テレビ朝日の「羽鳥慎一モーニングショー」でレギュラーコメンテーターを務める同社社員の玉川徹氏が10日間の謹慎処分(出勤停止10日間)となった。
10月4日の定例会見で同社の篠塚浩社長は「事実に基づかない発言を行い、番組および会社の信用を傷つけ損害を与えたことによる処分。誠に遺憾と思う」と述べたという。
この事実に基づかない発言というのは9月28日の「モーニングショー」において、玉川氏が「これ電通入ってますからね」と発言し、国葬の運営に電通が関わっているという誤情報を口にしたことを指す。
もちろん事実としては東京都江東区のイベント会社「ムラヤマ」が演出業務を1億7600万円で落札しており、電通が関わっているということは少なくとも表面上は確認できない。これは確かに重大な事実誤認であって、玉川氏に非があることは間違いない。玉川氏は翌日の同番組で誤りを認め謝罪した。
これがなぜ重大な問題なのかと言えば、この「ムラヤマ」こそ、安倍政権において例の「桜を見る会」の運営を任されてきた会社であり、かつ今回の国葬演出の受注においても、この会社一社のみが入札に参加できるように国が入札条件を操作した疑惑が持たれているからである。
【入手】安倍氏国葬の入札に出来レース疑惑 受注した日テレ系1社しか応募できない「条件」だった 44枚の入札説明書で判明
https://news.yahoo.co.jp/articles/4933736678a073e5233ba2ca094e6ed330e55a15
「安倍氏国葬儀」企画演出業務発注で、内閣府職員に「競売入札妨害罪」成立の可能性
https://news.yahoo.co.jp/byline/goharanobuo/20220926-00316872
確かに「ムラヤマ」の受注前は一般にまた電通案件だろうという予測が多くされていたが、予想に反して同社が落札したことはそれだけ大事件であった。そのことをいやしくもジャーナリストを自認するものが誤認するとは情けない話としか言いようがない。
直前に分割した夏休みを取るなど、玉川氏の気の緩みがあったと言われても仕方ないだろう。
とは言え。
果たして玉川氏は本当に懲戒処分を受けねばならないような発言をしたのだろうか。
問題の発言箇所の前後の番組の流れを書き起こしで、以下たどってみる。
テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」
22/9/28 9:00AMころ~9:06ころ
司会:羽鳥慎一
コメンテーター:
玉川徹
浜田敬子
安部敏樹
羽鳥:
まあ、ね、最初に弔辞ということがありまして、そんなかで浜田さん、やっぱり管さんの弔辞っていうところが、まあ、葬儀でありながら拍手が起こると、いう、んー、ところがある…
浜田:
一連の報道を見ていても昨日の国葬で一番話題になっていたのは、この管さんのやっぱりこの弔辞でしたよね。で、先ほどもおっしゃいましたけども、なぜこれを総理時代にこのくらいの、やはりあの、スピーチが菅さん出来るんだったら、やらなかったんだろうなってのをやっぱり思いましたよね。で、それは、一番言葉を尽くさなきゃいけない人は誰に対してかっていうと、やっぱり私は国民に対してだと思うんですね。で、まあ安倍さんもあの、親しい人に聞くと、ほんとに優しい人だって聞くんですよ。だからやっぱりその、自分と近い考え方の人とかにはたぶん言葉を尽くされたりとか非常に感情こもった、あの、ことを話されると思うんですね。管さんもそうだったかもしれないですけど、でもやっぱり首相とか総理という立場になったらですね、やっぱり会見とか、管さんの場合特に官房長官の時の会見が非常にやっぱり鉄面皮のような受け答えだっだわけですよね。何を聞いても同じ答えしか返ってこない。その時にやっぱりこれくらい、やっぱりなぜ私たちはこういう政策を進めたいのかとかっていうことをやっぱり説得し納得してもらうというような、ま、その、時には管さんの素顔も見えるような、で、やっぱり政権運営をしていたら色々な逡巡とかも実はあるからっていうような、こうやっぱり生身の部分とかが少し見えたらもっとやっぱり私たちのやっぱり感情も違っていたかなとは思います。
羽鳥:
まあ何人かね、昨日あの弔辞というかスピーチとかありましたが、管さんが一番刺さったなという感じはね、聞いててもありましたけれど。玉川さんいかがですか。
玉川:
