大統領は、安倍総理大臣と岸田外務大臣とともに原爆ドームを視察し、説明を受け、車に乗り込んで平和公園をあとにしました。

オバマ大統領は午後6時40分ごろ、ヘリコプターで広島を出発し、山口県のアメリカ軍岩国基地を経て帰国の途につきました。【5月27日 NHK】
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オバマ大統領の広島訪問については、「謝罪」のないこと、大統領の「核兵器なき世界」の訴えが現実世界における核軍縮を直ちに進展させることにはつながらないことなどから、多くの意見はあるところでしょう。

ただ、戦火を交えた国の指導者が、戦争の悲劇を象徴する場所で、平和に向けた固い決意を表明するということにおいては、やはり歴史的な瞬間であるような感慨を覚えました。

アメリカ駐日大使が原爆投下の日に広島・長崎の平和記念式典に参列するようになったのは最近の話ですが、それも“普通の光景”となり、今年、国務長官に続いて、ついに大統領が・・・、一昔前ではなかなか想像できなかったことです。

オバマ大統領の所感については、TV番組のなかで感想を求められた被団協関係者が、「どうとらえたらいいかわからないような・・・ケリー長官の言葉ははっきりしていたけど・・・」と正直な感想を述べておられたのが印象的でした。

やはり国務長官と大統領では立場の違いがありますので、個人的感情を比較的ストレートに出したケリー長官に比べ、オバマ大統領の所感には政治的配慮がにじみ出た結果、“とらえどころのない”ものにもなったのでしょう。

たしかに言葉はよく選ばれてはいますが、広島の惨劇をどのように感じたのかについての個人的な感情はよく見えない淡々とした所感だったかも。雄弁なオバマ大統領であれば、事情が許すならもっと感動的なスピーチもあり得たでしょう。

周知のようにアメリカ世論は、未だ「原爆投下が戦争終結を早め、多数の米兵の命を救った」という考えが主流ですから、大統領としてはそうした世論に配慮する必要がありますし、現実政治の問題としては次期大統領選挙にも影響してきます。

****原爆投下、なお日本と認識差=「正当化される」過半数―米世論****
オバマ米大統領の広島訪問は、核兵器を実戦で使用した唯一の国の指導者が被爆地に足を踏み入れるという意味で、歴史的機会だ。だが、米国民の多数派は依然として「原爆投下が戦争終結を早め、多数の米兵の命を救った」と考えている。多くの人命を一瞬にして消し去ったキノコ雲の意味をめぐり、両国民の認識の違いはなお大きい。
 
米調査機関ピュー・リサーチ・センターが戦後70年に当たる昨年実施した世論調査結果によると、広島・長崎への原爆投下は「正当化される」と考える米国人は56%に上り、「正当化されない」の34%を大きく上回った。同じ質問に日本人の79%が否定的見解を示したのとは対照的だ。
 
オバマ氏の広島訪問発表後も、米当局者が「日本は謝罪を求めていない。われわれも(謝罪を)しない」(ライス大統領補佐官)と繰り返してきた背景には、こうした国民世論がある。
 
米国民の意識は年代によって差があり、原爆投下が「正当化される」と回答したのは65歳以上で70%に上ったが、18〜29歳の若年層では47%と半数を割った。男女別でみると、肯定的な意見は男性の62%に対し、女性は50%にとどまった。
 
米国民の見方は時代によっても変化している。米調査機関ギャラップが原爆投下直後の1945年8月に実施した世論調査では、85%が投下に支持を表明。しかし、この数字は戦後60年の2005年には57%にまで低下した。
 
もっとも、同じ調査では05年時点でも、米国人の80%が「原爆投下によって(戦争終結で)米国人の命が救われた」と回答。核兵器が戦争を早期に終わらせたという認識自体は根強いことを示した。一方、「日本人の命が救われた」と答えた米国人は41%で、「そう思わない」の47%を下回った。【5月27日 時事】 
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「加害者」と「被害者」の思いに差が生じるのは止むをえないところでしょう。また、現実政治家としてできることと、できないことの認識もあります。
むしろ、そうした事情があるなかで敢えて広島を訪問したことに、オバマ大統領の強い思い入れを感じます。

****オバマ大統領の思い 世界に方向を示す****
オバマ外交は、一見大胆なようでいて、現実には極めて慎重な外交政策を展開してきた。オバマ外交の理想主義は、「あるべき世界(the world as it should be)」を視野におさめながらも、世界はその実現を容易には受け入れない「あるがままの世界(the world as it is)」に拘束されているという認識を踏まえたものだった。

