以前に環境保全グループで活動していたとき、もうその当時は若者や子供がボランティアに参加するような状況ではなくなっていて、リタイア世代だけが運動を担っていた。子供は受験準備に追われ、青年は長引く不況の中でボランティアに関わる余裕を失ってしまったのだ。
リーダーは年配の女性で、現実に暴力をふるうわけではないがとても攻撃的で気性の荒い人だった。とは言え、それは自分に近しい者、というより自分の部下と思う人にしか発現しなかったので、一般の活動参加者にはいつも「いい顔」を見せていた。通常の活動日に集まるのはだいたい5人から10人弱で、男女の比率は同じくらいだった。
そんな中にいくぶん若い(と言っても60手前くらいだが)男性の常連がいた。その人は現場作業員というか職工ひとすじで生きてきた人だった。活動の中では明るくて仕事が出来、頼りになった。ただ少し気が短く、納得のいかないことはやらないタイプだった。実際にはそんなことはなかったが、見方によっては協調性のない人と見えたかもしれない。まあいわゆる頑固親父という感じだろうか。
リーダーの女性はこの人がたぶん苦手だった。自分の思うとうりに動かないからだ。それともうひとつ問題だったのは、この男性がしばしば下ネタの冗談を言うことだった。
環境保全活動の現場作業をやるために集まってくるリタイア世代の人々とはどういう人かというと、ある人々は高学歴、高収入のインテリタイプである。理念に共感してやって来て、美しい自然と交歓することに喜びを感じる奥様などである。その一方で現場たたき上げのおじさんたちも来る。こういう人達は子供のころ野山で遊んでいた感覚で、いわば秘密基地作りの代わりに高度な自然環境保全作業をやりに来るのである。もちろん当然理念にも共感しているのだが。
この二つの層は通常は和気あいあいと作業をしている。しかしたとえばこういう「下品」な話題が出てきてしまうと、奥様たちはたちまち嫌になってしまうのだ。
それで女性リーダーは、その場では一番年下の(それでも50くらいだったが)ぼくに、この男性を注意しろと言ってきた。関係性から言えば、ぼくはリーダーの子分、男性はベテランの一般参加者という感じだろうか。
その時、ぼく自身に余裕があったら方策を色々考えたかもしれないが、色々あってその役は断固拒否した。色々ということのひとつにはリーダーへの反発があった。彼女はぼくのような子分に対して命令はしてくるが、ほとんど下からの意見を聞くことはなかった。もちろん技術的な細かい個々のことについては取り入れるのだが、運営方針のような重大な問題については決して他人の意見を聞く耳を持たなかった。子分たちも自分の言うことを聞くうちは主催者側としてこき使うが、言うことを聞かないと「お前には何の権限もないただの一般参加者だ」と露骨に言い放った。
さらに言えば、ぼくも確かに下ネタの冗談は好きではないが、町工場の工員なども長くやったし、そういう話に慣れており受け流すことが出来た。ある意味で悪気もなくただ地が出てしまっただけの人に対して、気まずくなるようなことは言いたくはなかった。もしそれが本当に活動に支障をきたすようなことならリーダーである人が自分から言うべきであろうとも思った。
この話はたぶんそこで何もしないまま放置されたのだと思うが、そのうちリーダーは男性の作業のやり方自体を批判するようになり、やがて男性は少しずつ活動から遠のいていった。ぼくも結局、リーダーのやり方に爆発してしまい活動から撤退した。もっともリーダーのカリスマ性と活動の重要性から、ぼくも件の男性もある程度の距離を取りながら、完全に決別することが出来ないままここまで来ているのが現状だ。まあ裏では今でも相当悪口を言われていると思うが。
リーダーのことはさておくとしても、男性の冗談に対してどういう対処をすることが良かったのか、未だによくわからない。
それは女性たちがいる前では一種のハラスメントであったと言うことが出来る。また、ぼくや男性がもう少し違う立場、違う状況だったら、ぼくも別に気兼ねなく軽く注意できたかもしれない。
そこにあった本当の問題は運動内部の信頼関係のもろさだったのだろう。上下にも横にもしっかりした信頼関係が作られていれば、誰が誰に何を言っても問題は解決していったろう。
