ブログ雑記

感じることを、そのままに・・・

シドニイシェルダンの死

2007-01-31 23:13:32 | Weblog
www.dokidoki.ne.jp/home2/spacepl/www.dokidoki.ne.jp/home2/spacepl/私の好きなシドニイシェルダンの死が報じられていた。拙い語学力の私が初めて読んだのが彼のMASTER OF THE GAME か BLOODLINEだったように思う。単語も文も読みやすく、それでいて凄く面白かった。本当のエンターテイナーだった、と思う。映画や舞台の脚本を書いていた有名な脚本家だったから読者を楽しませるコツを体得していたのだろう。彼の作品は全て読んだ。どの作品もハラハラドキドキさせられた。そしていつも次の作品を期待していたのにもう読めないと思うと寂しい。
ご冥福を祈ります。

今手元に彼の作品が6冊あります。読まれる方があればお送りします。
作品名
ARE YOU AFRAID OF THE SKY *****TELL ME YOUR DREAM
THE BEST LAID PLANS *****MORNIN NOON & NIGHT
NOTHING LAST FOREVER *****THE SKY IS FALLING
連絡先 ウエブ リサイクル ライブラリー

ウインドウズ初体験

2007-01-30 21:46:15 | Weblog
ウインドウズビスタの発売に合わせて初めてウインドウズのパソコンを買った。戸惑うばかりだ。立ち上げは販売店の人にして貰った。その後メールをしようとするのだがうまくいかなかった。もう一度立ち上げなおしてみようとするのだが調子が悪い。販売店の人もウインドウズビスタは初体験でマイクロソフトへ電話を入れて指示をもらいながら操作してやっとオーケーになった。まあ何とかなるでしょう。マックの方が画面がすっきりしていて使い易いのだけれど皆が使っているウインドウにも慣れておかないと、と思って挑戦。便利なことがあるかもね。

陰におびえる

2007-01-29 11:07:21 | Weblog
歩き慣れたクランクになった道で二つ目の角を曲がろうとした時無意識ではあったが左にあった長めの薄い自分の陰が消え短い鮮明な黒い何ものかが動いて、音もなく一瞬誰かがひょいと寄り添ったような気がしてドキッとした。頭を右に振ると足元に短いハッキリとした陰が広がっていた。自分の陰だった。街灯の位置で光の方向と量の変化で生じた至極もっともな事なのに自分の陰に怯えるなんて、どうしてなのか分らなかった。年をとるにつれてとっさの判断力が鈍くなって、若い時には無かった感覚と知覚の間に生じたズレが原因かも知れない。

日溜まり

2007-01-27 20:47:41 | Weblog
        風のない冬の日の日溜まりは何ものにも勝る。
        できれば椅子を持ち出して目を閉じて太陽の明るさを
        目蓋の裏に感じながら静かに深く息を吸い、ゆっくりと
        吐いて、眠りと目覚めの狭間にいるようなえもいわれぬ
        時を持ちたくなる。
        しかしそれも難しい。
        時間は十分あるのだが気持がそこまでフリーになれない。
        まだまだ若いということなのかも知れない。

変身ペットボトル

2007-01-26 13:51:59 | Weblog
このコースは少しご無沙汰していた。下る時はそれ程感じないけれど上る際は大変きつい坂だ。膝と心臓というか腹にこたえる。一気に行くと息も上がって来る。だからゆっくりと歩くことにしている。今回はペットボトルの風車を発見してなかなかの出来栄にしばらく立ち止まって小休止した。
畑の向側は小山になっていて木々の間から南北朝時代の武将で新田義貞の弟の脇屋義助公の墓所が見える。今は殆ど人も通らないけれどその昔は伊予の国府があり、国分寺、国分尼寺や直ぐ南の山には山城があった。きっと沢山の人が行き交い賑わっていたに違い無い。空想の羽を広げて遠い過去へ飛んで我を忘れているとバックパックを背負った初老の婦人が「今日は」と声を掛けて通り過ぎた。はっと我に帰って「ああどうも、今日は」と声を返して少しうつむき加減の姿勢で再び上っていった。

