ふと 思う時がある 人は どれだけ多くの人間に助けられ 教えてられて 生きていくものであろうかと
日頃は忘れていて ふとした瞬間に蘇る記憶
今日 信号待ちをしていた 右折する その前方の公園の中 桜が咲いていた
―あの木 まだあったのだと思う
私が仮免とった頃 そこはまだ ただの空き地で公園ではなかった そんな場所を 一人の叔父が見つけてきて 運転の練習の付き添いをしてくれた
でもってさくらんぼがなっていて 従兄弟達と私は その甘い実をいっぱい食べた
そんなことを思い出しながら 運転していると 次から次に 自分が ものを教わった場面が続いて浮かぶ
編み物は 勿論母からも教わったのだが 祖母も教えてくれた
かぎ針編み 長編み 細編み 長々編み
棒針編み 表編み 裏編み メリヤス編み アフガン編み
マフラーの房のつけ方
教わったのに忘れてしまったお手玉の作り方 小豆入れて作ってくれたお手玉は 持てば温かい気がした
今 病院で 母を見ながら 同じように入院していた祖母のことを しきりに思い出す
最後に見舞った時 もう声も出ないほど弱っていて それでも口を動かし 目の動きとで何かを訴えようとしていた
祖母は私に何が言いたかったのだろうか
腰の骨を折り手術するまでは 元気な人であった
リハビリの施設にいる時 七五三のお参り帰りに会いに行くと 「さっきニュース見てて ゆりかちゃんも七五三やと思てたんよ 来てくれたんやねぇ」と 随分 嬉しそうにしていた
あの元気な笑顔を思い出す
若い頃は ハイカラさん なかなかやんちゃな人だったらしいが
父方の祖母がずっと以前に他界していたこともあり 私には いいおばあちゃんだった 石川県で一人暮らしをしていた頃は 遊びに行くと 私が好きなものばかりで 冷蔵庫をいっぱいにしてくれていた
私は いい孫だったろうか
もっとしてあげられることは なかっただろうか
素直な気分の時は あれこれ思い返し 至らぬ自分を反省する
なのに その謙虚な気持ち?!を すぐに忘れてしまうのも―情けない私という人間であるらしい 嗚呼(・・;)