シリア内戦の惨状を前にしても、オバマ大統領は、米国にできることは限られていると割り切り、情緒的な介入論を退けた。
 
その結果、長期的には大胆な目的を掲げつつも、短期的には慎重な、ともすると消極的と批判される外交政策を展開してきた。

そうした中、「核なき世界」というビジョンは、「あるべき世界」と「あるがままの世界」の緊張関係がはっきりと現れる典型的にオバマ的なアジェンダでもある。
 
大統領の心の内を垣間見ることはできないが、オバマ大統領自身が訪問を希望していることはまず間違いないだろう。

学生の頃から核軍縮に関心を持つ大統領自身が、自ら筆をとって演説を起案し、世界に対して再度、進むべき方向性を自らの言葉で提示する。すぐには到達できないが、究極の頂に至る道筋を自らの言葉で敷き詰めていく。そして、それは自身の退任後の活動とも連動していく。

こう考えると、大統領が訪問を自分の政権を締めくくる重要なピースの一つとして位置づけていることは間違いないだろう。
 
しかし、大統領選挙というもう一つの「あるがままの世界」の侵入に、政権は頭を悩ましているに違いない。(後略)【5月27日 WEDGE 中山俊宏氏“「あるべき世界」の再確認 オバマ大統領の真意”】
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かつての敵と味方が「共に犠牲者の追悼を行う」という思想 パール・ハーバー訪問は?】
オバマ大統領の心の中での位置づけはともかく、日本にとっては今回のオバマ大統領訪問をどう位置付け、今後の外交にどのように生かしていくのか・・・という問題があります。

日米関係について言えば、今回の広島訪問への返礼として安倍首相のパールハーバー訪問という「献花外交」を勧める声もあります。

****重要なのはポスト広島 新たな日本外交****
・・・・オバマ大統領が広島を訪れる時、安倍晋三首相が同行するのは良いことだ。そして、安倍首相は広島での鎮魂の儀式に対する返礼として、パール・ハーバーを訪問する計画を早急に明らかにして欲しい。
 
オバマ大統領の広島訪問について韓国メディアが「日本が被害者であることは許さない」という趣旨の報道を行うなど、日本の戦争による被害者である韓国や中国からすれば、面白く思わない人も少なくないのは理解できる。

だからこそ、中国、韓国の日本に対するわだかまりを解消するべく動く必要がある。その第一歩がパール・ハーバーの訪問だ。

これを奇貨として「ニュー・ジャパン・ドクトリン」、新たな日本外交をスタートさせて欲しい。【5月27日 WEDGE 松尾文夫氏“安倍首相は返礼を 次は日本がケジメをつけるとき”】
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上記の松尾文夫氏が主張する「献花外交」の下敷きとなっているのは、ドイツが実現した「ドレスデンの和解」です。

第二次世界大戦で連合国の大規模無差別爆撃を受け、万単位の犠牲者を出し、市街を破壊されたドイツのドレスデンで1995年に開かれた「空爆50周年追悼式典」にはドイツの要人だけでなく、爆撃を行った旧連合国からエリザベス英女王の代理であるイギリス陸軍元帥、アメリカの統合参謀本部議長らが参列しました。

“米英の出席者は決して敗戦国に謝罪をしたわけではなく、ドイツもそれを求めたわけでなく、ただ一緒に個々の犠牲者を追悼したのである。将来に向けて双方の感情のトゲを抜こうとしたのである。”【2014年8月7日 nippon.com】

そこにあるのは、「自分たちの方がもっと大きな被害を受けた、もっと大勢の死者を出した」といった「苦痛を苦痛で、死者を死者で相殺する」という考えではなく、かつての敵と味方が「共に犠牲者の追悼を行う」という思想です。【2015年02月17日 Newsweek 冷泉彰彦氏“戦後70年に日米「和解」の提案”より】

日本外交にとってより重要なのは、その次の中国・韓国との関係改善でしょうが、それに比べればパール・ハーバーの訪問のハードルは随分低いものでしょう。

もっとも、安倍首相は伊勢志摩サミットの前に行なった共同記者会見で、2400人が犠牲となったハワイのパール・ハーバーを訪問する計画はないと語っています。

より重要で困難な 中韓との国民レベルの和解
すでにある程度の相互理解が進んでいる日米関係に比べ、近年関係が悪化している中国・韓国への対応はより重要で、かつ、はるかに困難を伴います。

すでに、今回のオバマ大統領の広島訪問で、中韓からは日本が被害者の立場を薄め、被害者となろうとしているとの反発が出ています。

****<米大統領広島訪問>中国外相、歴史問題と関連付け****
中国の王毅外相は27日、オバマ米大統領の広島訪問について「広島は注目に値するが、(旧日本軍による虐殺事件のあった)南京はさらに忘れるべきではない。被害者には同情すべきだが、加害者は永遠に責任を逃れられない」と述べ、歴史問題と関連付けた。
 
国営中国中央テレビも「安倍晋三首相が侵略者イメージを薄めようとしている」と否定的に伝えた。近年、中国政府は各国要人の被爆地訪問について「歴史をゆがめる」などとして反対する立場を取っている。
 