この日は用事の度に歩いたので夜携帯の歩数を確認すると13000歩も歩いていた。
超グッドな1日だった。

梅咲きました

2007-01-25 17:12:13 | Weblog
今日は本当に暖かい。
昼間はチョット気が引けるが天気につられて歩いて用事に出掛けた。
車では五分も掛からない距離でも歩くと二十分も掛かった。
気持がよかった。
高台から下っていく道沿いには六本の大きな椿の木を1メーター50センチ
程に切り揃えて生け垣にしている畑があった。切られることがなければ恐らく
4メーターをこえる見事な木になっていただろう。
それぞれの枝に椿が咲いているのだがもう盛りを過ぎていた。花も咲き染めた時は
本当に綺麗なのだけれど、それを過ぎると一気に魅力が失せる。
通り過ぎてふと思った。
私が持っている1号(ハガキ)の大きさの日本画にただ一輪の寒椿が描かれていて何十年も経った今も時季になると掛けてみるが咲いたばかりの瑞々しさがあ。
芸術家は凄い。
しかし自然の素晴らしさが無ければ芸術も生まれなかったのだ。

平地へ出たところで今度は広い雑草地に忘れられたように植えられた一本の梅の木に出くわした。暖かさの所為かもう花が咲き始めていた。

暖冬もいいのだけれど原因が地球の温暖化だとすれば大変だ。

福祉住環境コーディネーターに合格しちゃった

2007-01-22 12:03:24 | Weblog
昨年の十月五日に“福祉住環境コーディネーターに挑戦”のタイトルでブログを書いた。十一月二十六日に試験だった。思いつきではじめてはみたけれど参考書を読んでいくうちに大きな壁にぶち当った。年をとっていても元気に動き回れる健常者の自分からは想像出来ないことばかりのことが書かれていて、それに先ず面喰らってしまった。最近テレビなどで寝たきりの方などを見て介護の様子は少しは分かっているつもりだったが、勉強をしていくにつれて、もし自分が介護される側になってしまったらどうしよう、と人の心配よりも六十五才の自分に不安を覚えた。しかしどうすれば健康でいられるのかは、誰にも分らない。ひたすら生きることが一番だと割り切って、思い直して初めての言葉などに難渋しながらどうにか分厚い参考書を読み終えた。頭に入っているかどうかは別問題だけれど。続いて六年分の問題集に挑戦。現在の試験は記述式ではなくて採点が簡単にできるようにマークシートなのも馴染みにくい。しかし上手く慣れれば得点しやすいようにも思える。何か慌てると間違えるようなニュアンスの項目が並んでいて福祉用語や病名に戸惑うばかりだった。それでも試験前一週間で問題集を三回練習する、と決めて何とか実行した。福祉を本当に理解する、といったことではなく、単なる問題の丸暗記です。萎みかけた頭にどれ程溜め込めるのやら????それでも諦めずにテストに挑戦した。会場に入って周りを見渡すと、若い人や福祉関係の方とおぼしき人ばかりで場違いの所へ入り込んでしまったような落着かない気持になった。しかしいざ試験が始まってしまうと周りのことなど関係なく自分の世界にはまった。若い時分だと半分ぐらいの時間で一応解答を終えて、後の時間は確認に当てれたと思うのだが、今回は思惑が違って遅々として進まない、これ時間内に最後までできるの?と時々不安が過った。それでも五分程前に答案用紙を提出出来た。久し振りに緊張した。会場をでて車に乗り込んで少しホッとして自分なりに採点したが、合否の判定は出来なかった。合格点の七十点はハードルが高かった。帰宅すると家内に「お父さん どうだった?」と尋ねられたが曖昧に「多分駄目だろう」と返事した。内心では多分合格と思いながらもセーフティーネットを張って、後で揶揄されないようにした。合否の通知書は家内ではなく自分が直接受取るつもりだったが、不覚にも家内が受取ってしまった。ああ駄目だ、と思いながら開封すると合格通知だった。一安心した。それにしてもこの資格を活かしていけるかな?二級建築士の資格も取りながら、家を一軒も建てた経験もないものが???
いや高齢者だからわかりあえる福祉の分野で役に立てれば・・・まず踏み出してみよう。時間はあるのだから。

後七日御修法(宮中の正月行事)

