今回も、前回と同様に胃がんに効く漢方薬をご紹介しましょう。
これまでに何度もご紹介したように、漢方では、多くの病気の原因が瘀血(おけつ=古くなった不要な血液)と水毒(体内の水分が過剰な状態)であるとされています。
特に瘀血は深刻な害をもたらすようで、『臨床応用漢方医学解説』(湯本求真:著、同済号書房:1933年刊)という本によると、瘀血は重力の作用によって下方に沈み、その多くが骨盤腔に沈着し、これが原因で痔核となり、膀胱炎となり、静脈瘤となり、男性では前立腺肥大や睾丸炎となり、女性では卵巣炎や子宮内膜炎となるそうです。
そして、胃潰瘍は、この瘀血が上攻した結果であり、駆瘀血煎丸(瘀血を除去する煎薬や丸薬)を応用すれば、黒色血臭の糞便を下してすぐに治り、再発しないそうです。
さらに、胃がんの原因も主として瘀血であり、著者の湯本氏は、証(しょう=患者の病状や体質)に応じた漢方煎薬と、下瘀血丸(げおけつがん)、大黄䗪虫丸(だいおうしゃちゅうがん)、抵当丸(ていとうがん)を証に応じて兼用することにより、多くの胃がん患者を治療したそうです。
これらの丸薬のうち、現在でも入手可能と思われる大黄䗪虫丸は、大黄(だいおう)、黄芩(おうごん)、甘草(かんぞう)、桃仁(とうにん=モモの種)、杏仁(きょうにん=アンズの種)、芍薬(しゃくやく)、地黄(じおう)、乾漆(かんしつ=ウルシ)、虻虫(ぼうちゅう=アブ)、水蛭(すいてつ=ヒル)、䗪虫(しゃちゅう=薬用ゴキブリ)の十一味から構成されています。
大黄䗪虫丸 = 大黄+黄芩+甘草+桃仁+杏仁+芍薬+地黄+乾漆+虻虫+水蛭+䗪虫
適応症は、消化器病、神経症および精神病、結核性疾患、血行器および血液病等によって、衰弱がはなはだしく、やせ細って腹がはり、飲食できなくなった状態だそうです。
こういった症状は、体内にある「乾血」が原因で、そのために皮膚が鮫肌となり両目が暗黒となるものにこの薬を用いると、体内の「乾血」を去り、身体を緩め、弱り疲れたものを強壮にするそうです。
なお、「乾血」は「久変敗血」と説明されていて、どうやらこれは久しく変質し腐敗した血液のことで、植物性の駆瘀血剤だけでは除去できない瘀血のようです。
昔の人は、「乾血」の存在に気づき、これを除去するために様々な方策を試した結果、アブやヒル、ゴキブリといった動物性の駆瘀血剤を発見するに至ったのだと思われますが、最初にこれらを試した人の勇気には頭が下がりますね。