一方、1983年11月には胡耀邦・中国共産党総書記(当時)が長崎市を訪ねて献花した例があり、日中関係が良好だった時期には中国指導者が被爆地を訪問していた。【5月27日 毎日】
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胡耀邦・中国共産党総書記(当時)が長崎市を訪ねて献花した1983年頃は、日本世論の中国への好感度は75%ほどもありました。

その後、天安門事件で50%程度へ減少し、大規模反日デモや尖閣諸島問題などで急落し、現在は15%程度にまで落ち込んでいます。

関係は最悪の状況ではありますが、ここ20~30年の変化であり、決して固定的にとらえるべきものでもないでしょう。大きく変化したということは、双方の努力次第では再び改善することも可能であることを示しています。

日本側には“謝罪疲れ”とか、法的には十分なことをやってきたという感情はありますが、被害国側が納得していない現実もあります。

日本が中韓との間で国家間のやり取りを行った時代に比べ、現在は両国の国民がかなり自由にものが言える状況にも変わっています。

日中国交回復当時、中国の人々は日本による戦争被害について、異口同音に「あれは戦前軍国主義のもたらしたものであり、現在の日本国民を恨んではいない」と語って、熱烈歓迎の拍手をしていましたが、「本当の気持ちだろうか?」という疑念は当時からありました。韓国も独裁的・強権的な政権から民主化しました。中韓の国民は、今ようやく本音で日本との関係を語れるようになっているとも言えるのではないでしょうか。

その意味で、国家間の清算はともかく、国民感情としての清算がまだ終わっていないと言えます。

国民感情としての清算を進める手段のひとつが南京訪問です。
現在ほどには悪化していなかった2010年(鳩山首相・胡錦濤国家主席の時代)には、中国から南京と広島の相互訪問の打診もあったようです。

****首相が南京へ・胡主席は広島へ…中国が打診****
中国が、日中間の国民感情の改善に向けて、今年6月ごろ、鳩山首相の中国江蘇省南京への訪問を招請する代わりに、11月ごろに胡錦濤国家主席の広島訪問を検討し、日本政府筋に非公式に打診していたことがわかった。

複数の日中関係筋が6日、明らかにした。中国は「南京事件」が起きた南京への訪問を戦後の現役首相として初めて実現させることで、東シナ海のガス田の共同開発や中国製冷凍ギョーザ中毒事件などの懸案を先送りしたまま、中国主導で対日関係を進める狙いだ。(後略)【2010年1月6日 読売】
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南京事件の被害程度に関しては、日本と中国の間で大きな差があり、また、日本国内においても意見が大きく分かれるのは周知のとおりです。

ただ、占領軍としての日本による悲惨な事例が多々あったであろうことは想像に難くありません。「30万人」と言われると日本側も引いてしまいますが、そうした数字を棚上げする形での謝罪の意であれば、日本のなかでも受け入れられる余地があるのではないでしょうか。

韓国の慰安婦問題も同様です。

日本と東アジアの戦後を終わらせて、歴史に名を残すのは?】
すでに中国側の性急な動きも報じられています。

“中国の共産党関係者によると、9月に中国の浙江省杭州で開かれる20カ国・地域(G20)首脳会議の際、オバマ大統領や安倍晋三首相ら参加する首脳を、隣接する江蘇省南京市にある南京大虐殺記念館に案内する案を共産党内部で検討し始めているという。今回の米大統領の広島献花に対抗する狙いがあるとみられる。”【5月27日 産経】

これはあまりにも性急ですし、まるで“報復外交”のようで、両国間の和解につなげようというようなものには思えません。

和解に向けてどうすれば双方の国内が納得できる形を実現できるか・・・そこを時間をかけながら、腹を割って話し、道を探るのが政治家の仕事です。

お互いに妥協が必要になりますし、やる以上は思い切って、踏み込んだ形でやることが重要です。

当然に国内的には反撥がでます。日本で言えば、保守派からの強い反対が出るでしょうが、保守派の反対を抑えられるのは保守派の代表である安倍首相しかいません。リベラル派政権では保守派からの批判には耐えられません。(米中国交回復を電撃的に実行したのが、対中国強硬派のニクソンだったようなものです)

個人的には、改憲に強い意欲を燃やす安倍首相の政治スタンスには共感できませんが、議会における圧倒的多数をそういう思い切った外交転換のために使ってくれるのなら・・・という思いもあります。

「戦後レジームからの脱却」とは言いますが、中韓国民との間で戦後はまだ終わっていません。
国民レベルの和解を実現できたとき、日本と東アジアの戦後を終わらせた政治家として歴史に名をのこすことになるのでしょうが・・・安倍首相にその意欲はあるでしょうか?
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