日々の気付き

自分への提言

uraguchi-gaishutsu

2013年10月31日 11時28分37秒 | 日記
 何らかの理由で、被(ひ)監視状態にあって、自由に行動できない時、私はこれまで、正面突破を試みて失敗する、ということを繰り返してきました。
 秘密の脱出口から、監視人に気づかれずに、自由に行動できる可能性を、今、私は見いだしつつあります。
 例え、ろうごくに閉じ込められていようとも、人間の自由は、常に保障されているのだ、ということに、最近気づきつつあります。
 マンデラ大統領だって、20年も収監(しゅうかん)されていたんだ、ということを聞くと、勇気がわいてきます。

憶測・猜疑

2013年10月31日 01時30分57秒 | 日記
 一般に、「他人への不信感」と言われるようなものが、人の心に発生すると、自己防衛機能が働いて、本人は、相手から逃げるか、相手を倒すかのいずれかの選択を、行なうこととなる。
 「幽霊の正体見たり枯れ尾花。」と言う文句は、古くから使われる例えである。
 過剰な自己防衛機能の使用は、無実の相手を傷つけるばかりか、自分の生活にも負担を生じさせる。
 本来ならば、何かのアイデアを受け取り、それに基づいて、別の行動をとっているはずの人が、不信感のゆえに、アイデアの受信に心を割けず、身構えて何もしない状態におちいってしまう。
 このような状態が長く続けば、いずれ、本人は、逃避か、攻撃に転ずる可能性が高まってゆく。
 ひいては、この状態が、集団的に起こってゆけば、破壊・闘争の引き金となる。

人間の本能

2013年10月30日 11時25分33秒 | 日記
 誰もが、自分や他人の、間違ったものの見方に、いつまでも振り回されたくないと考えます。
 これは当たり前の事だと思いますし、誤解から抜け出したいと思うのは、人間の本能だと思います。
 そうした意欲がどこから出てくるのかは、分かりませんが、本来の自分ともいえるものが、肉体の中にかくれていて、本人の心にそういった意欲を持たせようとするのかもしれません。
 潜在する自分が、表面的な自分に、誤解の解消も含めて、色々なことをを要請するのだと思います。

心の新生

2013年10月30日 00時14分59秒 | 日記
 私たちは、生まれた時に比較すると、間違った先入観を受け入れることによって、気づくことの範囲が、小さくなってきています。
 そこで、本来の使命を果たすために、元の理解力に戻すために、間違った先入観を洗い流す必要が、時として、必要になってきます。
 つまり、大自然からの要請によって、心の新生は、発生します。
 心の新生の前と後とでは、気づくことの対象が変わってきて、今まで気付かなかったことに気づくようになります。
 心の新生は、本人の価値観を一変させますので、個人的には、幸福をもたらすと言えますし、個人が元の理解力を取りもどすことによって、その人を取り巻く社会全体が、利益を得ることになります。
 心の新生が、どのような状況で発生するのかは、一概には言えないと思いますが、大自然の生命力ともいえるものが、間違った先入観を捨てたいと願う人の意志にこたえて、本人に流入するのだと考えられます。
 大自然は、自ら誤解を捨てようとする人の意志にこたえるのだと思います。
 なぜなら、心の新生は、本人を大自然の意志に沿わせることになるからです。
 人によっては、心の新生は、何度も発生するかもしれません。

人と他の生き物との共存

2013年10月29日 16時28分30秒 | 日記
 人間以外の生き物の、どれをとっても、それらが暮らしやすい環境というものは、人間にとっても居心地のよい環境です。
 しかし、私たちは、何かに追われるようにして、目先の快適さのために、他の生き物の生活を犠牲にしています。
 そのようにして、人間は、自分で自分の首をしめながら、青息吐息で生きています。
 自分で自分を追いつめています。