Sixteen Tones

音律と音階・ヴァイブ・ジャズ・ガラス絵・ミステリ.....

あっちの(元)会長 春風亭柳橋

2016-09-22 10:28:39 | エトセト等


J 子が「笑点」がご贔屓で,その影響で落語番組をテレビで探したり,Youtube でつまみ食いしたりしている.きのうは BS で襲名したばかりという橘家文蔵の「夏泥」.この方は文左衛門時代にバンドを演っていると聞いた.

寄席芸人の団体に落語協会と落語芸術協会 (かっては芸術協会) がある.学生時代にオチケンの友人がいて,こっちの協会,あっちの協会と区別していた.サークルがこっちの協会から指導されていたという義理もあって,あっちの協会は一段下に見下しているようだった.そのころのあっちの協会の会長が六代目春風亭柳橋であった.Wikipedia では好意的とは言えない書き方もされているが,たぶん落研 OB の執筆だろう.

あのお経を歌うような喋り方がなつかしい.
当時の芸術協会は新作落語中心とされていたが,ぼくが寄席に行くようになった頃は,柳橋は古典落語をきちんとしゃべっていた.蒟蒻問答も柳橋で初めて観た.自分がご幼少のみぎり,ラジオで落語を落語と認識したのはこの柳橋と三代目三遊亭金馬からだった.
しかし柳橋は数年のうちにみるみる しわくちゃになり,寄席では小話をみっつよっつ喋って引っ込むようになった.歳をとるとはああいうことなんだ,と今になって思い当たっている.

柳橋は NHK のとんち教室のレギュラーだった.この番組は大喜利の変形だが,笑点と違ってメンバーで落語家は他には桂三木助だけだった.

ところで Youtube で志ん朝の声だけを聞いたら,(あまりそっくりではないのだろうが) 志ん生とそっくりだと思った.晩年の志ん生がラジオを聴いて,息子 (志ん朝) もうまくなったと感心したが,実は放送されていたのは志ん生の録音だったと聞いたことがある.
小学生時代は古今亭ではなく「ぽこんてい」で,タヌキのようなオヤジが落語を喋っていると思ってラジオを聞いていた.

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