終には覚むる 夢の世の中 

組織や団体等には一切所属致しておりませんが、日蓮聖人の法華経信奉者です。日々の所感の記録・備忘録として活用させて頂きます

立ち止まり・見回し・耳を澄ませ・というモットーは、「予定表を見よ」に勝るのである E.F.シューマッハー

2013-10-17 07:58:41 | 日蓮聖人・本来の姿に戻ろう!
理性は羅針であり、欲望は嵐である

     ポープ




「仏法を壊乱するは 仏法中の怨なり

慈なくして詐(いつわり)親しむは是彼の人の怨なり

能く糾治する者は即ち是れ彼が親なり」等云々、

余は此の釈を見て肝に染むるが故に
身命を捨てて之を糾治するなり

    (太田殿御返事)


設ひ等覚の菩薩なれども元品の無明と申す大悪鬼
身に入つて 法華経と申す妙覚の功徳を障へ候なり、
何に況や其の巳下の人人にをいてをや、

又第六天の魔王 或いは妻子の身に入つて
親や夫をたぼらかし、
或いは国王の身に入つて法華経の行者ををどし、
或いは父母の身に入つて孝養の子をせむる事あり

    (兄弟抄)


この娑婆世界は第六天の魔王の所領であり、
魔王は人間が仏道を行じて己が手を離れることを
嫌う。よって住人の心をたぼらかし・自身の眷属と成し・
悪道に堕として己が地獄の住人と成さんと励む。

よって、徒に現世を誉めそやし・夢や希望に酔わせ・
現世への執着を煽るような風潮は狂気ともいえる。
現実をありのままに見つめ・受け入れ・其の中で真摯に生きる。
よく生きようとするその心・道を求める心にこそ仏・諸神は
住まわれるのであり、
尊い法を我が身に受け持つ人が貴いからこそ、
その人の住む処も貴いのだと説かれる。
浄土というも穢土というも我が一心にありとはこのことである。

真の法華経信奉者よ、
千変万化する娑婆世界で、一時の安寧の為にその心身を
阿て、後に無駄死にすること莫れ。





法華経は東方の薬師仏の主・南方・西方・北方・上下の
一切の仏の主なり、
釈迦仏等の仏の法華経の文字を敬ひ給ふことは
民の王を恐れ星の月を敬ふが如し、


然るに我等衆生は第六天の魔王の相伝の者・

地獄・餓鬼・畜生等に押し籠められて

気(いき)もつかず朝夕獄卒を付けて責むる程に、


兎角して法華経に懸り付きぬれば釈迦仏等の十方の仏の
御子とせさせ給へば、梵天・帝釈だにも恐れて寄り付かず、
何に況や第六天の魔王をや、

魔王は前には主なりしかども今は敬ひ畏れて、
あしうせば法華経・十方の諸仏の御見参に
あしうや入らんずらんと恐れ畏みて供養をなすなり、

何にしても六道の一切衆生をば法華経へ・
つけじと・はげむなり、
    
    (浄蔵浄眼御消息)


法華経を怨む人に二あり、

一人は先生(せんじょう)に善根ありて
今生に縁を求めて菩提心を発して仏になるべき者は
或いは口閉ぢ或いは頭破(わ)る、

一人は先生に謗人なり、今生も謗じ先生に無間地獄の
業を成就せる者あり、是はのれども口則ち閉塞せず、
譬へば獄に入つて死罪に定まる者は
獄の中にて何なる僻事あれども死罪を行うまでにて
別の失なし、
ゆりぬ(免)べき者は獄中にて僻事あれば・
これをいましむるが如し、
~涅槃経に云く法華経に云く云々。

    
    (法蓮抄)


人皆口には此の経を信じ・手には経巻をにぎると
いへども、
経の心にそむく間、悪道を免れ難し。

譬へば人に五蔵あり。
一蔵も損ずれば其の蔵より病出来して余の蔵を破り、
終に命を失ふが如し

    (新池御書)


又如何に唱うとも日蓮に怨をなせし人人は
先ず必ず無間地獄に堕ちて
無量劫の後に
日蓮の弟子と成つて成仏す可し

   (経王御前御書)


徴(しるし)先達つて顕れ則ち災必ず後に来る、

去ぬる正嘉元年丁巳八月廿三日戌亥の刻の大地震
是併せながら此の端に非ずや、

法華経に云く如是相と、
天台大師云く「蜘蛛下りて喜事来り・鸛鵲鳴いて行く人来る」と、
易に云く吉凶動に於て生ずと、

此等の本分豈替るべけんや、所詮諸宗の帰依を止めて 
一乗法華経を信受せしむべきの由勘文を捧げ候

   (北条入弥源太への御状)


賢者の役割は
大いなる宇宙の律動を把握して
それに適応すること

  シューマッハー


薬師経に云く

「若し刹帝利・灌頂王等の災難起らん時は、
所謂人衆疾疫の難・他国侵逼の難・
自界叛逆の難・星宿変怪の難・日月薄蝕の難・
非時風雨の難・過時不雨の難あらん」

已上。
   
   (立正安国論)




今は毒身を捨てて後に金身を受ければ

豈歎くべけんや

   (阿仏房御書)


一代に簡われ
諸経に捨てられたる二乗作仏は
法華に限れり

   (真言見聞)


誰もがそれぞれの地獄を背負っている

   ウェルギリウス
  
人は苦悩することによってのみ、
苦悩を忘れる

    プルースト


~酔い覚めの水は甘露の味というではないか。
貪瞋痴の三毒から目覚め・
宇宙の妙なる法に我が身を適さんが為に~


方便品の長行書進(かきまいらせ)候。
先に進せ候し自我偈に相副(そえ)て
読みたまうべし

   (曽谷殿御返事)


法華経は何れの品も
先に申しつる様に愚かならねども、


殊に二十八品の中に勝れてめでたきは

方便品と寿量品にて侍り。


余品は皆枝葉にて候や。

されば常の御所作には、

方便品の長行と寿量品の長行とを習ひ讀ませ給ひ候へ。


又別に書き出してもあそばし候べく候。

余の二十六品は、
身に影の随ひ、王に財の備はるが如し。

寿量品・方便品をよみ候へば、
自然に余品は
よみ候はねども備はり候なり

   (月水御書)


    日蓮

  Thank you!