まあ…、これこそが国葬の政治的意図だと思うんですよね。あのー、ま当然これ、これだけの規模の葬儀ですから、ま儀式ですからね。あの荘厳でもあるし、それから、その個人的な付き合いがあった人は、当然悲しい思いを持って、その心情を吐露したのを見ればですね、同じ人間として、胸に刺さる部分はあるんだと思うんですよ。しかし、それはたとえばこれが国葬じゃなくて自民党・内閣葬だった場合に、テレビでこれだけ取り上げたり、またこの番組でもこうやってパネルで紹介したり、さっきのVTR流したりしたかっていうと、なってないですよね。(羽鳥「うーん」)つまり国葬にしたからこそそういう風な部分を我々は見る、見る形になる。ぼくも仕事上こうやって見ざるを得ない、という風な状況になる。で、それってある種たとえればですね、それは自分では足を運びたくないって思っていた映画があったとしても、半ば連れられて映画を見に行ったら、なかなか良かったよと。そりゃそうですよ。映画作ってる方はそれは意図があって、あの、楽しんでもらえるように、それから胸に響くように作るわけですよ。だからこういう風なものも、我々がこういう形で見ればですね、それは胸に響く部分はあるんですよね。で、そういう形として国民の心に残るんですね、その、国葬ってのがありましたと、あのときにああいう風な、あの刺さる、胸に刺さる言葉がありました、いう風な形で既成事実として残るんですよ。これこそが国葬の意図なんですね。だから、ぼくは国葬自体が、やっぱり無い方がこの国には良いんじゃないかと、これが政治的な意図だと思うから。
羽鳥:
そうか…なるほどねぇ。ま、私はここの部分だけはちょっと違う感じがしたなあっていう風には思いましたけれどもね。うーん…。安倍さんはいかがです
安倍:
そうですね、あの、玉川さんがおっしゃっているような話の政治的意図って言うのが出て来る可能性っていうのがあるっていうのはやっぱりあるなと思って、その点に関しては留保しなきゃいけないなとは思うんですけど。なんかこう、ぼくがすごく思うのはこう、管さんのこのスピーチ、私自身も読んだり見たりしてすごく感動したんですけど、あのー、たぶん今のこう現代の生きてる日本の国民の多くの人は、これ政治利用だなって思うようなものっていうの対してけっこう鼻が効くようになっているとは思うんですよね。で、鼻が効くようになってるなと言うこと自体も、管さんとかっていういわば政権とかにいるような人は理解していて、だからこそそういうことを出してもどうせ上手くいかないからやりたくないと。ちょっと、たとえば管さんの場合なんか、私ガースーですとか言って滅茶苦茶スベったわけですよね。滅茶苦茶スベって、大失敗してなんかちょっと人気も下がったみたいなね、話もあったりするわけですけど。そういう風な意味で言うとたぶん、ある程度今いる政権の中の人達は意図的にそういうのをやったことが見透かされてしまう時代に生きていると。そういう中で、たぶんこれはもうその見透かされる可能性があるとかそういうの関係なく、管さん自身が思っていたことを言ったからこそ、こう響いているんだと、いう風に思っていて、その意味で国葬というものが政治利用されるんじゃ無いかということを玉川さんがこう指摘すると、ま、これ自体は健全なことだと思うんで良いなと思う一方で、たぶんこのスピーチ自体が多くの人に対して響いたのは、そういったその政治的意図を越えたもので個人の感情として彼がお話になったと言うのが良かったんじゃないかなというように思いましたね。
玉川:
僕は演出側の人間ですからね。あの、テレビのディレクターをやってきましたから。それはそういう風に作りますよ、当然ながら。あの政治的意図が臭わないように、それはあの、制作者としては考えますよ。当然、これ電通入ってますからね。
羽鳥:
うーん…。(安倍「ま、これ、だから、どっちか分からない…」)ま、どう、いや、そこまでの見方をするのか、それともこれは、ここは本当に自然に言葉が出たんだろうという見方はいろいろある…
玉川:
いや、あの、管さん自身は自然にしゃべってるんですよ。でも、そういう風な、届くような人を人選として考えてるっていう事だと思いますよ。
安倍:
ま、これ玉川さん、これいつもそう、面白いなと思いますね、ぼくはね。ま、テレビって言うのもそういう仕組み(が)な訳じゃないですか、ある意味それで言ったらね。(玉川「そうそう」)テレビっていうのは、その番組を見てそのコンテンツの間に広告を挟んでビジネスが成り立っているわけですから、ま、その意味で言うと広告の話とかって言うのは、この、ま、ある種国葬的なね政治利用の観点にも近いような構造があったりするんだと思うんですけど。ま、その上で、ま、たぶんそこの部分にはかなり多くの人々が鼻が効くようになっているんじゃないかっていうのがぼくの考え方なんですけどね。どうですか、それは。
玉川:
まあ、あの、それは演出家の考え方ですね。はい。
安倍:
なるほどね。うーん面白い。
引用:テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」
22/9/28 9:00AMころ~9:06AMころ
ここで分かるように、玉川氏の発言で明確に誤っていたのは、まさに「これ電通入ってますからね」の、たった一言だけである。
仮にこの電通がムラヤマだったなら、別段何も問題ないのでは無いだろうか。
そもそも「ムラヤマ」は「企画・演出」として業務を請け負っているのである。はっきり演出が仕事とされているのだ。
実際、上記で紹介した記事「「安倍氏国葬儀」企画演出業務発注で、内閣府職員に「競売入札妨害罪」成立の可能性」には、警備会社セコムの子会社が入札に参加しなかった理由として、「企画・運営の比重も多く、セコムジャスティックは基本、常駐警備の会社なのでそこまでのノウハウがありません。そうしたことから、入札することは考えていませんでした」と述べたと書かれている。