しかしボランティア運動でも、ましてや一般の会社などの組織の中では、そうした強固な信頼関係はなかなか作れるものではない。そうであるならあとは個別の信頼関係を作っていくしかない。ぼくは環境保全グループではもういいかげんうんざりしていて、すぐにでも辞めてしまいたいという気持ちだったから、そういう関係構築をする気もなかった。いけないと言えばそれがいけなかったのだろう。
少し前の記事(「テレビコメンテーターへの違和感(政務調査費とかイジメとか)」2014/7/3)の中で書いたように、ぼくは中学時代にイジメにあっていたけれど、たったひとりの女の子がひとこと言ってくれただけで本当に救われた。以前に初めて入った会社でイジメを受けた話も書いたことがある(「あなたの生活を破壊するかもしれない秘密法」2013/11/11)。このときはもちろん誰も社長に公然と抗議できるような人はいなかったが、その代わりみんなが社長の目を盗んではぼくに話しかけたり、差し入れをしてくれたりしてくれた。最後は送別会まで開いてくれた。とてもうれしかった。
組織自体は不毛な場所であっても、それぞれの人間同士は何かを作ることが出来るかもしれない。そこから何かが始まることがあるかもしれない。もちろんいつもうまくいくわけではない。会社などで個人的な信頼関係を作ろうとして大きな失敗をしたこともある。今は詳細を書く気にならないけれど。
ハラスメントの問題は難しい。同じ事をしても別の関係性、別の状況ではハラスメントにならないことも多い。それこそそこには化学式は無いから厳密にハラスメントを規定することができない。だからと言ってハラスメントが存在しないわけではないし、当事者が気づかなくてもそれはある。認めたくはないが、ぼくもたぶんずいぶんとやってきたと思う。被害者が訴えられないからこそハラスメントである部分もあるだろう。
ぼくもなかなか出来ないことだけれど、周囲が気づかなくてはならないのだ。そしてもちろんそのハラスメントに立ち向かい是正させることが出来るのなら、それが一番良いだろうが、それ以前にまず弱い者に気持ちを寄り添わせることが先かもしれない。社長に隠れて声をかけてくれたぼくの昔の同僚のように。
リーダーは年配の女性で、現実に暴力をふるうわけではないがとても攻撃的で気性の荒い人だった。とは言え、それは自分に近しい者、というより自分の部下と思う人にしか発現しなかったので、一般の活動参加者にはいつも「いい顔」を見せていた。通常の活動日に集まるのはだいたい5人から10人弱で、男女の比率は同じくらいだった。
そんな中にいくぶん若い(と言っても60手前くらいだが)男性の常連がいた。その人は現場作業員というか職工ひとすじで生きてきた人だった。活動の中では明るくて仕事が出来、頼りになった。ただ少し気が短く、納得のいかないことはやらないタイプだった。実際にはそんなことはなかったが、見方によっては協調性のない人と見えたかもしれない。まあいわゆる頑固親父という感じだろうか。
リーダーの女性はこの人がたぶん苦手だった。自分の思うとうりに動かないからだ。それともうひとつ問題だったのは、この男性がしばしば下ネタの冗談を言うことだった。
環境保全活動の現場作業をやるために集まってくるリタイア世代の人々とはどういう人かというと、ある人々は高学歴、高収入のインテリタイプである。理念に共感してやって来て、美しい自然と交歓することに喜びを感じる奥様などである。その一方で現場たたき上げのおじさんたちも来る。こういう人達は子供のころ野山で遊んでいた感覚で、いわば秘密基地作りの代わりに高度な自然環境保全作業をやりに来るのである。もちろん当然理念にも共感しているのだが。
この二つの層は通常は和気あいあいと作業をしている。しかしたとえばこういう「下品」な話題が出てきてしまうと、奥様たちはたちまち嫌になってしまうのだ。
それで女性リーダーは、その場では一番年下の(それでも50くらいだったが)ぼくに、この男性を注意しろと言ってきた。関係性から言えば、ぼくはリーダーの子分、男性はベテランの一般参加者という感じだろうか。