2007-01-21 18:28:43 | Weblog
十四日に東寺の五重塔を見に行った。バスを降り境内に入って先ず皆で写真を撮った。五重塔を背景に入れると逆光になっていたが旅の主催者が二度程シャッターを切った。フラッシュが光って顔を過った感じがあったから、きっと上手く写っているだろう。旅の記念の写真はそれ一枚きりだから楽しみにしている。そしてボランティアの学生が五重塔の由緒の説明をしてくれた。私は学生の説明もそこそこに内部へ入って柱や構造に圧倒されながら素晴らしさに我を忘れた。次の建物に入ると今度は木彫の仏像が立ち塞がるように迫ってきた。理屈ではなく目に見える形で表されてはじめて仏のありがたさが分かったような気がした。伽藍を巡るうちに、沢山の人が道沿いに並んでいるのに気付いた。これは一体なんだろう。きっと何かを待っている、と思った。家内がそばにいるご夫人に声をかけると、「いい日に来られましたね。今日は“ごしちにちみしほ”の結願の日で宮内庁より天皇陛下の御衣を奉持した勅使が参向され、道場へ焼香参拝されます。」と説明してくれました。後で貰った説明書を読むと、八百三十五年(承和ニ年)弘法大師が宮中で正月八日から十四日までの七日間修法されたのが始まりで、明治の混乱を経て同十八年から東寺で行なわれるようになったそうだ。鎮護国家、五穀成就、国土豊饒を祈願する。天皇家は神事でのみ願いごとを行なうと思っていたが、仏事でも行なうとは初めて知った。矢張り天皇家は日本文花の要なのだ。軽々に論ずべきものではないのかも知れない。

一寸酔って候

2007-01-18 16:55:48 | Weblog
前進座の初春公演を観た後前日ネットで予約を入れていた祇園木屋町にあるお店で夕食をとった。予定では七時に芝居が終わって、七時半に食事をするようにしていた。しかし南座を出たのは八時を少し回っていた。初めての場所でお店を探していくとなるとまだまだ時間が掛かるのではと心配したが、予め聞いていたお店への曲り角の目印の看板を難無く見つけだした。そこを左に折れるとアーケードが無くなって寒さが増したようだった。夜の華やいだ明かりが軒を列ねる通りを平静を装いながら、目ばかりは右に左に動かして人を避けながら歩いた。一丁程で目的のお店だった。渋い暖簾に櫺子の戸、櫺子の窓、二階の窓には大きな簾が掛かって正に京都といった風情の店だった。入口の戸を開けると帰りかけた人々が大勢居て靴脱ぎ場が混雑していた。一瞬どうするの、早く整理してくれよ、と思っていると、どうぞの声が掛かったので靴を脱ぎ捨てて板の間に上がると、予約の席へ案内された。寛げるように掘りごたつになって、家内と家内の友人が並んで座って向かい合って私が座った。お酒が強ければ一気に熱燗といきたいのだが何様猪口一杯で真っ赤になってしまう下戸だから生ビールにして今年一年の平穏を念じながら乾杯した。そして一品づつ出されるご馳走や盛付けの器に感心していると早くも酔いがまわってきた。家内はご馳走をパチリパチリ、私も負けずにカウンターを記念に一枚・・・・・ご覧の写真のようにちょっと酔っていました。それにしても愉快な夜でした。我が家もいけれどたまには旅もいい。旅は心をほぐしてくれる。

東寺の五重塔

2007-01-17 12:05:13 | Weblog
前進座の五重塔の観劇の翌朝世界遺産になっている東寺へ参拝し国宝の五重塔の初層内部をつぶさに見せてもらった。東寺で貰ったパンフレットの図面や解説を読むと、劇の話は江戸だが塔の様子は東寺の五重塔そのものだ。心柱の大きさに圧倒されるようだった。五十五メートルもある塔をコンピュータの計算やシュミレーション技術も無い時代に木造で職人の経験と閃きで作り上げた技術力には脱帽です。そして現在もその耐震構造などの考えが超高層などに利用されていると聞いたことがある。

お寺に行って建造物だけを見ていては罰が当るかも知れませんが・・・
仏さまがいて素晴らしい伽藍などがあるのだから大いに感謝はしています。

まあ元気な証拠かも・・・きっとそうなのだ。