国葬が演出されていたことは、言うまでもないことだが事実である。
更に言えば玉川氏は、管氏の弔辞の話題をきっかけにして国葬全体の演出とその意図について語っているのであって、管氏の弔辞自体については「管さん自身は自然にしゃべってる」と認めている。
彼の発言はテレビマンとしての経験による感覚として、国家的イベントが政治的意図をもって演出がなされるのは当然だという意見であって、それ自体は何も不思議な意見では無い。
国際政治学者(?)の三浦瑠麗氏は「安倍チームに安倍さんの思いを言葉にする極めて有能なスピーチライターたちがいたことを知っていれば、安易にこうした決めつけをしなかっただろうと思います」と述べたとされる。
三浦瑠麗氏「有能なスピーチライターがいたことを知っていれば…」 玉川徹氏の謝罪に
https://news.yahoo.co.jp/articles/aec9117d2bf9b4a3b1dec9f424d51cc9898ce91c
彼女は「国葬の場で発される言葉とは政治そのものであり、誰にでも応用できるマーケティングや感動演出の域を超えています」と言っているが、もちろん現代政治における政治家がマーケティングなど広告・宣伝のプロによる演出を行うことは珍しくないし、その意味で当然スピーチライターの書く文章もまた演出の一貫であることは周知の事実である。
加えてあえて言うなら、メディアの政治利用はレーニンが体系化し組織的に運用したことで広まりそれはヒトラーにも利用された。一方でもちろん連合国も利用したし、日本では戦前から発行されてきた「アカハタ」(当時)が民衆の政治動員に大変大きな力を発揮したことから、戦後は自民党から公明党までこぞって全政党が政治機関紙を発行するようになったのである。
言っておくべきは、政治が演出をしたりメディアを利用したりすること自体が悪いのでは無く、何を目的にした演出であり利用であるのかということだ。
玉川氏はテレビの演出家として、演出そのものを否定しているのではなく、今回の国葬の演出が岸田政権の特定の政治的意図をもった演出であったということを指摘したに過ぎない。
しかし、なぜこの程度のことで玉川氏がこんなに厳しい処分を受けたのか。
そこにはいくつかの理由があると思う。
ひとつはテレ朝の社長が篠塚浩氏であること。
彼はもうずっと以前から政権、安倍派とべったりの関係であることが指摘されている。
たとえば次のような記事はネット上ですぐに見つかる。
テレビ朝日元社長が安倍首相と癒着する早河会長ら現幹部を「腹心メディアと認知されていいのか」と批判! 株主総会で追及も
https://www.excite.co.jp/news/article/Litera_3278/
テレビ朝日で統一教会報道がタブーに!『モーニングショー』放送差し替え、ネット動画を削除! 圧力を囁かれる政治家の名前
https://www.excite.co.jp/news/article/Litera_litera_12403/
また、今回の玉川氏への攻撃と処分について、マスコミが国葬擁護派寄りの報道ばかり繰り返す不思議がある。
果たして電通に対する配慮があるのか、それとも政権への忖度か。
ただ指摘できるのは、今回の国葬には複数のテレビキー局が深く関わっている点だ。企画・演出を受注した「ムラヤマ」は現在日本テレビの100%子会社であり、国葬の司会をしたのはフジテレビの現役アナウンサーである。もちろん各キー局は全国紙やスポーツ紙、夕刊紙を含めたメディア複合体に所属している。
ちなみに関係は無いかもしれないが、今日のモーニングショーの冒頭で厳しく玉川氏を糾弾し、再謝罪を求めた羽鳥慎一氏はご存じの通り日テレのエグゼクティブアナウンサーだった人であり、今も日テレの最重要人物である。
今回の玉川氏の事実誤認の発言はもちろん容認できないものの、10日間もの出社停止を受けるような事柄ではない。これはまさしく政治弾圧であり言論封殺である。
玉川氏への批判者、攻撃者はいったい彼の発言の何に怒っているのか。ぼくには理解できない。それはおそらく彼等の怒りは玉川氏の間違った発言には無いからだ。
彼等は玉川氏の反国葬、反政権、反アベ政治の態度に我慢できないだけだ。たまたま彼が一言失言したことで足下をすくい、ここぞとばかりに集中攻撃しているだけなのである。
それはまた、大多数を占める反国葬の国民世論をひっくり返すための戦略的攻撃でもある。
たいしたことのない間違いに対して、あたかも大問題であるかのように大騒ぎし、それをもって反国葬、反岸田政権の世論を沈静化させようというのが、その裏に隠された最も大きな彼等の目標だ。実は政治的意図を持った演出はまだ続いているのである。玉川攻撃こそ、反国葬派は悪意を持った嘘つきであるという政治的宣伝、演出である。
本当のことを言えば、ぼくは玉川氏の信者ではないし、むしろ批判者側だが、この言論弾圧を見過ごすことは出来ない。
この問題に多くの人が気づき、言論の自由を守る意志を示すことを期待する。