わからない人には全然わからない話なので恐縮だが、オリンピックを前にして家電メーカーはダビング10なるデジタル録画機器の新規格を打ち出した。
この規格を巡っては著作権団体とのゴタゴタなどの話題が報道されているが、実は最大の問題はこれがユーザー不在の論議であることなのだ。
たしかに現在のデジタル録画機器=ハードディスク/DVDビデオ機は非常に使いづらい。ダビング10が解決しようとしているハードディスクからDVDへの録画の一回規制もそのうちのひとつだが、はっきり言ってそれはたいした問題ではない。だいたい普通の使い方をしているユーザーが同じ番組を10回もDVDに焼く必要など、まずないだろう。むしろDVDの劣化に応じてDVD間でのダビングが出来ることが切実な問題なのだが、そこは全く考慮されていない。
煩雑になるので詳細ははぶくが、動画記録用DVDには複数のフォーマットが混在し使い勝手を悪くしているだけでなく、そのほとんどが一般的なDVDビデオとの互換性がない。最近は様々な規格に対応した機器も増えてきたが再生専用機では使えないものも多い。
これらの問題の原因は過剰なコピー防止対策にあると考えられる。著作権団体や家電メーカーの言い分としては「劣化しないクオリティで作品が複製されてしまう」ということらしいが、それもちょっと納得しがたい。それならば画質や音質を落とした形でダビングできるようにすればよいのだが、現在のところたとえ品質を落としたとしてもデジタルコンテンツのコピーは原則的に出来ない仕様になっているようだ。それどころか(メーカーによって違うかもしれないが)デジタル放送を品質を落として録画した場合、デジタル録画機器が「売り」にしている追いかけ再生さえ出来ないのだ。こういう仕様になるというのでは行き過ぎと言わざるを得ないだろう。
そんなに警戒しなければならないのなら「高画質」のデジタル化など止めた方がよい。より高い機器やソフトを売りたいが、それをユーザーが勝手に使い回すのは防止したい、というのはメーカー側の身勝手であろう。(異様な執念で著作権権益の無限大の拡大を目指す米国の守銭奴的「スタンダード」もその背景にあるのだろうが。)
しかしメーカーがそうまでして必死に普及を目指しているデジタル放送自体は大衆の支持を受けられずにいる。その理由の一つが前述した機器の使いづらさなのだが、皮肉なことにデジタル機器が普及するすることによってもデジタル放送が危機に陥るというジレンマがある。
デジタル録画機器が性能を高めれば高めるほど、人はテレビ放送を録画して見ることが多くなり、その場合CMを飛ばして見るケースが増えるだろう。また、テレビ放送以外のデジタルコンテンツの価格が相対的に下がってきている状況は(封切りから一年程度で洋画のDVDが1500円になってしまうような)、家庭用放送録画環境がより販売メディアに近づく状況(前述している高画質化と過剰なコピー防止機能、複雑化)と相まって「テレビ放送でなくてもよい」事態を作り出す。
つまりそれは広告媒体として女王の座に君臨していたテレビCMの没落を意味する。レンタルDVDの頭に入っているCMやネット配信番組に組み込まれたCMの方が宣伝効果が高いということにさえなりかねない。NHKはさて置くも、民放は今後スポンサーを失い経営を維持していくことが難しくなっていくだろう。
家電メーカーが起死回生を狙ったテレビ放送のデジタル化は、こうしてテレビ時代の終焉のメルクマールと化していくのである。