ブログ雑記

感じることを、そのままに・・・

金魚の心臓マッサージ

2012-10-28 16:26:52 | Weblog

<金魚が飛び出した>
 庭の片隅で直径四十センチほどの瓶(かめ)に六匹のメダカと一匹の金魚を飼っている。
 暖かい日なので、濁り始めた瓶(かめ)の水替えをする気になった。
 小さな網で魚をすくってバケツへ移し替えて、瓶(かめ)の水をいきなり庭へ掻(か)い出し、底の砂を笊(ざる)へひっくりかえして、ホースの水を勢いよく吹き付けながら手もみ洗いをした。    
 水苔や瓶(かめ)の中の睡蓮(すいれん)の鉢も汚れを落として、砂を戻し、ホースを瓶(かめ)に放り込んで水が一杯になるのを待って、金魚とメダカを驚かさないように静かに澄んだ水に戻すと、ここは我が家だ、と言わんばかりに、尾を振ってさっと潜って行った。
 後片付けをしていると、ぴちゃぴちゃと何か跳ねているような水音がしていたが、綺麗になった瓶(かめ)の中で金魚が嬉しくて勢いよく泳いでいると思っていた。しかし少しすると気掛りになって、様子を見に行くと、金魚が庭の芝生の上で動かなくなっていた。つまみ上げて触ってみても、ぴくっともしない、どうして外へ出たのか、わからなかった。水替えをして瓶(かめ)へ戻すと確かにスイスイと泳いでいた。水が澄んで気持ちがいいものだから、少しはしゃぎすぎて飛び上がって、瓶(かめ)の縁を越え、戻れなくなってしまったのだろうか。そう言えば、水をいつもより多めに入れてしまって、瓶(かめ)の口の際まであった。金魚はいつもと同じ気分で飛び跳ねたけれど水位が高くて縁を越えてしまったに違いなかった。此れは私の責任だと、動かなくなった金魚を振ってみたが矢張り動かなかった。
 芝生に飛び出した金魚は初めて体験する水のない、乾いた空気だけの外界で、少しずつ薄れてゆく意識に逆らいながら、水の底から見る丸い空の色や景色と、芝生に横たわって見る風景は全く違って何処までも広がりがあった。周りをきょろきょろ見渡すうちに目の水分が無くなって、瞼が動き難くなって来るのを必死で堪えている時、何か柔らかそうなものが目の前を通り過ぎたと感じた瞬間、瞼が閉じてしまってもう自力では開かなかった。   すると体がふわあーと浮き上がった。
「どうしたのかしら、全然動かない、死んだみたい」とつぶやいて、体中をなで回すけれど、乾いてしまった私は、目も閉じたままで動くこともできなかった。「可哀想だけれど仕方ないわ」と独り言が聞こえたと思ったら、腐りかけた生ゴミの臭いが鼻をついて、ぬるぬるしたものの上に投げ出されていた。するとその場の水気(みずけ)で瞼が動いて目が開いてきても暗闇で何も見えなかった。少し身体も動くかと思ったけれど魚は水の外ではじっとして死を待つ意外に術はなかった。又だんだんと意識が朦朧(もうろう)として何もわからなくなってきた。
 
 夕ご飯の支度をしながら
「お父さん、金魚が死んじゃった」と言うと怪訝(けげん)そうに私の方を見て
「水替えをしたばかりじゃないのか」と腑に落ちない表情になったので
「どうも瓶(かめ)から飛び出したらしいの」と言い訳めいた返事をした。
「じゃあ、塩水に浸けてみれば、生き返るかもしれないよ、そのような話を聞いたことがある」
「でも今、生ゴミボックスへ処分したの」と言いかけて、思い直し、生きているか試してみようと、すぐ取りに行って、口を広げて、えらをつまんで引っぱり、ちょっと刺激を与えてから指で軽く心臓マッサージをしてみた。(と言っても魚の心臓が何処にあるのかは知りません)
 駄目だと思いながら瓶(かめ)の中の睡蓮(すいれん)の鉢へ両脇を石に抱かせて水に浸けた状態にしておいた。
生き返ることなどあり得ない、と思いながら、もしかすれば・・・と祈っていた。
 明くる朝、庭に出た主人から
「お母さん金魚が泳いでいるけど、二匹いたのかなあ」と問いかける声が響いた。
「えっ、なあに」と確かめるように聞き返し、
「金魚は一匹よ」と言うと
「一匹なら、生き返っている、早く出て来いよ、奇蹟が起こっているぞ」とたまげたように声を更に大きくして私を呼んだ。
急いで庭へ出て瓶(かめ)を覗き込むと私の金魚は悠々と泳いでいた。正に奇蹟が起こっていた。
 瓶(かめ)の上に渡した板の上でいつものトカゲが下をちらちらと覗き込み、行ったり来たりを繰り返し、私がこぼす金魚の餌のおこぼれをさがしていた。それは昨日と同じ光景で、金魚もメダカも変わりなく泳いでいた。
 あの金魚が芝生の上でもがいていた時間はどれほどだったのだろう。十分も二十分も経っていたはずだ。それにしても神様が現れて奇蹟を行なったとしか言いようのないことが起きていたのだ。本当に不思議だ。
 生きているって何が起こるかわからない。
 命は奇蹟が積み重なった時間だ、と思った。 

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