その時、ぼく自身に余裕があったら方策を色々考えたかもしれないが、色々あってその役は断固拒否した。色々ということのひとつにはリーダーへの反発があった。彼女はぼくのような子分に対して命令はしてくるが、ほとんど下からの意見を聞くことはなかった。もちろん技術的な細かい個々のことについては取り入れるのだが、運営方針のような重大な問題については決して他人の意見を聞く耳を持たなかった。子分たちも自分の言うことを聞くうちは主催者側としてこき使うが、言うことを聞かないと「お前には何の権限もないただの一般参加者だ」と露骨に言い放った。
さらに言えば、ぼくも確かに下ネタの冗談は好きではないが、町工場の工員なども長くやったし、そういう話に慣れており受け流すことが出来た。ある意味で悪気もなくただ地が出てしまっただけの人に対して、気まずくなるようなことは言いたくはなかった。もしそれが本当に活動に支障をきたすようなことならリーダーである人が自分から言うべきであろうとも思った。
この話はたぶんそこで何もしないまま放置されたのだと思うが、そのうちリーダーは男性の作業のやり方自体を批判するようになり、やがて男性は少しずつ活動から遠のいていった。ぼくも結局、リーダーのやり方に爆発してしまい活動から撤退した。もっともリーダーのカリスマ性と活動の重要性から、ぼくも件の男性もある程度の距離を取りながら、完全に決別することが出来ないままここまで来ているのが現状だ。まあ裏では今でも相当悪口を言われていると思うが。
リーダーのことはさておくとしても、男性の冗談に対してどういう対処をすることが良かったのか、未だによくわからない。
それは女性たちがいる前では一種のハラスメントであったと言うことが出来る。また、ぼくや男性がもう少し違う立場、違う状況だったら、ぼくも別に気兼ねなく軽く注意できたかもしれない。
そこにあった本当の問題は運動内部の信頼関係のもろさだったのだろう。上下にも横にもしっかりした信頼関係が作られていれば、誰が誰に何を言っても問題は解決していったろう。
しかしボランティア運動でも、ましてや一般の会社などの組織の中では、そうした強固な信頼関係はなかなか作れるものではない。そうであるならあとは個別の信頼関係を作っていくしかない。ぼくは環境保全グループではもういいかげんうんざりしていて、すぐにでも辞めてしまいたいという気持ちだったから、そういう関係構築をする気もなかった。いけないと言えばそれがいけなかったのだろう。
少し前の記事(「テレビコメンテーターへの違和感(政務調査費とかイジメとか)」2014/7/3)の中で書いたように、ぼくは中学時代にイジメにあっていたけれど、たったひとりの女の子がひとこと言ってくれただけで本当に救われた。以前に初めて入った会社でイジメを受けた話も書いたことがある(「あなたの生活を破壊するかもしれない秘密法」2013/11/11)。このときはもちろん誰も社長に公然と抗議できるような人はいなかったが、その代わりみんなが社長の目を盗んではぼくに話しかけたり、差し入れをしてくれたりしてくれた。最後は送別会まで開いてくれた。とてもうれしかった。
組織自体は不毛な場所であっても、それぞれの人間同士は何かを作ることが出来るかもしれない。そこから何かが始まることがあるかもしれない。もちろんいつもうまくいくわけではない。会社などで個人的な信頼関係を作ろうとして大きな失敗をしたこともある。今は詳細を書く気にならないけれど。
ハラスメントの問題は難しい。同じ事をしても別の関係性、別の状況ではハラスメントにならないことも多い。それこそそこには化学式は無いから厳密にハラスメントを規定することができない。だからと言ってハラスメントが存在しないわけではないし、当事者が気づかなくてもそれはある。認めたくはないが、ぼくもたぶんずいぶんとやってきたと思う。被害者が訴えられないからこそハラスメントである部分もあるだろう。
ぼくもなかなか出来ないことだけれど、周囲が気づかなくてはならないのだ。そしてもちろんそのハラスメントに立ち向かい是正させることが出来るのなら、それが一番良いだろうが、それ以前にまず弱い者に気持ちを寄り添わせることが先かもしれない。社長に隠れて声をかけてくれたぼくの昔の同僚のように。